約54年ぶりの有人月周回「アルテミス2号」の役割

月への打ち上げを待つSLS(画像:NASA / JoelKowsky)
1972年アポロ17号以来の月旅行
1月17日、NASAは大型ロケット「Space Launch System(SLS)」を、フロリダ州にあるケネディ宇宙センターの宇宙船組立棟から、約4マイル離れた第39発射施設に移動させる「ロールアウト」と呼ばれる作業を実施した。この作業は、かつてはスペースシャトルの打ち上げの際によく見られた光景だった。
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しかし今回のロールアウトは、NASAにとっては1972年のアポロ17号以来となる有人月探査ミッションの「はじめの一歩」になるという点でも特別な出来事だ。
アルテミス2号と呼ばれる今回のミッションは、10日間のスケジュールで実施される予定で、早ければ2月8日にも打ち上げを行い、SLSの先端から分離したオリオン宇宙船は、月の裏側をめぐる周回軌道を通過して地球に帰還する予定となっている。
アルテミス計画の目的
そもそも、なぜいまNASAはアポロ計画以降実施されなかった月面の有人探査を、アルテミス計画で再開しようとしているのだろうか。
アルテミス計画は、2017年に発表された第1期トランプ政権が発表した宇宙政策指令第1号によって正式に発足した、主に月探査を目的とするアメリカ主導の国際協力ミッションだ。
この計画では、まずは人類の月面活動を再開することを目的としており、長期的な目標として月面に恒久的な基地を設置することを掲げている。そして、月面に飛行士が常駐する基盤を作ることで、将来的な火星への有人探査を計画・実現することを目指している。
しかし、アルテミス計画には別の一面もある。それは中国やロシア、インドなどとの月面探査競争だ。
現在、中国は2030年までに月の南極付近への初の着陸を目指して、独自の宇宙船を開発中だとされている。ロシアは、2030年から2035年頃までに宇宙飛行士を月面に送り、小規模な基地を建設することについて協議を続けていると言われている。またインドは、2023年8月にチャンドラヤーン3号を月の南極付近に着陸させることに成功し、それを受けて宇宙飛行士を2040年頃までに月面に送り込むことを目標に定めている。
これらの国が月面に飛行士を送り込み、さらには基地建設まで計画する理由のひとつには、そこに眠る資源をいち早く確保したいという思惑がある。
月には、基地での生活に不可欠で、燃料に転換が可能な水をはじめ、レアアース(希土類)、鉄やチタン、そしてヘリウム3などが存在すると見られている。特にヘリウム3は、将来的に核融合発電に利用できる可能性があるものの、地球上では通常のヘリウム4に比べ100万分の1しか存在しないため、希少ガスとして高額で取引されている。もしこれが月面で採取できるとなれば、莫大な利益を生み出す可能性があるのだ。
アルテミス2号ミッションの役目
アルテミス2号は、冒頭に述べたように宇宙飛行士を約54年ぶりに月周回軌道へと送り出すミッションとなる。しかしこのミッションでは、まだ月面への着陸は行わない。アルテミス2号は、2027年以降に行われるアルテミス3号ミッションでの有人月面着陸と地球への帰還を、安全に遂行するための基礎を築くことを目的としているからだ。
アルテミス2号ミッションは、簡単に言ってしまえば、宇宙飛行士を月の周回軌道まで連れて行き、地球へ戻ってくるだけだ。ただ、これはオリオン宇宙船にとって初の有人飛行になる。そのため、生命維持システムや通信装置、航法装置、熱制御装置などが実運用下で正常に機能することなど機体の安全性全般を検証し、後に続くアルテミス3号で予定される月面着陸に向けた、修正点や改善点の洗い出しがこのミッションの重要な側面となっている。

アルテミス2号ミッションのインフォグラフィック(画像:NASA)
月面着陸を実施しないせいで地味に見えるのは否定できないが、将来的な月面基地建設や、その先にある火星への有人探査の布石となるこのミッションは、むしろアルテミス計画の今後のために重要な役目を果たすものと言えるだろう。
なお、アルテミス2号ミッションでは、乗組員が地球の保護磁気圏をはるかに超えて遠く離れるため、国際宇宙ステーションよりも高レベルの宇宙放射線にさらされることになる。そのため、飛行士は将来の月基地建設や火星探査に向け、深宇宙旅行が人体、免疫、精神、行動にどのような影響を与えるかに関する科学的なデータの採取を行う。
また、アルテミス2号にはドイツ、韓国、サウジアラビア、アルゼンチンの各宇宙機関が開発したキューブサットが搭載され、打ち上げ後に地球周回軌道に投入する予定だ。これらのなかには月面探査とは直接関係しないものもある。
オリオン宇宙船
オリオン宇宙船はクルーモジュールとサービスモジュールで構成され、飛行士たちが乗り込むのはクルーモジュール、一般的にカプセルと呼ばれる三角錐型の部分だ。ロッキード・マーティンが建造するこのカプセルは、生命維持装置、航空電子システム、電力システム、耐熱保護システムを備える。
同じ三角錐型であることから、アポロ宇宙船と同じように見えるかもしれないオリオン宇宙船のクルーモジュールだが、比較すると直径が約1m大きく、アポロ宇宙船より1人多い4人の宇宙飛行士が、打ち上げから帰還まで最大21日間のミッション中に滞在するスペースを提供する。
また、オリオン宇宙船は床面の下に大型の収納スペースがあり、万が一太陽フレアなどの放射線事象が発生した場合は、遮蔽材として機能する高密度素材で形成されるこのスペースに避難するようになっている。アポロ時代には、太陽フレアによる放射線やそれによる人体や機器への影響は考慮されていなかった。
当然ではあるが、機体内部もアポロとは比較にならないほど近代化されており、飛行士はそのときどきに必要な情報やガイダンスを提供する3つのグラフィカルなディスプレイを見ながら機体を操る。そのため、映画『アポロ13』に見られるような、バインダーにとじられた紙のマニュアルをめくって制御方法を確認するようなことはないはずだ。

オリオン宇宙船内でディスプレイパネルを操作する飛行士(画像:NASA)
飛行士が使用するディスプレイは、SpaceXのクルードラゴン宇宙船のようなタッチスクリーンを多用したものではなく、航空機の流儀を色濃く反映したものとなっている。3面のディスプレイには、それを取り囲むように配置された約60の物理スイッチ、2つの回転式ハンドコントローラー、2つの並進式ハンドコントローラー、そして2つのカーソル制御装置がある。ただし、物理的なスイッチ類は、一目見るだけで各機能の状態が把握できるという利点もあり、一概にタッチパネルに劣るとは言えない。
一方、クルーモジュールの台座部分として、オリオン宇宙船に推進能力を提供するのがサービスモジュール(正式名称はEuropean Service Module : ESM)だ。こちらは欧州宇宙機関(ESA)とエアバス社によって、国際宇宙ステーション(ISS)に5度にわたり物資を輸送した欧州補給機(ATV)の技術とノウハウをベースとした後継機として開発された。
33基の大小様々な推進エンジンを搭載するサービスモジュールは、オリオン宇宙船の原動力として、宇宙空間を航行するための推進力のほか、電力、空気、水、熱制御といったライフラインを供給する。
電力システムは太陽光パネル4枚を用い、11.2kWの電力を発生することが可能だ。これはアポロ司令・機械船の約2倍に相当する。

アルテミス1号ミッションを終え着水するオリオン宇宙船(画像:NASA)
オリオン宇宙船は2022年11月のアルテミス1号ミッションで、最初の宇宙飛行を行った。無人で行われたこのミッションでは、データ収集のために各所にセンサーを取り付けられた3体のマネキン人形がシートに着座・固定され、ミッションコマンダーの席に着いたマネキンは「ムーニキン・カンポス船長」と呼ばれた。また船内には、カメラ映像から無重力状態になったことを知るため、「スヌーピー」のぬいぐるみと、サービスモジュールを提供したESAに敬意を表して「ひつじのショーン」のおもちゃが置かれた。
この無人ミッションで最も重要な試験項目だったのが、月から地球への帰還における、時速約4万kmで大気圏に再突入する際に発生する約2200℃という高温に耐熱シールドが耐えられるのかという点だった。
アルテミス1号ミッションを終えて帰還し、回収されたオリオン宇宙船の底面には、耐熱シールド表面が複数の場所で剥がれ、焼け焦げた状態になっているのが発見された。

回収されたオリオン宇宙船の底面(画像:NASA)
NASAはこの問題について2年におよぶ徹底的な調査を行った。2024年に発表された報告書によると、耐熱シールドの脱落は、シールド内部に発生したガスが加熱によって膨張したせいで、シールド表面にひび割れが発生したことが原因となり、そのうち数カ所で焼け焦げ、一部が剥がれ落ちる現象に至ったというものだった。
そして、カリフォルニア州にあるNASAのエイムズ研究センターでアルテミス1号の再突入時の環境を再現、さらに激しい加熱環境においても実験を実施し、耐熱シールド内のガス圧が高くなりすぎる前に、適切に放出されるように改善を施した。
なお、アルテミス2号ミッションでは、オリオン宇宙船の耐熱シールドを交換する代わりに、降下角度を大きくすることで再突入軌道を変更し、宇宙船が損傷に関連する熱環境下で過ごす時間を短縮する。NASAはアルテミス1号のままの状態でも、カプセル内の飛行士たちが安全に帰還できていたということを検証済みだとしている。
打ち上げに使われるのは大型ロケット「SLS」
アルテミス2号の打ち上げに使われる大型ロケットSLSは、そのオレンジ色のコアステージ部分に、スペースシャトルの打ち上げで使用された外部燃料タンクから得られたノウハウを活用した設計を採用している。また、最下部にある4基の「RS-25 D」エンジンも、スペースシャトルのミッションをルーツとする。

打ち上げを待つアルテミス2号(画像:NASA)
とはいえ、スペースシャトルの名残は全体に及ぶわけではなく、コアステージの推進剤タンクをはじめとする各所の構造は大きく異なっている。コアステージの脇を固める固体ロケットブースターも、スペースシャトルで使用されたものから制御系統を一新、ケーシングセグメントが1段増え、推力を25%増強している。
ちなみに、コアステージがオレンジ色をしているのは、表面をイソシアネートとポリオールの混合物をスプレー塗布したウレタンフォーム断熱材に由来するものだ。
いよいよ月への有人飛行が再開へ
アルテミス2号ミッションでオリオン宇宙船に乗り込むクルーは、NASAのリード・ワイズマン飛行士、ビクター・グローバー飛行士、クリスティーナ・コッホ飛行士と、カナダ宇宙庁のジェレミー・ハンセン飛行士の4名だ。特にカナダにとっては、ハンセン飛行士が同国初の月周回飛行を実現する特別なミッションとなる。NASA以外の飛行士を乗せることは、アルテミス計画が国際協力によって成り立っていることを強調するものだ。

宇宙船内での訓練の様子(画像:NASA / James Blair)
1月31日時点で、すでに4人の飛行士は宇宙服の装着、ミッション全体のリハーサル、そして発射台への移動からオリオン宇宙船搭乗までの宇宙飛行士打ち上げ当日に体験するあらゆる手順を行う予行演習を終え、宇宙に出てからなんらかの感染症を発症しないための隔離期間に入っている。
飛行士たちは昨年、彼らが乗り込み、月へ向かうオリオン宇宙船に「インテグリティ(誠実)」と命名した。その名は、飛行士たちだけでなく、このミッションを成功に導くために携わった技術者、科学者、計画担当者、そして夢を追う人たちが築き上げた信頼、敬意、率直さ、謙虚さの基盤を体現するものだという。
アルテミス2号の打ち上げは、本稿執筆時点では早ければ2026年2月8日にも実施される予定となっている。月と地球の位置関係から、アルテミス2号の打ち上げ可能期間は現地1月31日~2月14日、 2月28日~3月13日、3月27日~4月10日の3回あり、各期間のうち地球の自転などの関係から2月6日、7日、8日、10日、11日、3月6日、7日、8日、9日、11日、4月1日、3日、4日、5日、6日に打ち上げ可能なウィンドウが開く(いずれも現地の日付)。
「早ければ2026年2月8日」と上で述べたのは、天候不順や機材トラブルなど、打ち上げ延期の可能性が常にあるからだ。今回の打ち上げも、すでに気象条件から打ち上げ前手順のひとつであるウェットドレスリハーサル(ロケットへの液体推進剤注入からカウントダウン、推進剤安全な除去手順までの確認作業)の日程が変更され、2月6日と7日の打ち上げウィンドウを逃すこととなっている。今後も日程がさらに延期される可能性もあるだろう。
いずれにせよ、アルテミス2号ミッションは、再び人類を月面に送り込み、将来的な月面基地の設置などを目指すための重要なマイルストーンになるだろう。
そして何年後になるかはわかっていないが、将来のミッションでは、日本人飛行士が月面での探査活動に参加することも予定されている。その日が早く来ることを願いつつ、まずはアルテミス2号ミッションが成功するよう祈りたい。

月への打ち上げを待つSLS(画像:NASA / Sam Lott)