中国人留学生が語る、日本からの脱出を決めた訳

「私はもともと日本国籍を取得して、日本のパスポートを持つつもりでした」(写真:筆者撮影)
外国人への規制強化受け、ヨーロッパでの進学を決める
「私はもともと日本国籍を取得して、日本のパスポートを持つつもりでした。でも、今の情勢だと、今後ビザを更新することさえ不安になってきました。高校から日本に来て、高等教育を全部日本で受けているので、結構迷いました……。つらい選択ですが、日本を離れてヨーロッパで博士課程に進学することを決意しました」
【クリックしてグラフを見る】東大大学院の修士と博士を合わせた中国人留学生数は約3000人で、留学生全体の7割を超えている。
こう打ち明けたのは、京都大学大学院修士課程2回生のAさん。中国の上海出身で、中学卒業後の2015年に日本の高校に留学。立命館大学に進学し、京都大学大学院に進んだ。
Aさんが日本に留学したきっかけは、中学生の頃に旅行で訪れた際、PM2.5による大気汚染がなかったことと、親戚がすでに日本の高校に留学していたことだった。併せて、先進国の中では学費などが抑えられることが、日本に留学することの魅力だという。
「中国人が日本に多く留学しているのは、アメリカやイギリスなど他の先進国に比べて、生活費と学費が断トツに低いからだと思います。私も実家のアパレル業がコロナ禍で倒産したために、大学院は国立に行く必要がありました。京都大学の大学院を選んだのは、世界大学ランキングで上位であり、ノーベル賞受賞者も多いからです」
希望どおりに京都大学の修士課程に進学したAさんは、当初はそのまま博士課程に進学することを考えていた。しかし、外国人に対するヘイトスピーチや排外主義が日本国内に広がる中で、ヨーロッパで博士課程に進学することも選択肢に入れて検討。最終的にヨーロッパを選んだのは、2025年10月に高市政権が発足し、外国人に対する規制強化が進むことを懸念したからだった。
「最後の決め手は、高市政権が発足して、外国人政策が厳しくなると予想されることですね。
おこめ券や軍事予算を増やすといった政策にも、日本の良い未来を見いだすことができません。台湾問題に対する発言についても、私自身は政治にそんなに詳しくはなく、中国も政策自体に問題はいろいろありますが、自分の支持率を上げるために対立関係をつくることには抵抗があります。
SNSには中国に対するひどいコメントが並んでいますよね。普段はあまり気にしていないものの、やはり気持ちとしてはへこみます。高市政権を支持している人はたくさんいて、そういうコメントや発言に対して反論もできない状況ですね」
不本意ながら日本を離れる留学生たち
Aさんはヨーロッパで就労ビザを取得できる博士課程に進むことを目指している。一方で、周囲の中国人留学生にも、不本意ながら日本を離れることを検討している人が増えていると話す。
「私の周りにいる留学生も、中国にいる家族から早く帰ってきたほうがいいと言われて、日本を離れることを検討せざるをえなくなっています。私自身は、中国は経済も良くないので、中国に帰るつもりはありません」
日本の大学院では学生に占める留学生の割合は、学部よりも高くなる。しかも、トップレベルの大学ほど高く、その大半を中国人留学生が占めている。
東京大学では2025年11月1日時点で、修士課程の学生のうち、永住者等を含まない留学生の割合は約24%。博士課程では約34%まで上昇する。
また、大学院に在籍する中国人留学生数は約3000人で、留学生全体の7割を超えている。
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【東京大学】修士課程+博士課程の留学生地域別内訳(グラフ:東京大学の発表より編集部作成)
京都大学では、2024年5月1日時点の数字で、修士課程に占める留学生の割合は約16%、博士課程は約36%となっていて、東京大学と同様に博士課程で3割を超える。
大学院に在籍する中国人留学生は1360人で、留学生全体の6割以上を占めている。

【京都大学】修士課程+博士課程の留学生地域別内訳(グラフ:京都大学の発表より編集部作成)
政府の教育未来創造会議は2023年4月、2033年までに外国人留学生の受け入れ数40万人を実現することを掲げた。文部科学省は、2026年度から留学生の在籍管理体制などを審査したうえで、認定された大学に対して、留学生を増やす場合に限り定員超過の上限を引き上げるなど、留学生を増やす政策を進めている。
授業料は値上げ&中国人留学生を念頭に支援削減
一方で、留学生数が減少しかねない方針も打ち出されている。東北大学は、2027年度の入学者から外国人留学生の授業料を学部と修士課程で約1.7倍にすることを決めた。現行の53万5800円から90万円に値上げされる。
国立大学の中には、2019年以降授業料を標準額の1.2倍に引き上げた大学がある。多くの大学で留学生の授業料も同様に上がっている。
学部と大学院ともに引き上げたのは千葉大学と東京芸術大学、それに東京農工大学。一橋大学は学部と大学院経営管理研究科で引き上げているほか、東京大学は学部だけ引き上げた。また、東京科学大学は理工系の学部と大学院で約1.19倍、医歯系の学部で1.2倍に引き上げている。
東京大学が2025年から値上げしたことで、2026年はさらに4大学が値上げする方針で、大学院まで進学することを考えている留学生にとっては影響が大きい。
また、文部科学省は2025年6月、博士課程の学生に年間で最大290万円の経済支援を行う「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」を見直し、最大240万円の生活費相当額の支給対象を日本人に限定することを決めた。
この決定は、2025年3月に自民党の有村治子参議院議員、現在の自民党総務会長が国会質疑で変更を求めたことに応じたものだ。2024年度は、1万564人の受給者のうち、4125人が外国人で、そのうち中国人が2904人を占めていた。中国人留学生を念頭に置いて支援を削ったといえる。
留学生は増やしたいのに、留学生への支援は削る。こうした政策は誰の目にもちぐはぐに映るのではないだろうか。ここで高市政権によって外国人政策が強化されると、トップレベルの大学院で研究している外国人留学生の進路に大きな影響を与える可能性がある。こうした状況にAさんは疑問を呈する。
留学生「日本のためと思って研究している」
Aさんの専攻は認知心理学。人の認知行動の実験を行い、データをとって分析している。人が限られた情報の中でどのように選択を行うのかをテーマに、意思決定過程における記憶の探索と視覚の探索との相互作用を実験的に研究してきた。
この研究は単なる実験室内の認知モデルにとどまらない。情報が過剰で、感情的な発言が目にとまりやすい現代社会において、排外主義的な言説やヘイトがどのように受け取られ、再生産されうるのかを検討する際の基礎的な手がかりになり、ひいては日本の社会のためにもなるとAさんは考えている。
「大学や研究の場にいろいろな国籍の方がいるのは世界的にも当たり前で、多様性は大事です。東京大学や京都大学に多様性が確保されるのは、日本にとってはいいことですよね。日本で研究している中国人も、評価の高い論文の共著者に名を連ねるなど実績を出しています。
中国人留学生の中には、日本に残って、日本で就職して、今後も生活していきたいと考える人がたくさんいます。そういう人たちは、本当にまじめに勉強していて、日本のためと思って研究しているのです。日本の立場で考えると、日本に貢献する研究者を手放していいのかと疑問を感じます」
日本の大学院における留学生数は、コロナ禍が明けた2023年以降増加を続けてきた。しかし、2026年以降、日本での博士課程進学を断念したAさんのように、大学院に進学する時点で日本を離れる人が増えるのではないだろうか。
【参考資料】
令和7年度学校基本調査確定値
東京大学2025年11月1日現在
京都大学2024年5月1日現在