「西の渋谷」「西の歌舞伎町」「西の秋葉原」…すべて同じ市のニックネームです

 多摩地域の中心都市の一つ、人口43万人の東京都町田市。市民の間ではこれまで「西の渋谷」「西の歌舞伎町」「西の秋葉原」と、23区内の別の繁華街になぞらえられてきた。なぜ、ニックネームがつけられたのだろうか。その背景を調べると、街の移りゆきが見えてきた。(永野慎一)

旧「109」が入っていた現在の町田センタービル

 多くの大学や専門学校が立地し、若者らを引き寄せてやまない町田は、「西の渋谷」のあだ名があった。どうしてだろうか。1980~90年頃の町田の若者文化に詳しい編集者で、文芸誌「ウィッチンケア」を発行する多田洋一さん(65)に尋ねると、「渋谷にある東急ハンズや109など、東急グループの文化の影響を受けたことが一因」との答えが返ってきた。

多田洋一さん

 町田駅は小田急線とJRで、東急線は走っていないが、83年に駅前に東急ハンズが進出。2002年には東急グループのファッションビル「109」がオープンした。

 市内に本社を置く老舗ジーンズ店「マルカワ」の本店(2021年に閉店)も駅前の雑居ビル内にあり、古着店も密集している。流行に敏感な若者たちが23区からも多く訪れた。さらに、都県境を接する神奈川からは、小田急線に乗って手軽な「東京デビュー」を果たそうと、こぞって町田を目指したという。

 多田さんは「わざわざ渋谷まで足を延ばさなくても、先端ファッションの買い物や、飲食などが済ませられると考えた人が多かった」と話す。ただ、町田の109は18年に閉店し、跡地には同じ東急グループで幅広い世代向けの商業施設が進出したが、こちらも22年に閉店した。「渋谷」としての町田は影が薄くなりつつある。

 00年代に入ると、町田駅前の原町田地区には風俗店やキャバクラ店などが多数出店して歓楽街ができ、「西の歌舞伎町」とも呼ばれるようになった。治安の悪化を心配した地元有志が04年、町田駅近くの目抜き通り沿いに民間交番を設置し、住民らが常駐し、パトロールも行った。

吉川直樹さん

 民生委員などを務め、12年に民間交番の事務局長に就いた吉川直樹さん(75)は「酔っ払いのけんかなどは日常茶飯事」と振り返る。日中の3交代制で、道案内のほか、落とし物をあずかるなどした。公務員と勘違いした酔客から、「税金もらってるんだから、もっと愛想良くしろよ」などとからまれたこともあった。

 こうした取り組みが実り、市によると、市内の犯罪認知件数は04年に8452件だったが、20年には2128件と4分の1に激減。民間交番はその役割を終えたため24年に取り壊され、跡地には、観光客らを案内する交流拠点が建てられた。吉川さんは「民間交番の成果もあり、すでに悪い意味での歌舞伎町ではなくなった」と胸を張った。

 ほかに指摘されるのは、「秋葉原」。アニメショップが急増したためだ。「うたごえはミルフィーユ」といったアニメ作品の舞台やモデルとして多く登場し、市がアニメによる街おこしを進めていることも背景にある。

雷門風太さん

 アニメファンらが集まる「オタク・サブカルバー」を町田駅前で経営し、漫画のカバーデザインも手がける雷門風太さん(59)は「かつては漫画やアニメに強い書店が市内に多く、ファンも集まっていたため、町田にはオタク文化が根付いている」と語った。

 とはいえ、近年は町田がこうした例えで呼ばれることはあまり聞かなくなった。昨季からサッカーJ1で活躍しているFC町田ゼルビアが存在感を高め、独自のカラーが定着してきたのだろうか。いつの日か、「○○の町田」などと、逆になぞらえられる日が来るのかもしれない。