行列、水たまり、雨だれ…想定超えた万博の課題と改善 大阪公立大・橋爪紳也特別教授 昭和100年 輝く関西に向けて

「1万人の第九 EXPO2025」で合唱する参加者ら=13日午前、大阪市此花区の夢洲(川村寧撮影)

大阪・関西万博の初日、ゲートの外では多くの人が列をなして開場を待っていた。同じ頃、自衛隊音楽隊によるファンファーレ、2025年日本国際博覧会協会の十倉雅和会長による挨拶(あいさつ)のあと、協会の幹部や関係閣僚などの来賓がテープにはさみを入れて開幕を祝った。

テープカットの参加者や民間パビリオンのアテンダントが手を振って出迎えるなか、9時の開門と同時に入場した人々は、早足でパビリオンに向かう。なかには列に並ぶ吉村洋文・大阪府知事の姿をみつけて駆け寄り、握手や記念写真の撮影を求める人が多くあった。

初日の午前中には、それぞれのパビリオンでも関係者による開館式が挙行された。出展者の数だけ、オープニングのセレモニーが挙行されたわけだ。主催者が会場を用意するが、その内実は、多くの出展者による多様な展示の総和である。さらに連日、各所に設けられたステージや展示場で行われる催事を加えると、誰ひとりとして、すべてを見尽くすことは難しい。国際博覧会の本質は、その多様性にこそ見いだされる。

大阪公立大の橋爪紳也特別教授

この日は朝から天気が悪化することが予想されたが、開幕の式典のあいだは雲が流れ、晴れ間から光が注いだ。ただそのあとは曇り空が続き、昼頃には風雨が強まる荒天となった。不安定な天候に出ばなをくじかれたかたちだ。

開幕イベントとして「1万人の第九」が実施された。開門と同時にベートーベンの第九交響曲の第四楽章の演奏が始まった。クライマックスでは万博カラーである赤と青のポンチョを着込んで、リングの上に登った合唱団による「歓喜の歌」が会場内に響き渡った。

一時的に強い雨に見舞われた会場では、各所に水たまりができていた。水はけの悪さが目に見えてあきらかであった。大屋根リングで雨風をしのぐ人も多くあったが、リングの下でも水が垂れている場所があった。

大阪府下では1990年4月1日の「国際花と緑の博覧会(花の万博)」開幕日以来、35年ぶりの飛行となるブルーインパルスの展示飛行も中止になった。夏季における熱中症対策が必要であることは、かねて指摘されていた。加えて梅雨や台風などによる雨天への対応が急務であることがあきらかになった。

会場内への入場は相対的にスムーズであったと思う。ただブルーインパルスの飛行が中止と聞いて、急ぎ帰路につく人が多くあった。駅から会場に向かう人たちと、駅に向かう人たちが交錯した。退場者を制限しながら解消をはかるしかなく、拡声器などで状況を説明していたが、さまざまな指示や案内が飛び交うなかで混乱が極まった。雑踏警備としては当然の措置だが、現場に遭遇し、長く待たされた知人は入場者を遇するという視点が乏しいと指摘した。

運営面での課題と改善すべき点があきらかになった。開幕初日といいながら、さながらテストランを繰り返しているような状況であった。想定を超えた問題も散見されたのではないか。184日の会期を通じて、日々、改善が求められる。

はしづめ・しんや 京都大大学院、大阪大大学院修了。工学博士。大阪市立大教授、大阪府立大特別教授などを経て令和4年から現職。大阪・関西万博の誘致案策定にあたって中心的役割を担った。大阪府出身。64歳。