【死刑囚の弁護士たち】「悪党の味方をする汚れ仕事でも…」日立妻子6人殺害事件・土浦連続殺傷事件の弁護士が語った“矜持”

■「死刑を回避するための嘘」なのか?, ■「土肥さんを死刑にすることに意味はあるのか」, ■「二番煎じだ」秋葉原通り魔事件を笑う, ■死刑を願った遺族の“葛藤”を見てきた

 内閣府の世論調査によれば、日本国民の8割以上が死刑制度を容認している。凶悪事件が起こると、ネット上では「早く死刑にしろ」など攻撃的な声が飛び交うことも少なくない。そんななか、重大な殺人事件を担当した弁護士たちは、どのような思いで被告人と向き合い、なぜ死刑を回避すべく力を尽くしたのか――。連載企画「死刑囚の弁護士たち~なぜ“殺人犯”を守るのか~」第3回は、2017年の日立妻子6人殺害事件、08年の土浦連続殺傷事件を担当した小沼典彦弁護士(69)に話を聞く。二つの事件を通じて裁判所に突き付けたのは、「死刑の意義にきちんと向き合っているのか」という本質的な疑義だった。

*  *  *

「事件の記憶がない人を死刑にしていいの? 司法に携わる人間として、純粋に疑問だったんですよ。でも裁判所は何も答えてくれなかった」

 小沼弁護士は、一審で国選弁護人を引き受けた日立妻子6人殺害事件を振り返り、こう語気を強めた。

 17年10月6日、茨城県日立市の自宅アパートで就寝中の妻(事件当時33)と子ども5人(同3~11)が胸や背中を包丁で刺されたうえ、玄関などにガソリンがまかれて放火、殺害されるという凄惨な事件が起きた。殺人罪などに問われたのは、夫の土肥(旧姓・小松)博文死刑囚(同32)。一審判決によると、土肥死刑囚は妻から離婚話を切り出されたことを機に犯行に及んだとされる。

 この裁判では、「事件の記憶がない者を罪に問えるか」という異例の争点が持ち上がった。土肥死刑囚は、一審前の勾留中に心不全などで倒れて一時心肺停止に陥り、その後遺症で事件時の記憶をなくしたと訴えたのだ。

■「死刑を回避するための嘘」なのか?, ■「土肥さんを死刑にすることに意味はあるのか」, ■「二番煎じだ」秋葉原通り魔事件を笑う, ■死刑を願った遺族の“葛藤”を見てきた

■「死刑を回避するための嘘」なのか?

 記憶をなくす以前の土肥死刑囚は、〈電灯を消しテレビだけ点いている暗いリビングで、布団の上に座り、目の前には包丁とロープという姿は、思い返すだけで私自身が怖い〉〈妻が最後に発した言葉は、娘の名前でした〉(「新潮45」18年5月号から抜粋)などと当時の状況を克明に明かしていた。だが病に倒れてからは一転、「みなさんが私が殺したと言うなら、それが事実なのでしょう」と語るのみで、事件についてぱったりと口を閉ざした。

 当然、世論は「死刑を回避するための嘘だ」と土肥死刑囚を糾弾した。小沼弁護士も「同じ人間がこうも豹変するか?」と戸惑ったが、本人との面会を重ね、記憶喪失の可能性はあると見立てる医師の話を聞くうちに、本当に記憶をなくしたのだと思うようになった。とはいえ、小沼弁護士は慎重を期した。

「俺の直感だけで土肥さんの言い分を信じるのは怖いから、裁判所に接見解除を要請してマスコミに取材してもらいました。そうしたら、記者たちにも『嘘をついているようには見えない』と口々に言われましたよ」

 一審の公判で、土肥死刑囚は事件について「どこかで自分事でないというか、なんだか信じられないようなことばかりという感じ」と話し、手にかけた妻子に対し「とにかくごめんなさいとしか言えないと思う」と戸惑いを露わにした。弁護側は、「記憶がなく有効な弁解ができない状態での審理は違法」として公判の停止を主張。だが水戸地裁は「裁判所の支援などで意思疎通は図れる」と死刑判決を言い渡した。

 死刑判決が出た翌日、小沼弁護士が面会に行くと、土肥死刑囚は覚悟ができていたのか落ち着いた様子だった。小沼弁護士は「一審の担当である俺の役目はここまで」と告げ、こう続けた。「この先たとえ判決が覆らないとしても、少しでも自分がやったことを理解したうえで刑を受けたいなら控訴しなさい」。

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■「土肥さんを死刑にすることに意味はあるのか」

 土肥死刑囚はその後、別の弁護士のもと控訴・上告した。しかし今年2月、最高裁は「被告の記憶に関する主張は上告理由に当たらない」などとして上告を棄却。死刑が確定した。

 小沼弁護士は、判決について今も納得していないという。

「土肥さんを死刑にすることに意味はあるのか、社会はそれによって何を得られるのか、最後まで見解が示されなかった。裁判所の論理は、罪相応の報いを受けるべきだというもので、死刑の意義という本質的な問いに向き合おうとしていない」

 土肥死刑囚は一審判決後、朝日新聞の取材に対し、記憶がないため自分の罪と向き合えず、納得できないまま死刑に処されることへの恐怖を口にしていた。

「記憶が戻ることを期待したい。記憶を呼び戻さないと本当のつぐないはできない」

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 “目には目を、歯には歯を”の論理で、国家が一人の人間の命を奪ってよいのか。裁判所は、死刑の意義にきちんと向き合っているのか――小沼弁護士は過去にも同じ問いを法廷で突きつけたことがある。08年に土浦連続殺傷事件を起こした金川真大元死刑囚(事件当時24)の一審で国選弁護人を務めた時だ。

 金川元死刑囚は高校卒業後、自宅に引きこもるなかで自殺願望を募らせ、「確実に死ぬために死刑になろう」と茨城県のJR荒川沖駅や民家で9人を刃物で襲撃、うち2人を殺害した。

 小沼弁護士は、金川元死刑囚から激しい敵意を向けられた最初の面会の様子を今も覚えている。

「死刑になるために殺したんだから、弁護士はいらない」

「でも、弁護士をつけないと裁判所はいつまでも判決を出さないよ。依頼人を死なせるための弁護活動なんてできないけど、死刑になりたいなら自分の口から裁判官に伝えなさい」

「……分かりました」

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■「二番煎じだ」秋葉原通り魔事件を笑う

 なんとか説得に成功した小沼弁護士は、公判が始まると、金川元死刑囚に極刑を下すことの意義は何かと裁判官たちに問いかけた。

「死刑を望む者を死刑にするのは『ごほうび』を与えるようなもの。更生させ被害者の供養を続けさせることがふさわしい」

「死刑になりたいという理由で無差別殺人を行ったら死刑に処せられる、というメッセージを(社会に)送ったら、模倣する者が現れるおそれがある」

 実際、土浦連続殺傷事件の3カ月後には、同じく「死刑になるため」が犯行動機の一つとなった秋葉原通り魔事件が起きている。二つの事件の間の直接的な因果関係は明らかになっていないが、小沼弁護士によると、金川元死刑囚は「(自分がやったことの)二番煎じだ」と笑っていたという。

 犯罪抑止を大義名分とする死刑制度が、逆に犯罪を誘発している“矛盾”に、司法はどう向き合うのか。一審で裁判長は金川元死刑囚に対し、「死刑になるために他人の生命を奪うという動機は身勝手極まりなく、強い非難に値する」などとして死刑を言い渡した。小沼弁護士が問題提起した死刑制度の“矛盾”に対する言及はなかった。判決直後、金川元死刑囚はメディアの取材に対し、「完全勝利といったところでしょうか」と満足げに語った。そして弁護士の控訴を自ら取り下げ、死刑判決が確定した。

 13年2月21日、金川元死刑囚の刑が執行された。それを報道で知ったという小沼弁護士に当時の心境をたずねると「特段何も感じなかった」と話す。前出の土肥死刑囚がいつの日か処刑されても、「感傷にふけることはない」と言い切る。判決内容については強く疑義を呈する小沼弁護士だが、死刑囚本人への思いについてはドライな口調で多くを語らない。その理由を聞いてみた。

「依頼人に入れ込まないよう一線を引いているんです。俺はやるべきことをやったと割り切るために、どの事件も全力を尽くしている。俺は弱いですよ。依頼人の人生を背負っている以上、この主張で本当によかったのかと内心は常に揺れっぱなしです。だからこそ、淡々としていないと心を保てないということです」

■「死刑を回避するための嘘」なのか?, ■「土肥さんを死刑にすることに意味はあるのか」, ■「二番煎じだ」秋葉原通り魔事件を笑う, ■死刑を願った遺族の“葛藤”を見てきた

■死刑を願った遺族の“葛藤”を見てきた

 金川元死刑囚・土肥死刑囚への死刑判決はもとより、死刑制度自体にも反対の立場だ。事件直後に加害者の死刑を願った遺族が、時が経つにつれ「なぜ赦(ゆる)せなかったのか」と葛藤する姿を何度も見てきたからだ。

「ご遺族は世間からのバッシングを恐れて、そんな心中をメディアに明かすことはありません。でも人間はきっと、恨み憎しみにとらわれたままでは生きていけないんです。赦す心が生きる糧になるという現実もあるんです」

 凶悪犯に対してしばしば「早く死刑にしろ」という世論が巻き起こるが、小沼弁護士は「正義を掲げて攻撃するのは快感ですよね」と冷ややかに語る。

「一度道を間違えたら二度と這い上がってくるなという空気が漂う社会は恐ろしい社会ですよ。俺は優しさのある社会で生きたい。失敗した人がもう一度やり直すための手助けをするのが、弁護士の仕事だと思っています」

 だからこそ、企業との顧問弁護士契約は結ばず、負担が大きい割に報酬が少ない刑事事件の国選弁護に心血を注ぐ。どんな事件も断らないと決めているため、日立と土浦の2件の死刑確定事件をはじめ、数々の重大事件を一手に引き受けてきた。警察官にさえ、「いつも大変ですね、心が壊れないようにね」とねぎらわれるが、美談として語る気はないという。

「弁護士っていうのはある意味、悪党の味方をする汚れ仕事ですよ。それでも誰かがやらないと、公正な裁判なんて成り立たない。だから目の前の仕事に淡々と向き合うだけです」

 そう言うと、「まあ全然もうからないんだけどね」と付け加えて笑った。

(AERA編集部・大谷百合絵)

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