高校授業料の「実質無償化」で公立、私立の選択はどう変わる?「私立と公立が同じ土俵で戦うことは困難」と専門家が指摘する理由

■制度設計しだいで、メリットもデメリットも大きく変化する, ■授業料無償化でも、教育費全体は増加傾向に, ■私立と公立の競争は公平ではない?, ■入試科目数の違いが将来の大学進学に影響, ■海外では、補助金と同時に規制も

 2026年度から高校授業料の「実質無償化」が始まる。これまでの国公立高校に加えて、私立高校も所得制限なしで補助金が支給される。この政策により、公立高校や私立高校にはどんな変化があるのだろうか。その影響について、教育経済学を専門とする慶應義塾大学の赤林英夫教授に聞いた。

 国による高校就学支援(高等学校等就学支援金制度)は、25年度からは公立高校の授業料は原則無償、私立高校では一定額の補助金が支給されてきた。所得が590万円未満の家庭は年間39万6000円、それ以上は11万8800円だった支援金が、新制度では所得制限が撤廃、さらに支援額も45万7200円と増額する。

■制度設計しだいで、メリットもデメリットも大きく変化する, ■授業料無償化でも、教育費全体は増加傾向に, ■私立と公立の競争は公平ではない?, ■入試科目数の違いが将来の大学進学に影響, ■海外では、補助金と同時に規制も

■制度設計しだいで、メリットもデメリットも大きく変化する

――政府がこの時期に、すべての高校における授業料実質無償化に踏み切った背景には、何があるのでしょうか。 

 政府の決断なので詳しくはわかりませんが、大阪維新の会は約15年前から教育バウチャー(私立の授業料を無償化する政策)の導入を主張し、大阪の高校でそれを独自に実現してきた流れがあります。日本維新の会が連立与党に入ったことで、同様の政策が全国で実現したと見ています。

――無償化による、メリットとデメリットはどのようなことが考えられますか。

 これは非常に評価が難しい政策であり、メリット・デメリットはこうだと単純に言い切れるものではありません。どう設計するかで結果が変わってくるからです。さまざまな国で実施されたエビデンスもありますが、結果はバラバラで、理論上も、細部の設計いかんでプラスにもマイナスにもなる政策であるというのが経済学での共通の認識です。

――教育の機会均等や格差解消につながるという意見もあります。

 社会環境や導入の条件次第で変わってきますが、私立高校の授業料無償化は、低所得世帯向けの政策であれば教育の機会均等効果があるといえます。たとえば、私たちの研究によれば、低所得世帯向け授業料減免は退学する生徒を減らす効果がありました。しかし、所得制限を撤廃すると高所得者も同じ恩恵を受けますので、全体としてどのような効果を生むのかはまだハッキリとはわかりません。

■授業料無償化でも、教育費全体は増加傾向に

 過去の事例から、関連するエビデンスがあります。私立高校の所得制限撤廃は今回が初めてですが、2009年からの民主党政権の時、公立高校の授業料が所得制限なしに無償化されました。3年後に自公政権に戻り、所得制限が設けられましたが、授業料負担は大きく減りました。しかしその後、子どもが公立高校に通う世帯では、授業料以外の学校教育費(入学金、教材費、制服購入費、修学旅行費など)に加え、習い事などの学校外活動費支出が大きく増加し、現在では、教育費負担の総額は2009年時点を超えています。

 公立高校で起きたことは、当然私立高校でも想定されます。特に中所得以上で「高校からの授業料が下がるのなら、私立中学を受験してもいいんじゃないか」という傾向が強まっています。中学受験のための塾の需要が高まっており、小学4年生からでは遅いと低学年から入塾する子どもも増えているようです。

 無償化の理由のひとつとして、教育の機会均等をあげていますが、現在首都圏や関西では高校からの入学を閉鎖し、完全中高一貫校に移行する私学が増えています。自分が行きたい私立高校で無償化の恩恵を受けるためには中学受験を視野に入れる必要がある、という構図ができつつあり、機会均等と言えるのか、疑問に感じています。

――先駆けて、24年から段階的に所得制限を撤廃した大阪府の吉村洋文知事は、公私が切磋琢磨し教育の質の向上を目指す重要性を訴えています。

 学校間競争をさせることで教育の質が向上するという論は、無償化政策の理念としての主張の一つです。教育界での新自由主義、あるいは市場原理主義と呼ばれ、選択肢を増やせば消費者の満足度も商品の質も上がる、という経済学で古くからある考え方に基づいています。

 理念としては一見正しいように見えても、これまでの研究で、学校間競争によるプラスの効果がある場合とない場合があることが実証されています。成果が得られるかどうかは、制度設計の細部に依存するということもわかりつつあります。

 どのような市場にも一定のルールがあります。たとえばどんな商品でも、成分表示や賞味期限、あるいは生産場所などを記して、消費者が正しく判断できるようにしなければなりません。問題があればリコールできる仕組みも作られています。教育の市場にも、やはり一定の規律やルールが必要です。それがなければ質を上げる競争はできません。スポーツと同様で、同じルールでなければ競わせる意味がありません。

■私立と公立の競争は公平ではない?

 授業料の差ばかりが話題に上がりますが、問題は、今の日本における高等学校の制度設計が、授業料以外の部分でも公平になっていないということです。授業料を無償化した途端、教育市場が一方的に私立有利にならないか、検証する必要があります。

――公立と私立の関係、どのような点が公平ではないのでしょうか。

 いくつかあります。まず、教員の採用が違います。私立高校は学校単位で教員を採用でき、給与も自由に決められます。公立高校の採用は自治体単位で、学校独自の採用は原則できません。給与は一律です。授業料や授業料以外の徴収も私立高校は自由に設定できます。公立高校の授業料は一律で、授業料以外の徴収は可能ですが、学校予算とは別会計で管理され、余ったら卒業時に保護者に返さなければなりません。私立はすべて法人会計として合算するので、何に使ったのか保護者から問われることはありません。

 情報についても、開示請求ができる公立高校に対して、私立高校は不透明な点も多い。たとえば私立高校ごとに中退率がどうなっているのか調べようとしても、情報を開示させるルールがありません。ただし、私立でも通信高校には規定があります。

■入試科目数の違いが将来の大学進学に影響

 教育の質の面で特に私が問題視しているのは、入試教科の設定が違うということ。公立高校は基本的に英・数・国・理・社の5科目ですが、私立は自由に科目設定していいことになっています。調べたところ、東京では4~5科目の入試を設定している私立高校は2%で、ほとんどが英・数・国の3科目でした。2科目以下の学校も13%あります。ただし大阪は4~5科目が69%と、意外と多いことがわかりました。

 科目設定が自由であるということは、受験勉強を回避したい生徒の心理を利用して、言うなればいくらでもハードルを下げることができるわけです。今のまま私立の無償化が進めば、「私立高校専願でいい」と考えて、理科や社会、場合によっては数学の勉強さえ早々に放棄する生徒が一気に増えるでしょう。つまり教育の質がいいからではなく、単に入試が楽だから私立高校を選ぶ可能性も出てきます。

 以上の事例を踏まえると、いくら切磋琢磨したくても、現状の制度設計では公立高校は私立高校と同じ土俵で競争することは困難と言えます。

――入試科目の違いは、どのような影響を及ぼしますか。

 実は1966年前後に、公立高校が大幅に入試教科を減らした時期がありました。それまでの公立高校の入試は、中学校教育の必修科目である美術や体育などのテストもあり、9科目入試が多かったのです。その時期に文部省(現・文部科学省)が「入試科目数は都道府県の判断に任せる」という通達を出し、都道府県は科目数を一気に減らしました。最終的には5科目に落ちついたのですが、当初は都道府県によって9科目を続けたり、5科目、あるいは3科目に減らしたりと、ばらつきが生じたのです。

 私たちが各都道府県の高校入試の科目数とその後の大学進学との関係を検証したところ、3科目より5科目のほうがより大学進学率が上昇したということがわかりました。ということは、義務教育の時期に主要5科目をきちんと勉強させたほうが、その後の人生の選択肢を広げるという意味ではプラスということではないでしょうか。中学生にとって、高校受験が学ぶ動機になっているのは事実ですから、5科目受験のほうが将来の進学にはプラスになると思います。

■海外では、補助金と同時に規制も

――海外の事例はいかがでしょうか。

 先ほど、海外でも私立学校に対する授業料無償化政策が試みられたことを述べましたが、メリットを最大化しデメリットを減らすさまざまな工夫がなされています。そのため多くの場合、補助金と同時に規制がかかります。例えば、授業料無償化のための補助金をもらうなら、学校は追加費用徴収ができない、などのルールが採用されることが多く、それにより総徴収額の値上げを防ぎ、機会の均等を保とうとしています。

 たとえば韓国では 21年から私立高校無償化が始まっていますが、授業料を自由に設定したければ、無償化は受けないというルールになっています。実際にいわゆるエリートの私立高校の一部で、補助金をもらわずに自由に授業料を設定している学校もあります。それにより、自由と公平性のバランスをとるという考え方です。

――日本では、どのようにすべきだと考えますか。

 私立には、新しい教育プログラムや独自の教育を行う自由が与えられるべきだと思います。一方で公私を競争させるからには、一定の規律やルールが必要だというのが、経済学の視点です。自由と公平性をいかにバランス良く保つかが大事です。

 私立高校が授業料の無償化を受け入れるなら、情報公開はもちろん、高校入試で少なくとも定員の4分の1の入学枠を設けるとか、普通科は入試科目を5科目にする、公立にも私立に近い自由度を与える、公私ともに授業以外の費用徴収に上限を設けるなどして、フェアな競争を促すべきだと考えます。

(構成/柿崎明子)

■制度設計しだいで、メリットもデメリットも大きく変化する, ■授業料無償化でも、教育費全体は増加傾向に, ■私立と公立の競争は公平ではない?, ■入試科目数の違いが将来の大学進学に影響, ■海外では、補助金と同時に規制も

〇赤林英夫/慶應義塾大学経済学部教授。1988年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了。96年米シカゴ大学経済学研究科博士課程修了。世界銀行コンサルタントエコノミスト、慶應義塾大学助教授を経て現職。2017年同大学経済学部附属経済研究所で「こどもの機会均等研究センター(CREOC)」のセンター長。学校情報サイト「ガッコム」創業者。

・【表】公立私立の授業料支援額はいくら?これまでとどう変わる?

・大阪の「高校無償化」影響し、関西の中学受験率が過去最高 志願者数が増えた付属校とは?【中学受験2025】

・長男が通塾なしで開成合格 中学受験ブログが人気の8児のパパが子育てで大切にしている3つのこととは?