「ルフィ強盗団元最高幹部」小島智信被告が明かす…「私にはわかる“恐怖の司令塔”藤田聖也被告の嘘」

’23年2月、日本への強制送還を待つ藤田被告(左)と今村被告(右)。この頃は、幹部の間に軋轢が生じていた
スクープ!独占獄中手記特殊詐欺などで60億円を詐取した稀代の犯罪集団が法廷で仲間割れ
「詐欺に関してはその通りです。(強盗致傷に関しては)凶器を持っていくように指示したり、(実行犯に)脅しや暴行を加えるよう指示したりしていません」
約半年ぶりに法廷に立った男は、起訴事実に対して関与は認めながらも、一部を争う姿勢を示した。
’22〜’23年にかけて全国で発生した「ルフィグループ」による広域強盗事件で、指示役を務めたとして強盗致死罪などに問われた藤田聖也(としや)被告(41)の裁判が1月26日に始まった。藤田被告は、同じく組織の幹部であった小島智信被告(48)の裁判にも証人として出廷していた。
昨年7月、小島被告に懲役20年の実刑判決(その後、控訴・上告)が下って以来、筆者は毎週のように東京拘置所で小島被告と面会を重ねてきた。詐欺グループにおいて、小島被告と藤田被告は最高幹部として共に並び立つ存在だった。しかし、拘置所で小島被告は度々、藤田被告に強い敵対感情を示していた。自身の裁判で″口撃″されたのが仲違いの原因である。
小島被告の裁判に出廷した際、藤田被告は「小島さんが組織のカネと人を握っていた」「小島さんは人を殺しています」などと証言。小島被告はこの証言を否定し、藤田被告が率いていた「接触部隊」の存在を詳(つまび)らかにした。
小島被告は、接触部隊は受け子によるカネの持ち逃げを防ぐために組織されたと説明し、「部隊のメンバーは売上金を持ち逃げした受け子らに対し、身体中にホチキスを刺す、尻の穴に入れた歯ブラシで歯磨きをさせる、男性同士で性交させるなど、卑劣な制裁を加えていた」とも暴露したのだ。
小島被告は藤田被告の裁判を前に、強盗事件の実態を筆者にこう訴えかけた。
「ルフィを名乗った今村(磨人(きよと)被告・41)が立案して実行してきたのは、あくまで『強盗』でした。しかし、途中から藤田が指示役に加わり実行犯を操ったことで、『強盗致傷』となった。
実際、藤田は’22年12月に起きた東京都中野区・野方の事件で『(被害者を)殴らないと給料を払わない』と実行犯に指示している。『キム』名義のテレグラムのアカウントを使って、強盗の実行犯に暴力を振るうよう指示したのも藤田。藤田が関わったことで、事件が凶悪化したのです」
藤田被告の性質を、小島被告は「仕事人間」と評する。他の幹部らが夜遊びやカジノに耽るなか、藤田はひたすら特殊詐欺のリクルーターとしての活動に精を出していたという。
「藤田はビジネスの仲間なら年下にすら敬語を使う人間です。フィリピン人の彼女一筋で、女遊びも控えていた。ですが、その徹底ぶりはおぞましかった。成功すれば褒めまくり、失敗すれば一気に粛清する。部下からは『フリーザ』というあだ名で呼ばれ恐れられていました」

’19年頃の小島被告。グループ内で頭角を現した後は、高級車を何台も乗り回すなど贅の限りを尽くしていた
藤田被告の凶悪性は裁判で明らかになるのだろうか
今回の裁判で藤田被告が起訴された強盗事件は7つ。稲城(東京)、岩国(山口)、野方、広島、千葉、足立(東京)の地名で呼ばれる6つの事件に加え、当時90歳の女性を死亡させた狛江(東京)の強盗致死事件だ。
グループの幹部らは、日本から遠く離れたフィリピンの収容所から遠隔で強盗の指示を出した。小島被告によれば、今村被告が強盗の立案や実行犯への指示。渡邉優樹被告(41)が被害金の送金や管理。藤田被告が実行役の確保・指示をそれぞれ担当していたという。また、幹部同士の関係性についてはこう補足した。
「裁判で、藤田は『今村や渡邉の指示に従っていた』という主張を展開するでしょう。ですが、私が知る限り、今村はむしろ藤田に操られていた。藤田と渡邉は、収容所内で羽振りが良い今村を殺し、そのシノギを奪う計画を立てていました。
グループのボスである渡邉に対しても、以前からの友人という立場を活かし、唯一タメ口で話せる人間でした。実行犯たちの供述内容からも、強盗の司令塔は藤田であった、と私は感じています」
ルフィグループが起こした広域強盗事件において、今村被告よりも藤田被告の方が大きな役割を担っていた、という主張を重ねたのだ。藤田被告の裁判の直前、小島被告はこうも話していた。
「藤田は実行犯たちを影で操り、犯罪に巻き込んで使い捨てにしてきた。狛江事件に関わった大半の実行犯も無期懲役となりました。彼らの人生を狂わせた責任もある。藤田には、極刑を恐れずに真実を話してほしい。それが、私たちが被害者の方にできる唯一の贖罪です」
被告人質問の際、弁護人は収容所内での藤田被告の立場に言及している。「毎日が命の危険と隣り合わせの日々であり、藤田被告は日本人グループに属して身を守る必要があった。幹部らが立てた強盗計画に反対できる立場になかった」などと述べ、藤田被告の立場は共同正犯ではなく、幇助に留まると陳述した。
今村、渡邉の両被告が現在も黙秘を貫いているという情報もある。となれば、一連の強盗事件に関して、藤田被告の証言は極めて重要なものとなる可能性が高い。当初は取り調べに対して黙秘を貫いていた藤田被告だが、父親の説得で事件に対する供述を始めたという。この先、彼の口から何が語られるのか。
裁判の判決は、2月16日に言い渡される予定だ。
’19年頃の小島被告。グループ内で頭角を現した後は、高級車を何台も乗り回すなど贅の限りを尽くしていた
『FRIDAY』2026年2月13日号より

小島被告が獄中で書いた手記の一部。藤田被告のグループでの立場を「特別」だったと評し、謝罪と贖罪を求めた
取材・文:栗田シメイ(ノンフィクションライター)