「全員産んだら、あなた死ぬよ」妊娠したのはまさかの五つ子…不妊治療で医師を信じた女性の後悔 ルールなし「減胎」の現実

取材に応じる減胎手術を受けた女性=7月、大阪府

 2015年夏、大阪府の女性は、府内のクリニックで不妊治療を続けていた。この日、エコー検査をしていた医師が悲鳴のような声を上げた。

 「1、2、3…嘘でしょ。ありえない!」

 医師の次の言葉を聞いた女性は絶句する。

 「妊娠しています。五つ子を」

 これまでの治療で使ったのは排卵誘発剤だけ。双子や三つ子といった「多胎妊娠」をする可能性については説明されていなかった。妊娠は嬉しいが、まさか5人とは。医師は続けてこう言った。

 「全員産んだら、あなた死ぬよ」

 多胎妊娠は母子ともにリスクが高い。このため、胎児の数を減らす「減胎手術」を受ける人も少なくない。しかし、日本では手術について一定のルールがなく、大半が水面下で実施されているのが実情だ。

 女性も減胎手術を受けたが、結局1人も産むことができなかった。

 「こんな思いをする人を二度と出してはいけない」。一体、何があったのか。(共同通信=一山玲佳)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

▽「1人でも多く産みたかった」

 女性には既に長男がいる。夫婦で話し合い「長男にきょうだいを」と考えて大阪府内の不妊治療クリニックに通っていた。

 医師は五つ子の妊娠と、全員は産めないことを告げた後、安心させるように語りかけた。

 「大丈夫。減らせばいい。うちしかできない手術だから」

 5人全員を中絶するか、減らすか-。究極の選択を迫られた女性は、その時の気持ちをこう振り返る。

 「命の選択をするくらいなら、全員諦めるべきだという意見もある。それでも、私は1人でも多く産みたかった」

裁判所に提出した減胎手術後の女性の腹部写真。30カ所の針跡が残る=女性提供

▽「簡単だし、すぐ終わる」と言われたが

 ほどなくしてこのクリニックで手術を受けた。当時は妊娠3カ月。

 「簡単だし、すぐ終わるから。私は腕がいいんだよ、運がよかったね」

 医師の言葉を信じた。罪悪感に押しつぶされそうになりながら内診台に乗り、麻酔で眠らされた。

 双子を残す予定で、それ以外の胎児に生理食塩水を注射していく。痛みは感じなかった。

 終了後、医師がエコーで確認すると4人が残っていた。減胎手術としては、失敗だった。女性は不信感を抱いたが、医師にこう説得された。

 「こんな状況で手術を受けてくれる所は他にない。次はお腹から注射すれば大丈夫」

 どうすればいいのか分からない。言う通りにするしかないと思った。

 3日後、診察室のベッドに横たわり2回目の手術を受けた。今度はおなかから注射をする方法だった。

 異変は手術の途中で感じた。麻酔が切れたのだ。おなかに針が刺されるたびに、強烈な痛みが襲う。

 反射的にのけぞった体を押さえつけられ、何度も刺された。「こんなに刺して、残す予定の2人は無事なのか」。罪悪感に加えて不安が押し寄せ、涙がこぼれた。

 やがて医師から「無事に終わった」と言われた。しかし、おなかには無数の針跡が残り、膣からの出血が止まらない。医師の言葉はとても信じられないと思った。

クリニック側への賠償を命じた2020年12月の大阪高裁判決

▽心身ともにボロボロ

 別の医療機関で診察を受けると、不安は的中。検査の結果、残った双子のうち1人は頭蓋骨の外へ脳が出た状態であることが分かった。

 「せめて最後の1人だけでも守らないと」

 すがる思いで入院し、治療を1カ月の間続けたが、流産した。

 「心が空っぽになった。2歳の長男がいなかったら、心が完全に壊れてしまっていたと思う」

 心身ともにボロボロの状態だったが、それでも考えた。

 「もう二度と同じ思いをする人を出してはいけない」

 翌年、クリニック側を相手に民事訴訟を起こした。大阪高等裁判所は2020年12月の判決で、クリニック側に一部賠償を命じた。

 判決文を読むと、手術と流産の因果関係は否定したものの、医師が手術で通常より太い針を使い、数回で済む注射を約30回もした点を「注意義務違反」と指摘している。判決は翌年9月、最高裁判所で確定した。 

 女性は手応えを感じた。

 「水面下でグレーな手術がされている状況に一石を投じられた」

女性の自宅にある流産した2人の骨つぼ=女性提供

▽ネットで批判・中傷、それでも知ってほしい

 減胎手術について、旧厚生省の審議会は2000年に報告書をまとめている。報告書は手術を「原則禁止」とする一方で、三つ子以上の妊娠に限っては容認している。

 しかし、裁判の結果が報じられるとインターネットではさまざまなコメントがあふれた。女性や、減胎手術そのものに対する批判や中傷も多い。

「残酷な母親」

「不妊治療で多胎になったら減らし、失敗したら金を払えとは身勝手だ」

 胸が苦しくなったが、一方で減胎の存在や不適切な手術が行われていることが広く知られた。その点には意義を感じている。

 「不妊治療をしている人は、誰でも多胎になり得る。減胎は産むための手術であり、その選択肢を必要とする人がいることを知ってほしい」

大阪大で減胎手術を始めた遠藤誠之教授=6月

▽「現在はグレーゾーン」

 女性が手術後に頼った別の医療機関で診察したのが大阪大の遠藤誠之教授(産婦人科)。不適切な手術を受けた女性が、心身ともに傷ついたことに胸を痛め、大阪大病院で今年から、減胎手術の外来診療を始めた。公的な医療機関では初とみられる。

 遠藤教授が意図を説明する。

 「現在はグレーゾーンで、患者の心理的、肉体的負担は大きい。全国の医療機関と連携し、安全な体制の整備を目指したい」

 女性はおなかにいた「5人」を亡くしてから10年がたったが、後悔をずっと抱えてきた。

 「ただただ残酷なことをしてしまった。この子たちは何のために命を授かったのだろう」

 ただ、このことをきっかけに大阪大学は動いた。

 「5人が存在したことで、今後は救われる妊婦や小さな命がある。そう思うと、私自身が救われた気持ちになった」。涙を流しながらそう話してくれた。

女性の自宅には、2人の骨つぼがある。残りの3人は初期中絶のため骨もない。

 「忘れずに思い続けるからね」

 5人のために毎晩手を合わせる。女性はその後、次男を授かることができた。息子2人が大人になったら、5人のことを伝えるつもりだ。それが親としての義務だと思っている。