国立大学最年少、50歳の東京外国語大・春名展生学長「若いので、失敗したら怒られる。だからこそ挑戦したい」【前編】
■学長インタビュー
2025年4月、50歳という若さで東京外国語大学の学長に就任した春名展生さん。この年齢での就任は極めて異例であり、国立大学学長の中で最年少となります。東京外国語大学がそのような選択をしたのはなぜでしょうか。その背景や、春名学長の素顔に迫ります。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長、写真=今村拓馬)
必要な改革を「自分事」に
——学長就任、おめでとうございます。50歳という若さで就任したことについて、どのように感じていますか。
この年齢での就任は、やはり異例なんですよね。そんな異例な選択がなされた理由は、いま社会も大学も大きく変わり、この先さらに変わるからだと思います。18歳人口は大幅に減りつつあり、学生獲得の熾烈(しれつ)な競争が始まっています。国際情勢は不安定化し、いろいろな意味で社会が持続可能性を失っています。つまり、現状の延長線上には未来はないということですから、何かを変えなければいけません。教育内容も学生を惹きつけるための何かも、変えていく必要があります。
——「何かを変えてくれる人」という周囲の期待があったのでしょうか。
私が若くしてなったのは、しがらみがないという身軽さと気軽さがあったのだと思います。気軽さというのは、若いため、失敗したら怒られるからです。うまくいかなかった時に、怒ってくれる人がいることはとても重要なことです。だからこそ、挑戦ができます。
——改革には、挑戦と失敗がつきものかもしれませんね。
東京外国語大学の新学長には、「今後、この大学に必要な改革を、自分事として実行していく人が望ましい」と考えられていました。2025年3月に、国立大学協会が「わが国の将来を担う国立大学の新たな将来像」として、急速な少子化や人口減少が予測される2040年のビジョンを公表しています。今後の日本を見据えて、どう改革していくかを示すビジョンです。私はちょうどこの年に定年退職を迎えます。つまり、2040年まで在職して、必要な改革を自分事として進められる。そういう観点から自分が求められたのかなと考えています。

春名展生学長
工学部から国際社会科学へ
——春名学長は工学部から国際社会科学に進んだ異色の経歴です。学部は東京大学工学部ですが、工学部を選んだのはなぜですか。
もともと環境問題に強い関心がありました。地球環境を持続可能なものにするための知恵と知識を身につけたかったからです。ですが、3年生の進振り(進学選択)で工学部都市工学科の都市計画専攻に入りました。いま振り返ると、そこは実に実践的な学びの場でした。まさにPBL(Project Based Learning:問題解決型学習)ですね。
例えば、千葉県浦安市のある区画を再開発するならどうするか。実際に現場に行き、浦安市の職員の方にアイデアや課題を聞きながら、図面に都市開発計画をつくっていくという、そんな学びをしていました。その時に、大学における学びというのは、何らかの社会課題に具体的に地道に取り組んでいくべきものという感覚を得たのです。
——大学院では総合文化研究科の国際社会科学を専攻したのはなぜですか。
仕事として都市計画を実践していくとなると、不動産会社や鉄道会社、あるいはシンクタンク、地方公共団体などに就職しますが、4年で就職について考えた時、それよりも国際関係に関わる仕事がしたいと思ったのです。もともと環境問題に関心があったこともあり、この先、社会課題は国際的な視野を持って解決していくべきだと考えました。それで総合文化研究科国際社会科学専攻に進みました。
実は私は父親がジャーナリストだったことから、小学3年までアメリカで暮らしていて、ニューヨークにある国連インターナショナルスクール(UNIS)に通っていました。UNISは幼稚園から高校まである、国連後援のインターナショナルスクールで、さまざまな国の子どもたちが集まり、多様性に富んだ学習環境の中で過ごしました。その後、小学4年で日本に帰国しましたが、「みんな同じ」という日本の教育環境の中に突然入り、そちらに適応するほうが大変でした。
——それは貴重な経験でしたね。
仕事をするなら、多様な人と交わりながら国際的な環境の中でやっていきたいと思いました。それで大学院では国際関係論を勉強したのですが、これがある意味で純学問的な学問で、「実際の国際政治の課題解決には役立たないのでは?」と疑問を持ち、国際政治学の歴史を研究するようになりました。歴史といっても、出来事の流れではありません。学者や知識人の主張の背後にある前提や思い込みを探り、それが彼らの議論や構想に与えている影響を考えて、国際政治の諸問題の解決に役立てたいと思ったのです。それはやはり工学部時代に、学問とは社会課題に直接取り組むべきものという感覚を得たからだと思います。

朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長
関心が変わるのは自然なこと
――自分の関心が変わっていくことは当然あることです。でも、それに対して悩んでしまう学生もいます。
私が学生から聞く悩みの多くもそうです。でも、変わって当たり前だと思いますよ。私は、高校の時にも理系か文系かでずっと悩み、その選択を先延ばしにできるという理由で東大を目指しました。高2で文理選択をさせるのは、早すぎると思っています。
ですから、紆余曲折していることに悩んでいる人には、「いま何か計画しても将来その通りになるわけじゃないから、面白そうだと思ったらとにかくやってみればいい」と言っています。それと同時に、「あまり自分の道を1本に絞るべきではない」とも言っています。社会が大きく変わる時代なので、絶対これをやるんだと思っていても、その仕事がなくなるかもしれません。ですから、選択肢をいくつか持ち、常にフレキシビリティーを持っておくことが大事だと思います。
——日本では、高校での文理選択が、人生を決めてしまうような状況になっているかと思います。
1つの大学でできることではないかもしれませんが、文理選択も本当は大学入学後がいいと思っています。そうした「レイトスペシャライゼーション」の動きも広まっていますが、今後は社会が大きく変わるので、1つの専門に特化すると変更を余儀なくされるかもしれません。その意味では、人生全体で考えれば、「ダイナミックスペシャライゼーション」の時代になるのではないかと思います。大学としても、1つの専門に固執せず、複数の選択肢を持つ「ダイナミックスペシャライゼーション」の考え方を教育に取り入れていきたいと考えています。
>>【後編はこちらから】 「学部と修士を最短5年の一貫制に。文系も修士号を取得して、グローバルに」東京外国語大・春名展生学長【後編】

(写真=今村拓馬)
<プロフィル>
春名展生(はるな・のぶお)/東京外国語大学学長。1975年生まれ。東京大学工学部都市工学科卒、同大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得満期退学。博士(学術)。2015年、東京外国語大学大学院国際日本学研究院講師、18年、同准教授、21年、同大国際日本学部学部長補佐、23年副学長、24年教授。25年4月に学長に就任。専門は国際政治学、日本政治外交史。
(文=小元佳津江、写真=今村拓馬)