市が立てた強制連行の説明板。19年後、自ら撤去した背景にあったこと 奈良県天理市の日本海軍飛行場【戦後80年連載・向き合う負の歴史(12)】

柳本飛行場の説明板は撤去され、現在は支柱だけがむき出しの状態で残されている=2025年1月
奈良県天理市の田園地帯に、太平洋戦争末期、本土決戦に備えて飛行場が建設された。「大和海軍航空隊大和基地」、通称・柳本飛行場だ。その跡地の一角にある市の公園には現在、金属製の柱だけが、風にさらされている。歴史を伝える説明板が撤去された跡だ。

かつて説明板には、飛行場建設工事や、近くにあった慰安所に朝鮮人が強制動員されたことが証言と共に解説されていた。天理市は、自ら立てた説明板を19年後の2014年に撤去した。当時、ここで何があったのか。(共同通信=奥林優貴)
▽「天皇をお迎えする計画」

戦後の1976年刊行の「改訂天理市史」によると、柳本飛行場の建設が始まったのは、1944年9月ごろだった。敷地は約300ヘクタールで、学生や近隣住民が動員され「急テンポ」で建設が進められたとある。

柳本飛行場跡に今も残るコンクリート製の防空壕=2025年1月
市史には「戦局の次第によっては、海軍側が天皇をお迎えしようとする計画で、高官の工事視察も度々におよんだとも、噂される」とある。天皇の御座所や大本営の移転先候補でもあったという。年表は、1945年2月「大和海軍航空隊開隊」と記す。

終戦後に柳本飛行場に並べられた戦闘機。「POW(戦争捕虜)研究会」の元共同代表福林徹さん(故人)が米国立公文書館で入手した(高野眞幸さん提供)
ただ、終戦までどう利用されたのか、朝鮮人労働者が動員されたのか、詳しい記述はない。
▽強制動員の証言

柳本飛行場跡は現在、のどかな田園風景が広がる=2025年1月
強制動員の実態を調べたのは、教員や歴史研究家ら有志でつくる「奈良県での朝鮮人強制連行等に関わる資料を発掘する会」だ。地元住民や朝鮮人元労働者に聞き取りを進めた。
成果をまとめた本「朝鮮人強制連行と天理 柳本飛行場」は、建設に従事したのは朝鮮半島から強制動員された人と、移住してきた朝鮮人労働者だったと記す。強制動員されたのは2千~3千人との証言があるものの、裏付ける公文書は見つかっていない。勤労奉仕隊や予科練生などの日本人も働かされた。
著書は、朝鮮人男性の証言をこう紹介している。「夜突然きたのは村のえらいさんが来てつれていった」「腹がへっているから、イナゴとか食べられるものは生でもいいから食べた」(原文ママ)
別の男性は休日について「一日もない。(中略)仕事はとてもつらい」と話している。
「朝鮮人女性が連れてこられた慰安所があった」との証言も多くあったという。
▽差別や偏見なくそうと

天理と朝鮮にまつわる歴史をまとめた自主教材「スムバコッチル」、韓国語でかくれんぼを意味する=2025年6月
「発掘する会」の調査が進んだ1990年代、天理市内の教育現場では、正しい歴史認識を培おうとする動きが活発化した。背景にあったのは、在日コリアンに対する根深い差別や偏見だ。
「発掘する会」のメンバーで当時、天理市の中学教員だった寺井秀登さん(67)が振り返る。
「名前をばかにされ、『朝鮮に帰れ』と言われる子もいた。なぜ彼らが天理に住んでいるのか、教育の場で正しく理解することが差別をなくすことにつながると考えた」
寺井さんら教員は1990年、天理と朝鮮にまつわる歴史をまとめた自主教材を作成し、小中学校に配布した。内容は、朝鮮半島の文化や、天理市の史跡、朝鮮人の移住の歴史など幅広い。柳本飛行場や慰安所での強制動員の歴史も盛り込んだ。教材は、かくれんぼを意味する韓国語「スムバコッチル」と名付け、フィールドワークも実施した。
▽そして説明板が

1995年に天理市と市教育委員会が設置した柳本飛行場に関する説明板=撮影日時不明(天理市教育委員会提供)
天理市教育委員会も1991年、「在日外国人(主として韓国・朝鮮人)幼児・児童・生徒に関する指導指針」を策定。「柳本飛行場建設にかかわって多数の朝鮮人が強制連行により労働と多大の犠牲を強いられた」とし、歴史を正しく認識させ、偏見や差別をなくすことに努めることなどの課題を示した。
寺井さんら教員グループは、地元の歴史をより広く知ってもらうよう市教委に要望。そして飛行場跡にある公園に立てられたのが、冒頭の説明板だ。1995年に市と市教委が設置し、柳本飛行場に関する説明が記された。
▽「うその説明板」

「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」の共同代表高野眞幸さん=2025年1月
こうして「負の歴史」を語り継ごうという機運が高まっていたが、2010年代に入り風向きが変わる。
2014年4月、説明板は予告なく撤去された。きっかけは、撤去を求める意見が市に寄せられたことだった。寺井さんや市によると、「強制連行」という表現への抗議が主な内容で、2~4月、メールや電話が計17件あったという。
「発掘する会」が撤去を把握したのは、約1カ月後。各地で在日コリアンなどへのヘイトスピーチ、ヘイトデモを繰り返していた「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が、近鉄奈良駅前で街頭宣伝する中での発言だった。
「柳本飛行場のうそが書かれた説明板を撤去することに成功した」
ある教員が確認に向かうと、説明板は支柱だけが残った状態で、シートで覆われていた。
撤去を受け、「発掘する会」メンバーらは、「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」を設立。共同代表の高野眞幸さん(74)は憤る。「市は設置に至るまでの背景や経緯を理解していない。歴史を否定する勢力の意見を受け入れたのと同じだ」
▽残された支柱は「分断の象徴」

オンライン取材に応じる奈良県天理市の並河健市長=2025年4月
なぜ撤去したのか。当時から市長で現在3期目の並河健市長に直接、取材した。
市長は撤去を求める意見が寄せられるまで、市が説明板の存在を把握していなかったとし、こう説明した。
「半島出身労働者の渡航の形態や強制性については議論が分かれる中で、『強制連行』という文言は河野談話をはじめ、政府の公式見解を相当超えた表現だ。自治体が責任を持って出せる内容なのかは非常に難しい。一時的に撤去して保管する判断をした」
「一部の団体の主張に屈して歴史を修正しようとしたわけではない」

撤去された説明板は、現在市が保管している=2025年6月26日(天理市教育委員会提供)
再設置については、今後の国の見解や専門家の議論を見守るとし、こう述べた。
「(仮に説明板の表現を変えたとしても)中途半端だという評価を受ける。支柱だけが残るあの状態が、現在の歴史認識の分断や、その中で板挟みになっている自治体の姿を象徴している」
▽説明板がなくなっても

「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」が新たに設置した説明板=2025年1月
「考える会」の高野さんは、再設置に向け市と交渉を続けている。2019年には飛行場跡にある私有地を借り、会で新たな説明板を設置した。
今年1月、「考える会」のフィールドワークに、県内外から日本や在日コリアンの学生ら約30人が集まった。説明板撤去後に残った支柱や、滑走路跡のコンクリート、防空壕などを見て回った。

「天理・柳本飛行場跡の説明板撤去について考える会」 によるフィールドワークの様子。高野眞幸さんが残された支柱の前で経緯を説明した=2025年1月
参加者たちはどう感じたのか。天理大学を卒業し、4月から中学の社会科教員として働くという崔智世さん(23)は答えた。「つらい歴史から学び、お互いを尊重し合えるような社会にしたい」
関西学院大学4年の別所満奈香さん(22)は「加害の歴史に目を背けたいのかと感じる。行政は責任を持って伝えていくべきではないか」。
参加者の中には後日、勤務する学校でフィールドワークを取り入れた教員もいた。中学で英語を教える奈良県大和郡山市の百瀬颯太さん(24)。生徒と平和学習を進める中で、飛行場の存在を知った。「飛行場の歴史に触れることは人権学習にもつながる。子どもたちと足元の歴史を見つめ直す貴重な経験になった」

柳本飛行場の歴史や在日コリアンについて議論するフィールドワーク参加者ら=2025年1月
戦後80年となる現在も、飛行場の歴史は地元で生き続けている。寺井さんは願う。「加害の歴史にきちんと向き合い、二度と繰り返したらあかんと思ってくれる、そんな若者たちにバトンを渡したい」
【戦後80年連載・向き合う負の歴史(13)2万人の犠牲者数は「盛りすぎ」―正しく伝えようとした先人と、その後継者たち】に続く
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これまでの連載
【(1)県が撤去した朝鮮人労働者追悼碑は「加害の歴史」伝えるシンボルだった】
【(2)フェミニズムを入り口に慰安婦問題を学ぶ若者たち―東京、5千人学ぶカフェ】
【(3)集団自決の傷痕撮る沖縄の写真家「真実伝え、戦争なくしたい」】
【(4)うそつき呼ばわりされても、731部隊の「本当のことを語る」―94歳の元少年隊員】
【(5)神奈川の人造湖を造った朝鮮人、中国人。碑が傷つけられても地域ぐるみで語り継ぐ】
【(6)戦争経験継承は未来に向けた責任、「否定論」は実証積み重ね欠く】
【(7)南京大虐殺を武勇伝のように語った元兵士。聞き取った神戸の老華僑が感じたことは】
【(8)「歴史修正主義」と批判されるが、自分は極めて誠実な立場だ―当事者証言の検証欠かせない】
【(9)ホロコースト否定が犯罪?!ヨーロッパが禁じる歴史修正主義から見る日本】
【(10)「強制的に動員」の看板を市が隠した…戦争末期の極秘計画跡地で起きたこと】
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