石破首相が異色の首相だったワケ…「記録の安倍」と「記憶の石破」、生きた離党経験、「ポスト石破」に誰を推す?

石破氏が首相となった意義とは, 石破氏だからこそ出現した「#石破辞めるな」, 少数与党で生きた「離党」で得た人脈, 総裁選へ、石破首相のスタンスは?, ウイング広げた自民が再び保守を志向するか

記者会見で退陣の意向を表明する石破首相=7日、首相官邸(写真:共同通信社)

(市ノ瀬 雅人:政治ジャーナリスト)

石破氏が首相となった意義とは

 石破茂首相(自民党総裁)は7日夜に記者会見を開き、退陣の意向を表明した。

 党派閥による未曽有の政治資金乱脈事件の直撃を受けた自民党が、再生への切り札として政権運営を託してから約1年。抜群の知名度や、旧来の枠に縛られない党・政権運営など斬新さを旗印とする石破カラーの発揮は、道半ばに終わった。衆参両院での少数与党という隘路に阻まれてしまった。

 しかし、石破首相は派閥を基調とした権勢や、資金力といった旧来的力学に依拠しないタイプの指導者である。こうした政治家が、戦後日本の国家運営をほぼ一手に背負ってきた議会第一党の指導者に就いた意義は、決して小さくない。

 石破首相とは、いったいどんな首相だったのか。退陣を前に、その異色さや特徴を振り返ってみたい。

石破氏だからこそ出現した「#石破辞めるな」

「今までにないことが起こっているということは、一体何だったのかということを、私自身、随分と考えてまいりました」

「『石破辞めるな』というような、いろんな動きもございました。ありがたいことでございます」

 石破首相は7日の記者会見で、7月の参院選後の世論調査による内閣支持率、自身の進退についてのデータについて、率直に心情を吐露した。

 参院選で、自民、公明両党による連立与党は過半数を割り、衆参両院共に少数与党に転落した。

 一方、参院選敗北後の報道による世論調査は数奇な経過をたどる。自民党内における石破首相の責任論の強まりと反比例するかのように、内閣支持率は回復し、40%前後に届いた。同時に「退陣の必要なし」とする回答は、辞任を求める人の割合を上回った。そして、この傾向は自民党支持層で、より強く出ることとなった。

 SNSでは「#石破辞めるな」という動きが出現した。本来、一国の首相は世論の容赦ない批判対象となることが宿命付けられているはずだ。よって、これは一つの珍現象として、広くメディアで取り上げられる事態となった。

 理由の分析については、政治資金問題などを念頭に、国民の間で「自民党の退潮の責任は石破首相だけにあるのではない」とする意識が支配的だとする解説が主であった。責められる側に味方する、いわゆる「判官贔屓」の心理によるとするものだ。

 類似するものに、人気絶頂であった小池百合子・東京都知事が2017年に立ち上げた希望の党に入党させないとして、排除された枝野幸男氏らが立ち上げた立憲民主党が、予想を超す躍進を遂げたことが挙げられる。

 遠く遡れば、1991年都知事選で、80歳の高齢と多選を理由に自民党など主要政党本部から推薦を得られなかった現職鈴木俊一氏が、自公両党本部などが推した著名な報道キャスターを破ったケースもあった。過度な年齢批判に対し、高齢者を馬鹿にするなとした反骨精神が、多くの有権者の心情に刺さったのである。

 では、石破首相が異例の共感を集めた背景は何なのか。深奥を探れば、民主党政権誕生に伴って自民党が野党に転落した2009年以降の15年間余り、石破氏は世論調査における「首相にふさわしい政治家」で常に上位に入っていたという事実に辿り着く。

 これだけの期間、上位ランク入りを続けたのは、他に小泉進次郎氏ぐらいである。これは長年の間、新聞やテレビの報道から討論番組、時にはバラエティーまでの出演につながった。国民にとって「自民党の政治家と言えば、とりあえずは石破さん」というような、お茶の間における親近感的な意識が醸成されていった。

 こうしたことが「選挙で負けた責任はあるが、辞任までは求めない」という意識を生んだことは想像に難くない。裏を返せば、政権全体の戦略性や体制構築の欠如が、こうした特殊な長所を生かし切れなかったということだ。

 かつてプロ野球では、巨人軍で、王貞治氏が世界のホームラン王として記録を打ち立てた。これに対し、同軍の長嶋茂雄氏は、選手としての優れた技術と、明るいキャラクターが人気を博した。これが「記録の王、記憶の長嶋」との名文句を生んだ。

 政治になぞらえると、近年では安倍晋三氏が首相として在任期間で憲政史上最長という不倒の記録を打ち立てた。比して石破首相は、在任期間は短かったものの、政治家として強い印象を残す「記憶の石破」といった部類になるのだろう。

 衆参両予算委員会における一問一答の論戦では、官僚が用意した答弁用紙には極力目を落とさなかった。野党議員の質問であれ、関心あるテーマなら過去に読んだ本の中身にまで言及し、逆にマウントを取った。

 れいわ新選組の山本太郎代表は、その答弁手法に対し、これまでの首相の中で「IQが高いほう」と評した。

 半面、結論までが回りくどいとして「石破構文」とも称された。もっとも、石破氏は、大学生時代は刑法ゼミの法学生であり、学生の全国法律弁論大会を制したほどの討論の腕前だった。

 これも、石破首相の記憶に残る側面の一つだと言えるだろう。

少数与党で生きた「離党」で得た人脈

 石破首相は若手の頃、自民党を離党して当時の新生党に合流し、その後に復党した経緯がある。こうした履歴は、自民党総裁への就任に向けた足かせになった。

 その反面、少数与党の政権運営においては、離党を経て築いた人脈が大きく寄与した。7日の記者会見では、「政府が出した法案68本中67本、条約は13本全てが成立いたしました」と述べた。まさに、万事塞翁が馬である。

 具体的には、前原誠司・日本維新の会前共同代表、野田佳彦・立憲民主党代表、玄葉光一郎・衆院副議長(立憲民主党会派を離脱中)らを中心とする保守・中道系のネットワークである。

 多党連立時代になれば、石破氏の首相再登板も視野に入る。

 就任時から指摘されてきた党内基盤の弱さに関しても、脆弱さだけではない特筆すべき点があった。その筆頭が、赤沢亮正・経済再生担当相を日米関税交渉の担当閣僚に据えた人事だろう。

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ワシントン近郊の空港で取材に応じる赤沢経済再生相=4日(写真:共同通信社)

 赤沢氏はもともと守備範囲の広い器用さに定評があったが、これまでは黒子役が多かった。だが、石破政権でたちまちスポットライトが当たると、訪米時などの「謙虚なイメージ」(ベテラン議員)が独特なキャラクターとしてメディアに映った。今後、自公政権の屋台骨を担いうる議員として、石破政権が発掘した人材となった。

 だがやはり、少数与党という現状と党内基盤の弱さは最後まで石破首相を悩ませた。退陣表明の記者会見では、「多くの方々に配意をしながら、融和に努めながら、誠心誠意努めてきたことが、結果として『らしさ』を失うことになった」と、忸怩たる心境を語った。

 石破氏の首相登板は、政治資金問題で危機的状況に陥った旧来型政治へのアンチテーゼであった。しかし、逆にそれを支える政治家集団が少人数であったり脆弱であったりすれば、十分に機能しないという現実を容赦なく示したということだ。

総裁選へ、石破首相のスタンスは?

 今後は一気に、焦点は自民党総裁選へと移る。石破首相はどんなスタンスをとるのか。

 総裁選には現在、高市早苗、林芳正、小林鷹之、茂木敏充の各氏らが立候補について意向を表明したり、検討に入ったりしている。小泉進次郎氏も浮上している。

 こうした面々の中で、石破首相は小泉進次郎氏と政調会長時以来の関係だ。記者会見では「小泉さんが初当選した当時、私は政調会長でございました。政調会長、幹事長、地方創生担当相と務めていく上において、あるいは首相、農相という関係において、いろいろな議論を闘わせてまいりました」と語った。

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小泉進次郎農相(写真:共同通信社)

 石破氏は過去の総裁選において、小泉氏の地元を訪れた際に「将来は必ず小泉氏を首相にする」と訴えたこともある。今回、退陣を表明した前日に2時間近く2人で会談している。

 官房長官として石破内閣を支えてきた林氏については、能力を高く評価してきた。政調会長時代は同代理としてタッグを組んだ。第2次安倍政権では環太平洋連携協定(TPP)交渉入りを巡り、党幹事長と農相の関係で連携した。

ウイング広げた自民が再び保守を志向するか

 自民党総裁が必ずしも次の総理になるとは限らない、そんな混迷の中にある日本政治の現状だ。

 石破政権で露呈した大きな課題は、古い政治からの脱却と、時代に必要とされる強い政治との両立だろう。

 数の力などを過剰に重視する旧態依然とした政治からの脱却は必要だ。だが、議院内閣制の本旨を実現し得る強力な政治家による政権幹部陣の構築も不可欠である。国会審議における高額療養費を巡る当初予算案修正などの混乱は、適切な政治判断が後手後手に回ったことを露わにした。

 一強独裁は困るが、霞が関や党組織を動かす政治家集団が脆弱なら、これもまた意味を持たない。

 そうした中で、これから新総裁を選ぶ自民党はどんな役割を担おうとするのか。

「寛容と包摂を旨とする保守政党であり、真の国民政党であらねばなりません。我々自民党が信頼を失うことになれば、日本の政治が安易なポピュリズムに堕することになってしまうのではないかと、その危惧を私は強めております」

 7日の記者会見で、石破氏はこのように自民党の現状に触れた。

 石破政権の1年間は、参政党、日本保守党という「自民党より右」の政党、国民民主党という「中道保守」の政党の、それぞれの躍進と軌を一にした。世論にウケがいい各種の減税や負担軽減策が注目を集めた。平たく言えば、そのあおりで自民党が議席を失い、石破氏は宰相の座を追われた。

 石破氏は新人代議士であった1980年代から、周囲から「無謀だ」と言われながら自身の選挙で憲法9条改正を正面から訴えてきた、いわば名うての改憲派である。安全保障ではリアリズムに立脚した主張を一貫する。

 半面、1970年代アイドルやプラモデルに詳しいといったサブカルチャーへの造詣などから、社会、共同体の在り方については強い保守性は見出しにくい面がある。

 足元の自民党の退潮傾向に関して、「保守層の取り込みを欠いている」との指摘が目立つ。多様性の受容などの主張が強まると、日本社会が培ってきた伝統的価値観や生活の営みとの衝突は起こり得る。

 石破首相が提起した「真の国民政党」を目指す模索は、党の伸長だけでなく、日本の社会、国家像を左右する本質的な意義を持つ。保守政党とは何かという命題は、自民党に突き付けられた、古くて新しい、深く重い問いなのである。

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