疲弊する学校、「次期学習指導要領」は理想論か?

学校現場は目指す学びを実現できるのか?, 「安全・事なかれ主義」の文化を壊せるか?, 「ワクワクする校長」と「否定的な校長」の二極化, 「学校とはこうあるべき」を一度捨ててほしい, 校長を支えるのは「教職員集団」

次期学習指導要領の論点整理では、各学校の判断で授業時数を変更できるなど学びの可能性を広げる方向性が示されているが、果たして実現できるのだろうか(写真:y.uemura/PIXTA)

現在、文部科学省では学習指導要領改訂に向け、各教科のワーキンググループの議論が活発になっています。各議論は、昨年9月に中央教育審議会教育課程企画特別部会から示された「論点整理」に基づいて行われていますが、今回の論点整理は、本当に画期的だと思っています。

【グラフ】精神疾患で休職する教員の数は高止まり。疲弊する学校で次期学習指導要領の学びは実現できるのか?

特に「調整授業時数制度」は大いに賛成です。すべての学校に何かを一律にやらせるのではなく、各学校の選択肢を広げる配慮がなされています。これは、従来の学習指導要領の中にはない方針でしょう。

学校現場は目指す学びを実現できるのか?

ただ同時に、今のままではうまくいかない可能性もあると思っています。次期学習指導要領の先行実施が始まったときに「この学びを、今の学校現場でどこまで実現できるのか」、仮に各学校が独自の取り組みを始めたとしても、それが「学校現場の負担を増やしてしまうのではないか」といった不安が拭えません。

理想はすばらしいのですが、理想だけでは学校は動きません。目指す学びを実現するために、教育委員会や学校、教員は、今から何ができるのでしょうか。

まず、次期学習指導要領の実施に当たり、2つの大きな懸念があります。

1つ目は、「今の学校には“自分たちで変化を生み出す余白”があるのか?」という懸念です。

2024年度に精神疾患で休職した公立学校の教員は7087人(文科省「公立学校教職員の人事行政状況調査」)。現在でも多くの学校が定員より少ない人数で学校を回しています。

学校現場は目指す学びを実現できるのか?, 「安全・事なかれ主義」の文化を壊せるか?, 「ワクワクする校長」と「否定的な校長」の二極化, 「学校とはこうあるべき」を一度捨ててほしい, 校長を支えるのは「教職員集団」

教員精神疾患病休数の図

私は約20年間にわたり小学校教員を務め、今は全国の教育委員会や学校で研修や講演を行っていますが、学校現場にはやる気のない先生などほとんどいません。しかし、人員不足で余裕がなく、自分のクラスの運営でいっぱいいっぱい。新しいことなどやれる余裕がないとおっしゃる先生もいます。

研究校を訪れる機会も多いですが、華々しい成果とは裏腹に、いざ中に入ってみると、担任がいない状態が日常化している学校もありますし、管理職が担任をしているところもあります。

特に一部の保護者対応に何日も取られ、授業準備の時間が削られて子どもと向き合う時間が減っていく姿をたくさん見てきました。「本当は、もっと授業を工夫したい」「本当は、もっと子どもの姿を見て考えたい」――そう思っている先生ほど、苦しくなっています。

1人の担任がいないだけで、学校全員が疲弊します。その中で次期学習指導要領の理念を実施しようとしていることを、私たちは強く理解しておかなければいけません。

「安全・事なかれ主義」の文化を壊せるか?

2つ目の懸念は、「安全・事なかれ主義」が伝統的に続いている学校文化を壊せるのかという点です。このまま次期学習指導要領が動き出せば、「どうすればいいかわからない」「自治体が取り組むべきことを決めてくれないと、さらに保護者クレームが来る」などの混乱が起こることが予想されます。

先日訪問した学校では、「グループ学習の際に子どもたちがケンカになったのに、担任は指導しなかった」ということでお怒りになっていた保護者がいらっしゃいました。

こうした何らかの問題が起きるなら、「一斉学習をさせて、静かに席に座らせておくべき」と考える先生方もいるのではないでしょうか。実際にこの先生は、今まですてきな対話型の学習を進めていたのにもかかわらず、“チョークアンドトークの授業”が増えてしまったと、管理職の先生が嘆いておられました。

理想よりも問題が起きないことを優先してしまっていては、子どもたちの学びは深まりません。探究と言いながら教師がレールを敷いている、対話と言いながら書いたものを読んでいるだけ、裁量の時間を意識した新しい取り組みと言いながらドリル学習ばかりさせる――今後このようなことが起きる学校は一部であると信じたいですが、今の学校現場を見ていると十分起こりうると考えています。

最近取り組む学校が増えている「自由進度学習」も、形だけまねされて放任になってしまうケースが見られます。方法だけが先に広まり、目的が共有されないとき、教室には誰も深く学んでいない時間が生まれてしまいます。

こうした事態を防ぐためには、やはり、現行の学習指導要領にある「主体的・対話的で深い学び」の実現を、今からでもさらに意識的に行う必要があります。そのことは論点整理でも明記されています。まずは現行の学習指導要領で示されていることを再確認し、その理想に近づける授業を目指していくことを再認識する必要があります。

「ワクワクする校長」と「否定的な校長」の二極化

ここまで述べてきた懸念を解決するためには、校長のリーダーシップしかありません。

私は学校で年間150件ほど研修を行っており、たくさんの校長先生と話をしていますが、校長先生方に次期学習指導要領の話題をふると、反応は2極化します。「ワクワクする校長先生」と「否定的な校長先生」です。

「どんな学習指導要領でも現場は変わらない」

「そもそも授業時数が減らなければ意味がない」

「ある一部の学校の授業時数が減って、隣の学校が増えるなどがあると、さらに保護者のクレームが多くなって困る」

「もっと文科省が決めてほしい。そもそも人も金もなく、教師の質も下がっている今、何かできる状態ではない」

これらはすべて「否定的な校長先生」たちから聞いた言葉です。ただ、この先生方を責めることはできません。それくらい現場は疲弊しているのです。指導力不足の教員が多くなり、産休・育休・病休の代替教員は来ない中、新しい実践をしたくてもできる状態にないのです。

ただ私は、学校が疲弊していることを重々承知しながらも、「新しい実践は無理だと考えるなら、やりたい人に校長を任せるべきだ」と強く思います。「文科省がやれと言ったからやらねばならない」と渋々展開するような学びは、目の前の子どもたちのためにならないからです。

国から「各地域に応じた授業時数を作っていい」「校長のあなたが子どもたちと教職員のことを考えて時数から変えていい」と言われても、それ自体が負担だと考えるなら、やりたい若手にその席を譲ってほしいと強く思います。

学校現場は目指す学びを実現できるのか?, 「安全・事なかれ主義」の文化を壊せるか?, 「ワクワクする校長」と「否定的な校長」の二極化, 「学校とはこうあるべき」を一度捨ててほしい, 校長を支えるのは「教職員集団」

次期学習指導要領に向けた検討の基盤となる考え方。学びの可能性を広げる「調整授業時数制度」は大きなポイントだ(出所)中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理」より

「学校とはこうあるべき」を一度捨ててほしい

次期学習指導要領の実施が始まると、今まで考えられなかったようなクリエイティブな教育方針を出す学校が増えてくるでしょう。来年度の「教育課程柔軟化サキドリ研究校」から好事例が出て、再来年度あたりからどんどん横展開されるのではないかと思います(そうなると信じたい)。

こうした変化が想定される中、保護者や地域の方々にも、「学校とはこうあるべきだ」という考えを一度捨てて学校を見ていただきたいと思っています。わが子が最優先なのは、どの家庭も一緒です。学校では児童生徒がたくさんいるのだからトラブルもあるでしょうし、担任と合わないときだってあるでしょうから、もちろん、保護者が意見してはいけないなんてことはありません。

ただ、学校も頑張っているということを頭の片隅に置きながら、意見してほしいと切に願います。学校も変わろうとしています。変わるということはとてもとても大変なことです。

私は指導力のなかった教員1年目の頃から、保護者の方に温かく接していただきました。できていないことがあっても、「1年目だから仕方ない」「この先生を温かく見守ろう、育てよう」という雰囲気があったため、その後、長い間教師を務めることができました。時代に合わせて学びのスタイルを変えようとしている学校や先生方を、温かいまなざしで見守っていただきたいと思います。

校長を支えるのは「教職員集団」

先導を取るのは校長です。しかし、そこを支えるのは教職員集団です。「うちの校長は……」「うちの自治体は……」「うちのメンバーでは……」を言い訳に、何もしないのは違うのではないでしょうか。

「校長が動かないから、新しい実践ができない」という先生方のお話もよく聞きますが、学校を作っているのは校長先生だけではありません。1人ひとりが学校の空気を作っています。

今の立場で自分に何ができるのか。それは決してゼロではなく、何か行動し、自分の考える学びを実践するべきです。今回の学習指導要領改訂は、その自由度を上げてくれていると思います。相手の立場に立って、各自がよりよい教育を目指す。これにより、日本の学校は変革できる可能性があると思っています。

これだけ学校や教材の好事例をインターネットで収集できる時代ですから、一教員でもできることがたくさんあります。そもそも学習指導要領は、さまざまな工夫をしやすいように書いてあります。教科書を端から端まで同じように実践しなさいとは書いていません。目の前の子どもたちが未来をよりよく生きるために、今日の1時間をどんな時間にしたいのか考えて教材研究をすれば、きっとよい授業になると思います。

まだ時間はあります。うまくいかない理由を出し切って、1つひとつ潰していくだけです。そのためには学校現場だけでなく、社会全体に対して学校が変わっていくことを伝えていくことも大切だと思っています。

私も人任せにせず、誰よりも汗をかいて、今の立場から一緒によりよい教育について考えていきたいと思います。誰かのせいにせず、自分の今置かれた立場からできることを一歩ずつ行っていきましょう。

(本記事の内容は、所属機関の見解ではなく、筆者個人の意見です)