200万円の古民家が全焼、被害に支払われた額は7000万円超 相次いだ民家火災、保険調査のエキスパートによる「錬金術」の可能性

火災が起きた岐阜県飛騨市の現場=2025年9月17日
岐阜県飛騨市ののどかな山間部で2022年8月、古民家が全焼した。人は住んでおらず、当初、漏電などによる電気火災の可能性が高いとみられた。被害に対しては、火災共済金などとして7000万円超が支払われたという。
だが、火災の後始末に関わった業者には、気になる点があった。それは、家の購入者らの様子から感じられた。業者は振り返る。「(彼らは)警察の調査結果や、消防の見解を気にしていた」
古民家の購入額は約200万円。それに比べて、受け取ったとされる共済金は異様に高額にみえる。不可解なことが多い火災から浮かび上がってきたのは、元保険調査員による「錬金術」の可能性だ。(共同通信=黒崎寛子、樋口華)
▽「古い物件を探している」

火災が起きた岐阜県飛騨市の住宅=2022年8月4日(提供写真)
飛騨市中心部から峠を越えると里山風景が広がる。その一画にある住宅に挟まれた敷地に、黒く焦げたバスタブや炭化した物が無造作に放置され、異様な雰囲気が漂う。ここで2022年8月4日未明、木造2階建ての古民家は激しく燃えた。

火災からさかのぼること7カ月。2022年の1月ごろ、50代の男が「古い物件を探している」と地元の不動産屋を訪れ、5月には別の男性と一緒に再び不動産屋にやって来た。そして、古民家を約200万円で購入。同じ日に地元の農業協同組合(JA)で、火災の建物損害を補償する6千万円の共済契約を結び、約1カ月後には動産についても500万円の共済契約をしたという。
男はその後、8月4日終了予定で4日間のリフォームを地元業者に依頼。火災が起きたのは、工事の終了予定日のことだった。
補償契約を結んでいたJAからは10月上旬、共済金に加え、見舞金など約800万円も支払われ、総額は計約7317万円に上ったとされる。
▽業者に責任なすりつけ、気にした警察の捜査

火災が起きた岐阜県飛騨市の現場=2025年9月17日
「あなたがもしブレーカーを下ろし、しっかりと危機管理をしていればこんな事にならなかったのではないか」。2023年1月、リフォームを請け負っていた地元業者にこんなメッセージが届いた。
送り主は、古民家を購入した際に、男と一緒にいた男性。火災で焦げた家屋の柱が倒壊する危険があったため、リフォーム業者が代わりに撤去することになり、業者はかかった費用として約30万円を請求していた。だが男性側は先に挙げたメッセージのように、業者に責任転嫁するかのような言いがかりを付け、度重なる催促に応じようとしない。
業者によると男性らは火災直後は、警察や消防がこの件をどのように見ているかを気にしていたという。一方で、火災から2日後、この業者が飛騨市内の喫茶店で会った時には、業者が渡した見舞金をすんなり受け取り、落ち込んでいる様子はなかった。
▽数百万円の物件に数千万円の共済契約を結べた訳とは

古民家の購入額約200万円に対し、受け取ったとされる共済金などは計約7317万円。「差がありすぎる。あり得ないのではないのか」と多くが首をひねるような火災共済契約の仕組みはどのようなものだろうか。
全国共済農業協同組合連合会(JA共済連)岐阜県本部によると、保険金や共済金額の設定は、対象となる建物と同等のものを新築するために必要な金額をベースとした「再取得価額基準」と、再取得価額から経年劣化分を差し引いた現状相当の金額をベースにした「時価額基準」がある。
古民家でも、再取得価額を上限とした契約を結ぶと、住宅購入額を大幅に超える保険(共済)金を受け取ることができる。JA共済では基本的に再取得価額で評価するといい、この価額が加入できる上限額となるという。担当者は「再取得価額をベースに保険金額を設定する契約は一般的」だと話す
▽「放火を見分けるのは難しい」

岐阜県警本部=11月4日
飛騨市の件は当時、漏電などが原因の電気火災の可能性が高いとみられていた。警察関係者も「当時は放火を疑うような強い証拠が見当たらなかった」と話す。
しかし、発生から3年後の今年9月以降、火災は「保険金詐欺・放火事件」に発展した。岐阜県警が、古民家に放火して共済金などをだまし取った疑いで、不動産屋を訪れた男と、別の元保険調査員の50代男を逮捕したのだ。2人はその後、岐阜地検に起訴された。古民家購入時に一緒にいた男性は、逮捕後、不起訴になった。検察は不起訴理由を明らかにしていない。
起訴状によると、元調査員が2022年8月4日未明、1階の和室で座布団のようなものにライターで火を付けて古民家を全焼させ、共済金などを請求し、10月6日に約7317万円を入金させてだまし取った―とされる。
元調査員は、大手調査会社「損害保険リサーチ」(東京)に勤め、火災や事故時に支払う保険金額の査定調査をしていた。
保険金詐欺を見抜く業務経験も積んでいる。その専門知識を悪用し、「廉価で住宅を購入して火を放ち、通常の火災に見せかければ、多額の保険金が受け取れるのではないか」と考えたとしたら―。
警察幹部は「放火を見分けるのは難しいことを理解していた可能性がある」と話す。
▽成功に味占めたか、「見つからなかった」放火を繰り返した結末

元調査員と男は岐阜の事件の後、2023年10月に岡山県で、11月に青森県でも保険金目当てに家屋への放火を繰り返したとされる。15カ月間という短期間に発生した連続放火事件。幸いにもこの3件では死者やけが人は確認されなかったものの、一歩間違えれば隣家を巻き込み人的被害を出しかねなかった。
それぞれの事件で起訴された内容と罪名は次の通りだ。
岡山県美咲町では布団にライターで火を付けて家屋を全焼させ、契約していた4千万円の火災共済金をだまし取ろうとしたとして、非現住建造物等放火と詐欺未遂の罪。
青森県つがる市では、古民家のマッサージチェアに掛けられたタオルにライターで点火して家を全焼させ、保険金500万円をだまし取ったとして、非現住建造物等放火と詐欺の罪。
岐阜県警幹部は「岐阜での放火に『成功』して味を占めたのではないか。ただ、同じメンバーが複数回火災に遭遇すれば怪しまれるのは当然。ずさんな面も見える」と断じた。3件で受け取ったとされる保険金などは、計約7800万円に上る。
二人はさらに今年11月12日、別の男一人と共謀して2022年8月に北海道紋別市の空きビルに放火した疑いで北海道警に逮捕された。
▽対応に追われた各損保
保険金詐欺を見抜く立場だった元調査員が関わったとされる一連の事件を受け、保険業界には衝撃が広がった。
元調査員の男は、損保リサーチから別会社に移籍後も、複数の大手損害保険会社から調査委託を受けていたという。
委託していた各大手損保は対応に追われた。東京海上日動火災保険は元調査員が担当した過去約14年分の計約80件を調べた。損害保険ジャパンなども損保リサーチから元調査員の担当案件リストの提供を受け再調査。いずれも対象となった案件に不審な点は確認されなかったという。
損保リサーチは、在籍時の業務に不正は見つからなかったと説明。担当者は「引き続き捜査に全面的に協力していく」とコメントした。