「今回の総裁選の顔ぶれは物足りないですね」 自民党を“ぶっ壊した”細川護熙元首相が嘆く「目先の話」止まりの政治

 窮地の自民党はどこへ向かうのか――。総裁選(10月4日投開票)の行方を、かつて「自民党をぶっ壊した」細川護熙元首相(87)は静かに見つめる。1955年以来の自民党一党支配を崩し、93年に非自民連立政権で首班指名を受けた細川氏。現在は陶芸や絵画などアートの世界に身を置くが、政界への洞察はいまだ切れ味鋭い。都内の閑静なアトリエを訪ね、話を聞いた。

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――石破政権への評価をお聞かせください。

 結局何がしたかったのか、石破(茂)さんらしさが、まったく見えませんでした。選択的夫婦別姓も、政治とカネの問題も結論はあいまいなまま。今年3月の核兵器禁止条約の締約国会議は、日本被団協が昨年ノーベル平和賞を受賞した直後の絶好のタイミングなのに、オブザーバー参加を見送った。石破さんらしい理屈を言っておられたが、もし参加していたら、内閣支持率は一気に上がったと思いますよ。アメリカに反対されようが、やるときはやらなきゃ。

 今回の石破さんの引き際には、多くの人が権力に執着している印象を受けたのではないでしょうか。民主主義国家において、国のトップが不本意な退陣を迫られるのは当たり前。覚悟しておかなきゃいけません。時の首相には、種をまく人、水をやる人、花をめでる人、それぞれ役割があります。種をまいて、咲いた花もめでようとするのは、欲張りすぎです。

――細川さん自身は1994年4月、首相になって1年足らずで辞意を表明。当時の内閣支持率は50%前後あったにもかかわらず、内閣総辞職を選びました。

 首班指名を受けたとき、社会党まで抱えたこの8党派連立政権はおそらく1年ももたないと思いました。それならば、政治課題は相当しぼらないと達成できない。選挙制度や政治資金の規制強化などの政治改革、コメ市場の開放、そして太平洋戦争を「侵略戦争」と自省する歴史認識の明確化。これらを最低限のミッションとして、在任中にすべて片を付けました。

■日本の“ベルリンの壁”をぶち壊した

 92年に立ち上げた日本新党も、3年間で公約を達成して解党すると初めから期限を決めていました。今の自民党は「解党的出直し」なんて言っていますが、私はたった1年で、38年間続いた自民党政治、55年体制という日本の“ベルリンの壁”をぶち壊して政権をとりました。

 日本新党は、94年10月に解党大会を開きましたが、集まった議員たちが「まだ政党支持率も高いのになんで解党するんだ」と不満を訴えるから、「我々はきちんと期限を区切って成果を出した。何か言う人がいたら、やれるもんならやってみろと開き直ればいいんだ」と応じました。それを聞いていた小沢(一郎・当時新生党代表幹事)さんは、「俺も政治家をやっている間に一度でいいからそのセリフを言ってみたいもんだ」と言っていましたね。

――8党派を一つの政権下に束ねるのは相当な苦労があったのでは。

 特に消費税については、「内閣支持率が高い今のうちに10%に上げるべきだ」と言う小沢さんと、増税に断固反対の武村(正義・当時官房長官)さんが激しくぶつかりました。私と市川(雄一・当時公明党書記長)さんも「大蔵省の意向を聞いて内閣をつぶす気か」って強く叱正しましたけど。

 何事も話がなかなかまとまらず、明け方まで協議が続くこともありました。村山(富市・当時社会党委員長)さんからは、「あんたは夜明けによく騒ぐ男じゃのう」と言われる始末で……(笑)。

 94年2月、深夜1時に開いた、3%だった消費税率を7%に上げる国民福祉税構想についての会見は、今振り返れば非常に申し訳ないことをしたと思います。政権内で話がまとまる前にメディアに発表したことで混乱を招き、翌日に撤回。内閣が追い込まれる原因になりました。

■靖国神社参拝には個人的懸念

――来月4日に投開票の自民党総裁選。候補者たちをどう見ていますか。

 高市(早苗・前経済安全保障担当相)さんも小泉(進次郎・農林水産相)さんも靖国神社への参拝を続けていて、私としては懸念を抱きます。外交の観点からも、国はA級戦犯との合祀(ごうし)ではない、新たな戦没者慰霊の施設を整備すべきです。

 靖国問題では、私は進次郎さんの親父さん(小泉純一郎・元首相)の尻ぬぐいもしましたから。2001年、総裁選に当選した彼は靖国神社を参拝したから、中国が猛反発してね。直後にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)があるのに、江沢民(当時国家主席)氏は「小泉とは握手しない、写真も一緒に撮らない」と言い出した。

 慌てた福田(康夫・当時官房長官)さんから私に電話がかかってきて、「国会の会期中だけど、隠密で中国に飛んで話をつけてきてくれ」と言われました。私は、戦時中のアジア諸国への加害責任を認めた日本初の首相なので、交渉できると思われたのでしょう。

 江沢民氏に会うと、初めは「冗談じゃない」と怒っていましたが、最終的には「あなたに言われたらしょうがない。小泉と直接話そう」と言ってくれて、なんとかAPECで一緒に写真におさまることができました。でも小泉さんは翌年以降も靖国参拝を続けました。

――総裁選レースは国民に人気のある高市氏と小泉氏の一騎打ちになるという見方が大勢です。

 最終的には安定感のある林(芳正・官房長官)さんに落ち着くんじゃないかな。私は首相時代、林さんを野田(佳彦・立憲民主党代表)さんにつないだこともある。「この人は大人(たいじん)の風格があるし、将来日本の政治を担う一人になると思う。この先、与党と野党として相対するかもしれないけど、まあ仲良くやってください」と。

 ただ、林さんは中選挙区制の再導入を公約にしている。私は総理として小選挙区比例代表並立制を導入した身であり、当然反対です。中選挙区制はべらぼうに金がかかり、金丸事件やリクルート事件をはじめ汚職の元凶となりました。それを何十年もかけてやっと変えたのに、また白紙に戻すというのは、いかがなものか。

■好きな党のどことでもくっついたらいい

――総裁が誰になるかによって、与党連立の枠組みが変わる可能性もあります。

 そうした次元の話にはあまり関心ないですね。やることをやるなら、好きな党のどことでもくっついたらいいじゃない? 日本維新の会が掲げる「副首都構想」に前向きな姿勢を見せて、維新との連立の可能性をにおわせる総裁候補もいます。でも副首都というのは、大地震など有事の際に国の機能が失われないよう、普段から政府が当然考えておくべき話。総裁選のダシに使うというのはまったくダメだと思います。

 各候補の物価高対策に注目が集まっていますが、総裁選は本来もっと大きなテーマを論じる場です。財政難や人口減の問題は待ったなし。小中高合わせて41万人以上が不登校になっている教育の問題も非常に深刻。目先の話に終始していて済まされる状況じゃないですよ。

 私が政界にいたころは、天下国家を語る政治家が大勢おられました。特に、首相を務めた大平(正芳)さんや宮沢(喜一)さん、官房長官だった伊東(正義)さんや後藤田(正晴)さんらには多くのことを教わりました。彼らと比べると、今回の総裁選に立候補している人たちは物足りないですね。

 世の中の期待に応えるテーマを掲げて、それを実行する姿勢を見せれば、国民は応援してくれるものです。政治家がやるべきことは、いつの時代も非常にシンプルです。

(AERA編集部・大谷百合絵)