「あんなヤツ、呼ぶ訳ない」…米国の〝ゴリ押し経済交渉〟に英国が激怒 夕食会に招待せず

風光明媚なレマン湖から望むスイス・ジュネーブの町並み(2001年6月)
公に目にする記者会見の裏で、ときに一歩も譲れぬ駆け引きが繰り広げられる外交の世界。その舞台裏が語られる機会は少ない。1960年代から、激動の世界を見てきた荒船清彦元スペイン大使に外交官人生を振り返ってもらった。

テムズ川沿いに建つ英国会議事堂。英国は米政府から〝煮え湯〟をのまされた
(*荒船さんは6月27日、逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。6月の取材をもとに連載を掲載いたします)

1995年、橋本龍太郎通産相ののど元に、冗談交じりに竹刀を当てる米通商代表部(USTR)のミッキー・カンター代表。80年代からの日米貿易摩擦の激しさを象徴するワンシーンとして知られる=ジュネーブ(ロイター=共同)
自身を「神様」と思うトランプ氏
《今年1月、米大統領に就任したドナルド・トランプ氏の外交・経済政策が世界に衝撃を与えている》
これは大きな問題ですね。世界の先行きが分からなくなっている。トランプ氏は自分を「神様」だと思っているんでしょうか。自分の実績を残すため、すべて「目立てばいい」と思っている。
そうした米国の強引なやり方は、昔からありましたよ。今と、似たような感じです。私が20歳代後半だったころ、それを如実に物語る〝事件〟を目の当たりにしたことがあります。
「夕食会に米代表いない」不思議
《時は1966~67年にさかのぼる。荒船氏は当時、外務省経済局スターリング地域課員として、「ケネディラウンド」(関税貿易一般協定=GATT=の多角的貿易交渉)の日本側交渉を下支えしていた》
ケネディラウンドの交渉がスイスの景勝地、レマン湖ほとりのジュネーブで行われました。僕は日英交渉を担当していた。この交渉は、すべての交渉の中で最初に妥結へと至ったものです。

交渉妥結を受け、英国の交渉代表が自身の邸宅で、〝お祝い会〟を開いた。ただ、米国代表の姿が見えませんでした。
僕は不思議に思い、「今日はちょっと、米国人を見かけないですね?」と英代表に聞いたのです。すると、意外な言葉が返ってきた。
「バカヤロー、あんなヤツ、呼ぶ訳ないじゃないか」
米国の交渉、〝汚かった〟
英代表は、他国の交渉相手全員を自身の邸宅に呼んでいた。ところがガンとして、米国代表だけは呼ばなかったのです。外交官って面白いものですね。
ただ、英代表の気持ちはよく分かるのです。米国のやり方は本当に〝汚かった〟。
たとえば、米国は「俺たちは〇〇を出す」と言って、相手に「〇〇を出せ、出せ」と言う。その後、さらに強い要求を平気で出してくる。
そして「ああ、それ、出せないの?」と言って、前のオファーまで全部引いたりする。
米国はマーケットとして大きいから、高飛車な態度をとる。ただ、相手には嫌がらせですよね。英国は「ジェントルマン(紳士)の国」ですから、そりゃ、嫌になりますよ。米国と交渉した外務省幹部の中には、「あそこ(米国)の大使だけはやりたくない」という人が結構いますよ。
「隠れていた米国人」の登場
《73~79年に「東京ラウンド」があった》
米国は毎回、そんな調子で、東京ラウンドの時もそうだった。米国のそうした態度は、共和党政権であれ、民主党政権であれ同じです。僕はトランプ氏が登場したとき、「隠れていた米国人」が出てきた、と思ったくらいですから…。「嫌なヤツ」という。
ところが、日本の報道は当時、そうした受け止め方をしなかったですね。「強いことを言っている」「今までにないタイプ」ぐらいの調子で報道していましたから。
赤沢亮正・経済再生担当大臣が米国との関税交渉のため、何度もワシントンを行き来しました。彼は(疲弊して)どこかでぶっ倒れるんじゃないでしょうか。トランプ氏に確かなビジョンはあるんでしょうか。
反日感情強める米国
《日本が経済大国として存在感を増した90年代、日本バッシングが最高潮となった。日本側の対応にも問題があったと感じているという》
日本の「交渉の仕方」にも問題はあるのです。日本人はよく20~30年前から、「米国は『買え、買え』とうるさく言うが、買う物がないではないか」と米側に反論していました。
ところが、これは大間違いです。買える物は多くある。日本人の反論を聞いた米国人はみんな、意気消沈し、逆に反日感情を強めていました。
あの当時でも、また現在でも、日本人1人が米国から買う商品の金額は、米国人1人が日本から買う商品の金額よりも大きいんです。
奏功した〝三段論法〟
つまり第一に、米国にも売れる商品が沢山あるということ。第二に、日本市場が米国市場と同様に開かれていることも意味します。第三に、両国が良き貿易パートナー同士である、ということでもあります。
90年代初め、米西部ロサンゼルスで総領事をしていたころ、この三段論法を持ち出すと、米国では結構、歓迎してくれたもんです。反日、排日感情は最高潮でしたが、この話を講演で言うと、みんな演台に駆け寄り、「いい話をしてくれた」と、目を輝かせて謝意を表してくれました。
しかしねぇ…。今の世界情勢をみると、なかなか、いい未来が浮かびませんね。(聞き手 黒沢潤)
<あらふね・きよひこ> 1938年、大阪府出身。東大法学部卒。62年に外務省入省。在ナイジェリア、在米大使館勤務などを経て78年、西欧第二課長。88年に外務大臣官房審議官(文化交流)、90年に在ロサンゼルス総領事。ニカラグア大使、中南米局長を経て95年にアルゼンチン大使。98年にスペイン大使。退官後、国際経済研究所理事長や書美術振興会会長を歴任。