長野栄俊さん 日本のマジシャン・奇術史研究、広がる裾野

「日本奇術文化史」「近代日本奇術文化史」(東京堂出版)
コラム「北陸六味」 長野栄俊さん(認証アーキビスト・司書)
3月末の日曜日、ある研究会に参加するため、日帰りで上京した。東京はじつに5年半ぶりで、ようやく北陸新幹線の恩恵にあずかることができた。
この研究会とは、マジックネットワーク7という会が主催する第3回奇術史研究会のこと。このためだけに、わざわざ上京したと書くと、筋金入りのマジック愛好家と思われるかもしれない。が、じつは演じる方は一切やらないし(できない)、プロの演技もあまり見たことがない。
研究会の名称が「奇術」ではなく「奇術史」であるように、私の関心は歴史の方にある。奇術史研究に取り組み始めたのは15年前。当時は子ども向けの歴史系博物館に勤めており、福井生まれのマジシャン松旭斎天一(しょうきょくさいてんいち)(1853~1912)の展示を担当したことがきっかけだった。
天一の名は、今ではほぼ忘れ去られているが、明治時代に一世を風靡(ふうび)した奇術師だ。約20年間の活動期間中、奇術界のみならず、芸能界のトップランナーであり続けた。足かけ5年の欧米巡業でも人気を博し、優秀な弟子を多く育てたことでも知られる。
その波瀾(はらん)万丈の生涯に魅せられ、いつの日か自分なりの『天一伝』を書いてみたい。それが人生の目標の一つとなった。 明治の奇術を知るには、手妻(てづま)と呼ばれた江戸時代の奇術の研究が必須。さらに古い時代の芸能である放下(ほうか)や散楽(さんがく)のことも……。
その結果、10年のうちに『日本奇術文化史』と『近代日本奇術文化史』という2冊の共著書で、奈良時代から明治時代までの日本奇術の通史を執筆することができた。大勢の読者に恵まれて……と言いたいところだが、ひとまず届くべき人のところには届いたはず。2冊を参考文献に挙げる研究もちらほら現れ、著者冥利(みょうり)に尽きるところだ。
2022年開催の第2回奇術史研究会では、成果の一部を「松旭斎天一とその時代」と題して報告する機会を頂いた。
先日の第3回では、河合勝さんが長年にわたる自身の奇術史研究の歩みを振り返り、森下洋平さんはジェンダーの視点から近代奇術史を分析する報告をされた。
合間にはプロマジシャン養老瀧之丞(ようろうたきのじょう)さんが和洋の演技を披露。会場には20~90代の参加者約90人が詰めかける盛会となり、参加者相互の交流も深められた。
文学や文化史、芸能史などの研究者も参加し、奇術史研究の裾野の広がりが感じられた。この取り組みが今後も長く続くことを期待している。(認証アーキビスト・司書)