「お召し列車」が6年ぶりに運行で大歓声 お召し列車が大好きな昭和天皇、特別扱いは好まなかった現・上皇さま 車輪の軌跡に皇室のあり方にじむ

■令和になって初めての運行, ■日本での鉄道開業と同時に登場, ■天皇の権威づけのため, ■昭和天皇は「乗り鉄」, ■特別扱いを好まなかった上皇さま, ■時代とともに役割変わるお召し列車

 今夏、天皇皇后両陛下など皇族が乗車する「お召し列車」が6年ぶりに運行した。明治に運行が始まったというその歴史をたどると、時代とともに変わりゆく皇室の姿が浮かんだ。

*  *  *

 8月1日夕方、JR東京駅の9番ホームに、ひときわオーラを放つ5両編成の列車が停車した。

「うあー」

 ホームで待ち構えていた撮り鉄たちは歓声を上げ、一斉にカメラを向けた。この日、はじめてお召し列車を見たという「乗り鉄」のペンネーム・八王子さん(20)は振り返る。

「とてもカッコいい見た目で、思わず見惚れました」

JR東日本のE655系、愛称「なごみ(和)」。天皇皇后両陛下など皇族が乗車する「お召し列車」だ。

 磨き上げられた車体は、日本古来の漆塗りの技法を用いたこげ茶色。光の反射具合で色合いが変化する「マジョーラ塗装」が施されている。

 車内は、床にはカーペットが敷かれ内装は木目調で統一。タッチパネル式のモニターが備えられたシートは電動リクライニングと極めて豪華だ。

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■令和になって初めての運行

 この日は、天皇皇后両陛下と長女・愛子さまが、静岡県下田市にある須崎御用邸で静養するため、東京駅から伊豆急下田駅に向けて列車で移動。その際、お召し列車を使用した。お召し列車は令和になって2度めの運行で、前回の2019年9月以来、約6年ぶり。そのためホームには、多くの撮り鉄も殺到したのだ。

■令和になって初めての運行, ■日本での鉄道開業と同時に登場, ■天皇の権威づけのため, ■昭和天皇は「乗り鉄」, ■特別扱いを好まなかった上皇さま, ■時代とともに役割変わるお召し列車

■日本での鉄道開業と同時に登場

 お召し列車の歴史は、日本の鉄道開業までさかのぼる。

 1872(明治5)年10月14日(新暦)、新橋~横浜間を1往復した際、明治天皇が英国から輸入した車両に乗ったが、これがお召し列車の最初とされている。当時は「御進行列車」、「御乗列車」などと称され、1890(明治23)年から「お召し列車」と呼ぶようになった。

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■天皇の権威づけのため

 お召し列車の客車は「1号編成」と呼ばれ、天皇皇后両陛下が乗車する「御料車」と、お付きの人が乗る供奉車(ぐぶしゃ)4両を連結した計5両で編成された。とりわけ御料車は「走る宮殿」と呼ばれ、天井、廊下を含め総絹張りなど、当時としては最高レベルの車両技術を駆使してつくられた。

『天皇陛下と鉄道』などの著書がある、日本地方新聞協会皇室担当写真記者の工藤直通さんは、「お召し列車は天皇の権威づけの意味合いが大きかった」と話す。

「鉄道が登場する前、天皇は移動される時は、『輿(こし)』と呼ばれるお神輿のようなものに載られていました。明治になって、輿に代わる乗り物として鉄道が登場すると、天皇をより厳格化するため、豪華な装備にしていったと考えています」

 昭和初期までは、お召し列車が通過する際、沿線の人たちに「奉迎」が義務づけられていた。特に戦前は、ホームに駅員らが整列し直立不動の姿勢を取り、列車が通過するまで最敬礼で見送らなければならないなど、細かな指示が出されていた。

「さらに、江戸時代まで日本人は分単位で動く生活はしていなかったと思います。それが、お召し列車は分刻みで走らせているので、『何時何分までに駅に集合するように』と、時間の意識を国民に植え付けたのも、お召し列車ではなかったかと考えられています」(工藤さん)

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■昭和天皇は「乗り鉄」

 工藤さんによれば、最もお召し列車に乗ったのは昭和天皇だったという。

「昭和天皇は『お召し列車の旅』を好み、国内へのお出ましには必ずといっていいほど、お召し列車をご利用になっていました」

 天皇の航空機利用が始まったのは1954年からだが、飛行機で行ったほうが早い場所にも鉄道を使ったという。例えば、1963年5月、昭和天皇が香淳皇后とともに東北地方を訪問したとき、復路は三沢空港から飛行機で帰京したが、往路は東京からお召し列車を利用し青森県内を巡った。

「昭和天皇は、飛行機利用が始まった以後もお召し列車の旅を好まれ、ゆっくりと車窓の風景を見るのを楽しみにされたようです。ひらたく言えば、昭和天皇は『乗り鉄』だったと思われます」(工藤さん、以下同)

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■特別扱いを好まなかった上皇さま

 だが、元号が平成になると、お召し列車の利用はなくなる。工藤さんによれば、今の上皇さまが天皇として即位した際、「特別扱いを好まれない」とされたため、お召し列車の使用をやめたという。

「その代わり新幹線や、在来線の特急に乗っての移動になりました」

 平成に入って初めてお召し列車が運行したのは1996(平成8)年。乗り物好きで知られた当時のベルギー国王が来日し、天皇陛下(現上皇さま)と美智子皇后(現上皇后さま)は、国王一家を栃木県足利市に案内する際、お召し列車でJR両毛線の小山~足利間を移動した。

「このとき、沿線には鉄道ファンはもとより、地元の方が大挙して見に来られました。これに気をよくした宮内庁は、お召し列車を積極的に運行していく方針になります」(同)

 以降、ルクセンブルクの大公夫妻(1999年)、ノルウェーの国王夫妻(2001年)など、国賓をもてなす際にお召し列車が使われた。その後は、旧来のお召し列車に代わり、新型のお召し列車が登場し、私的な旅行や御用邸での静養の場合も、お召し列車を利用するようになった。

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■時代とともに役割変わるお召し列車

 一方で、御料車は何回も製造されたが、最後は1960年製のため老朽化が指摘されていた。かくして2007年、JR東日本が威信をかけてつくったのが、冒頭で紹介したE655系だ。「E」はJR東日本、「6」は直流・交流の両区間対応、続く「5」は特急・急行用で、末尾の「5」は管理番号となる。製造コストについて同社は、「公表を差し控えさせていただきたい」と話した。

 そして、令和の時代。

 お召し列車の役割は変わったのか。工藤さんは、「権威から象徴へと変わった」と話す。

「全国植樹祭など国の行事に臨まれる際に利用される時は、先頭車両には菊の御紋と国旗が掲げられます。現在は国の象徴としての品位とその役割を保つための乗り物になっています」

 明治から令和へ──その車輪が刻んだ軌跡は、日本の近現代史そのものでもある。

(AERA編集部・野村昌二)