国内最高峰スケボー大会、ダントツの最年長41歳「タツマックス」が沸かす…「頑張れおじさん!」

スケートボード日本選手権ストリートに出場した玉野(1日、東京都江東区で)=古和康行撮影

 スケートボード日本選手権ストリート。東京都内で1日に行われた国内最高峰のこの大会に、一人だけ40歳代の男が出場した。玉野辰磨(ムラサキスポーツ)、通称タツマックス。この日の会場で最も観客を沸かせたのは、予選最下位だった41歳のこの男だ。(デジタル編集部 古和康行)

 「タツマーックス!」「がんばれ、おじさん!」

 スケボー業界で「西東京を代表するB―BOYスケーター」と呼ばれる男は、予選1回目のランに登場するだけで大歓声が上がった。ただ、実力を出し切れたかというと……。予選2回目のランでは途中で失敗し、思わずコースから上がって膝に手をついた。

玉野は予選2回目のランで思わずコースわきで膝に手をついた(1日、東京都江東区で)=古和康行撮影

 大会での目立った戦績はない。「僕らの世代って大会を毛嫌いする世代で、『大会出るやつってダサいよな』って」「僕もそうだったんですけど……」と頭をかいた。むしろ、主戦場は世代らしく「路上」だった。「当時は紙媒体が強かったので、雑誌には載せてもらっていて。昔はどこに行っても『タツマックス』だと言われました」。カメラマンと一緒にスケボースポットまで行って、ライディングの写真を撮り、雑誌社に送るというのがメインの活動だった。そうした活動が身を結び、所属先やスポンサーがついた。今では、路上でスケボーをするのは御法度で、「時代、めちゃくちゃ変わったっすね」と笑う。

 そんな彼が大会に出るようになったのは、「30代後半になって」(玉野)からだ。スポンサーから出場を求められたある大会で、玉野は入賞する。これが快感になり、大会に出場するようになったという。日本選手権への参加は今大会で3回目だといい、「本当に勝ちに行っています」という。

スケートボード日本選手権ストリートに出場した玉野(1日、東京都江東区で)=古和康行撮影

 実は、彼がメインの練習施設として使用するスケボーパークは、相模原市中央区の小山公園にある。ここのパークからは、パリ五輪「金」の吉沢 恋(ここ) (ACT SB Store)、同4位の白井空良(ムラサキスポーツ)など、世界レベルのスケーターが出ている。玉野は「彼らが本当に始めたころから一緒に滑っていた」という。かつて、自分が毛嫌いしていた「大会」で世に出ていったスケーターに影響を与えているのも、またこの男。この日の試合も、多くのトップ選手が彼に声援を送っていた。

 ただ、今回の成績は最下位の19位。30歳代も出ていないこの大会で、唯一の40歳代の玉野だが「まだまだ衰えは感じてない。40代前半のうちはいけるかなって」と闘志は健在だ。「やっぱ40歳代で一旗揚げたい。今の若い選手たちに『やべっ、負けるかも』と思わせたいんですよね。次の日本選手権も出ますよ」

 いたずらっぽく笑ったが、口調とまなざしからは「熱」が伝わってきた。