どう変わる? 高校「数学」で学ぶ内容を再編で賛否

数学A・B・Cには重要な単元が多いにもかかわらず学んでいないという生徒が少なくない(写真:Fast&Slow / PIXTA)
高校の「数学」で学ぶ内容が再編へーー。
【表】数学A・B・Cで学ぶ内容と履修率
昨年末、中央教育審議会(以下、中教審)から出された高校数学の再編案が話題になると、SNSでは「AIの影響で教育が変わる」「かなり良い」「入試や大学以降の学びはどう変わる?」「てんこ盛りで生徒も先生も大変そう」「現場が混乱する」など、賛否両論が相次いだーー。
中教審では今、日本の教育課程の基準である「学習指導要領」の改訂に向けた議論が進められている。
学習指導要領は、およそ10年ごとに改訂されるが、現行のものはコロナ禍まっただ中の2020年に導入された(高校は22年)。次の学習指導要領は、30年ごろにスタートが予定されていて、高校数学の再編案はこの改訂に向けた議論の中で出されたものだ。
AIシフトが遅れた日本で高校数学に変革の大波
いったいどのような案なのか。再編案には、今まさに社会で重要なインフラになりつつあるAIやデータサイエンス、数理科学の理論的・技術的基礎になる内容を高校数学で学べるようにするとある。
算数・数学のカリキュラムについて検討するワーキンググループのメンバーの1人で、数学教育者の中島さち子氏はこう話す。
「学習指導要領の改訂は10年に1度のため、思い切った変え方をしていかないと時代についていけません。
AIがどう動いているかを多少なりとも知っておくことは、AIにだまされないためにも、AIのロジックを理解するためにも重要です。AIがどういう前提やデータを使って判断しているのか見抜くには、数学の持つロジカルな考え方や批判的思考、また抽象化する力が役立ちます」

中島さち子(なかじま さちこ)数学教育者、STEAM教育家、ジャズピアニスト/1979年大阪府生まれ。東京大学理学部卒業。ニューヨーク大学芸術学部修士課程修了。高校2年時に国際数学オリンピックで金メダル獲得。東京大学在学中にジャズに出合い、卒業後はジャズピアニストに。現在はsteAm代表取締役としてSTEAM教育の普及に尽力するほか、大阪・関西万博テーマ事業「いのちを高める」プロデューサーも務める。著書に『知識ゼロからのSTEAM教育』『人生を変える「数学」そして「音楽」』『いのちの遊び場 クラゲ館の挑戦』絵本『クララとそうぞうのき』などがある(写真:本人提供)
現行の学習指導要領は、数学I・II・III、数学A・B・Cの6つに分かれていて、必履修科目である数学I以外の、数学II・III、数学A・B・Cは選択科目になっている。
しかもAIやデータサイエンス、数理科学に関わる行列やベクトル、統計、確率などの単元が数学A・B・Cに散在してしまっているのだ。
今は早期に文系、理系に分かれる高校も多く、重要な単元であるにもかかわらず多くの生徒が学んでいない状況にある。文科省によれば、それぞれの履修率は数学Aが87%、数学Bが45%、数学Cが34%だという。
◎数学A・B・Cで学ぶ内容と履修率

(出所)文科省「高等学校の科目構成 並びに 算数・数学科の目標等 及び 高次の資質・能力について」 ※外部配信先では画像がうまく表示されない場合があります。その際は東洋経済オンラインでご覧ください
そこで次の学習指導要領では、数学A・B・Cの区分けをなくして内容を選択できる1つの新科目として整理し、学校の方針や生徒の関心に合わせて学ぶ内容を選択できるようにする方向だ。
数学嫌いが多い理由
さらに、必履修の数学Iには新たに「数学ガイダンス」と「社会を読み解く数学」を組み込む方向で検討を進めている。
「数学ガイダンス」は、数学という学問の全体像や社会・職業との関わりを学ぶもの。「社会を読み解く数学」は行列やベクトル、統計、確率など、AIやデータサイエンスに関わる内容を抽出し、日常生活とつなげて理解する内容だ。
国際的な学力調査(PISA)で、日本の15歳の数学的リテラシーはトップクラスを維持しているものの、数学が苦手、嫌いという子も多い。実際、理工系に進む生徒も少ないため(学部生のうち理工系は17%)、数学を学ぶ意義を実感できる科目を設置しようというわけだ。
また日常の事象を数学的にモデル化する学習や探究学習の充実なども検討している。
「例えば、新型コロナウイルスの感染シミュレーションをするなら、データを集めて仮説を立て、抽象化して簡単な式で捉えてみます。そのためには数理モデル化する訓練が必要で、そうなるとやはり数学A・B・Cの枠組みを組み替える必要があります。
従来の受験のような答えがあるものを時間内に解いて採点し、順位を付けて資質を測る仕組みが通用しなくなってきています。インターネットやAIが出てきて、知識を知っていること自体にそこまでの価値はなくなっているからです。
ただ知っているだけではなく『深く理解している』『自分なりの見解がある』『情報の取捨選択ができる』といった知をどう活用するかが重要になってきています」(中島氏、以下同じ)
答えのあるものを学ぶ数学と「探究的な学び」
現行の学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」の実現が掲げられていて「探究学習」が重視されている。次の学習指導要領でも、質の高い探究的な学びの実現が掲げられているが、課題も多い。
とくに数学は答えのあるものを学ぶ、先生側も答えがあるものを効率よく教えることに慣れていて、探究的な学びが進んでいるとは言い難い状況と聞く。
「生徒や先生にとって簡単でわかりやすい探究の“視点”ををまとめた『問い集』や『事例集』が必要です。教員研修のあり方も変わらなければなりません。答えが1つではない問いを試行錯誤する面白さや苦しさを先生自身が体験したことがないとサポートの仕方も見えてこないからです。
また1つの分野では解けない問題が他分野の知恵で解けるなど『STEAM』が重要になっています。横断的で創造的な学びが求められる中、科目や学校種を超えた先生たちのコミュニティや先生の保健室的存在も必要だと考えています」
中島氏も「早く正確に解くこと」にはワクワクせず、長い時間ずっと考えることが好きだという。数学で培われた批判的な思考や自分なりの軸を捉えて形にする創造的な力が今の自分を支えていると。
教育現場が、こうした探究的な学びに変わっていくには、時間がかかるだろう。もちろん、高校だけでなく小学校、中学校でどのような学びをしてきたのかが土台となる。大学入試が変わらなければ授業も変わらないといわれる中で、まだまだ探究学習は試行錯誤、過渡期の段階にあると言える。
文科省は方針の提示だけでなく具体例を見せて
「文科省には方針の提示だけでなく教員研修や事例などの教材にもっとお金をかけてほしいと考えています。
新学習指導要領は2年前に公示されるので、文科省や自治体主導でデモンストレーションを行うなど具体例を見せるべき。カリキュラムデザインは先生の仕事ではありますが、先行事例がないといろんな負荷がかかります。
多様な子どもがいるように多様な先生がいます。先生たちが次のやり方になじめるように、国などが多様な例を提示したうえで裁量を認めることが大事だと考えています」
実際、この中教審が示した方針が次の学習指導要領に反映されたら、学校現場にはどのような影響があるのか。また、この方針を教育関係者はどう見ているのかも気になるところだ。
後編では、元高校教員で、今は教科書の執筆や次世代の数学教員の育成に携わる名城大学教職センター教授の竹内英人氏に話を聞いた。