「私の選挙権は…」急な衆院解散で投票できなかった海外有権者 怒りを込めて「ネット投票」を求める動きも
1月23日の解散から2月8日の投開票まで戦後最短の16日間しかなかった衆院選。在外投票が間に合わなかった海外の有権者たちが、怒りも込めてネット投票を求めるオンライン署名を始めた。大雪となった地方の投票所の開設時間や、視覚障害者に送付する点字版の選挙公報にも影響が出た。熟慮の1票を投じる機会が担保されたといえるだろうか。(太田理英子、福岡範行)
◆投票用紙の到着が遅く在外投票に間に合わず
「がっかり。私の選挙権どうしてくれるの、という気持ち」。ドイツ西部の村で同国人の夫と暮らすショイマン由美子さん(60)はこう嘆く。郵便で衆院選の在外投票をしようとしたが、投票用紙の到着が遅く、間に合わなかった。

衆院選から一夜明け、記者会見で質疑応答に臨む高市首相=9日、潟沼義樹撮影
海外にいる有権者が投票するためには、総領事館など在外公館に行って投票するか、日本の自治体の選挙管理委員会から投票用紙を郵送してもらい、返送する方法の二つがある。事前に「在外選挙人名簿」への登録が必要だ。在外公館での投票は公示翌日からできるが、日本に投票用紙を運ぶ時間を確保するため、遅くても投票日の6日前には締め切られる。郵便なら投票用紙の請求は公示前にできるが、自治体の交付開始のタイミングは、衆院選だと解散日か、任期満了の60日前の早い方となる。
ショイマンさんの最寄りの総領事館は、電車などで片道4時間。「飛行機で行く人たちに比べればまだ恵まれている」というが、土日も仕事がある上、年明けから体調不良が続き、郵便投票をするつもりだった。
衆院解散の動きを知り、1月14日に急いで出身地の茨城県内の自治体に投票用紙の請求文書を送付。自治体には26日に届きすぐに発送してくれたが、ドイツは郵便事情が悪く、なかなか届かない。在外公館での投票に切り替えようにも、持参が必要な「在外選挙人証」は郵便での請求文書に同封していたため不可能。投票用紙が届いたのは2月3日夕方で、すぐに返送しても、日本に届くのは早くて投開票翌日と分かった。
◆「選挙期間があと1週間長かったら」
「郵便か在外公館での投票にするかは、賭けだった。選挙期間があと1週間長かったら良かったのに」。支持する候補者がいただけに、悔しさを募らせる。

外務省(資料写真)
在外投票制度が始まったのは2000年。当初は衆参の比例代表のみだったが、徐々に選挙区や国民審査と対象が拡大した背景に海外有権者が権利を求めて声を上げ続けた経緯がある。
1990年代から署名活動などを続けてきた団体「海外有権者ネットワークNY」共同代表で米国在住の竹永浩之さん(60)は、今回の衆院選を「今までで一番過酷な投票条件だった」と振り返る。
在外公館での投票は、公館の数が限られアクセスが困難な人も多い。各国の在外公館での投票期間も短く、団体の調べでは今回は平均4.37日間だった。郵便投票にも時間がかかり「投開票に間に合わない」と問題視してきた。今回は初の真冬の在外投票で、しかも解散から投開票までの期間が戦後最短。竹永さんは「政策を十分見比べる時間もない。海外有権者の存在は、完全に無視された」と語気を強める。
外務省によると、今回の在外投票者数は小選挙区、比例代表ともに約2万9000人。投票率はいずれも約28%だったが、在外選挙人名簿に登録していない人も含めた在外有権者全体でみると、投票率は2%余りとなる計算だ。それでも投票者数は過去最多となった。
◆「在外ネット投票」オンライン署名賛同は1万5000筆を超え
衆院選の在外投票を巡り、X(旧ツイッター)には、長時間かけて在外公館に投票に行った人や、郵便投票が間に合わなかった人の投稿が相次いだ。竹永さんは「(投票者数の伸びは)存在を無視され、声を上げようとする意思の表れ。この憤りや苦労を示さなければ」と受け止め、11日に「在外ネット投票」の実現を呼びかけるオンライン署名を始めた。13日夕で賛同は1万5000筆を超えた。

在外投票の問題について「オンライン化しか解決策がない」と訴える栗村亜紀さん=東京都内で
東京・永田町の参院議員会館には同日、ニュージーランドから一時帰国中の栗村亜紀さん(56)が、在外投票や事前手続きのオンライン化を求めて訪れた。議員の事務室を回り「在外投票率が低いのは、興味がないからではない。過程がアナログでハードルが高いからです」と訴えた。
同国では障害者や在外有権者らに配慮し、電話やオンラインなどの投票手段もあるという。「このままでは、未来の世代が投票しなくなる」と危ぶんだ。
投票が困難となったのは、海外の有権者だけではない。投開票日の8日は大雪に見舞われた地域もあった。小選挙区の投票率が2024年の前回選と比べて10.41ポイント下がった鳥取県選管の担当者によると、当日は「風も強くて、外に出るのが難しかった」。投票率の大幅減に吹雪の影響はあったとみる。
◆「点字公報」が行き渡ったのは投票日直前
同県大山町の投票所1カ所では町職員の到着や除雪が遅れ、投票開始が2時間遅い午前9時になったほか、同県や隣の島根県では三つの町の投票所計41カ所で当日に急きょ、閉鎖を早めた。投票率は8県で下がり、多くが日本海側だった。

在外ネット投票を求めるオンライン署名のウェブサイト
解散から投開票までが戦後最短の16日間だったことのしわ寄せも生じた。
視覚障害者向けの点字版の選挙公報「選挙のお知らせ」の作成を担った福祉団体の一つ、日本点字図書館(東京)の伊藤宣真さん(69)によると、政党再編も重なり、通常は公示前から政党とやりとりする比例代表の公報の原稿が届かず、準備が遅れた。漢字の読み方などを確認する政党関係者との打ち合わせは午前0時を回る日も。「点字公報は選挙の判断材料」と期日前投票に間に合うよう昼夜問わず作業したが、視覚障害者たちに行き渡ったのは投票日直前だった。
そもそも衆院選は準備がギリギリになりがちだ。選挙期間が12日間しかなく、参院選や知事選の17日間、政令指定都市市長選の14日間よりも短いからだ。伊藤さんは「参院選並みの日数があるとありがたい」と語る。
◆「民主主義のプロセスを壊している」
1950年の公職選挙法の制定時は、衆院選も30日間あった。その後、短縮が繰り返され、1994年の法改正で現行の12日間になった。

国会議事堂(資料写真)
「あまりにも短すぎる」と語るのは、選挙制度に詳しい立命館大の小松浩教授だ。ハードルが高い在外投票について「投票したいけれどできなかった人は相当いるのではないか」とし、国内に先駆けたネット投票の実施などを提案する。
国内の高齢者や障害者向けの移動投票所などの開設にも触れて「準備期間が短く、大変だったのではないか」と自治体の苦労を推し量る。高市早苗首相の判断について「自己都合解散だ。解散は重要法案が否決された場合などに限定されるべきだというのが、憲法学の通説だ」と批判した。
学習院大の野中尚人教授(比較政治学)は「考える時間を与えないという高市さんの戦術なんだろう」とみる。「責任ある積極財政」などのスローガンはあるが具体論の言及は乏しく、「説明したふりはしたけれど説明していない。熟慮のための材料を有権者に与えていない」と断じる。過去の政策に責任を負う与党の説明不足が、与野党ともに「人気取り」で競う現状を招いているとし、「民主主義のプロセスを壊している」と語気を強めた。
◆デスクメモ
頑張っても投票できなかったショイマンさんの話は在外投票の困難を象徴している。解散権を意のままに行使し、大雪の地方や視覚障害者といった少数者の投票の苦労にも無頓着なのは「なんか意地悪やなあ」と思う。まずは今回浮かんだ投票の困難の解消から取り組んでもらいたい。(恭)
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