生活が「苦しい」約6割 静かに広がる見えない貧困 家も仕事もあるけど、都庁下の食料配布に

日経平均株価が史上最高値を更新し、賃上げのニュースも続く日本。しかしその陰で、“見えない貧困”が静かに広がっている。都庁の足元では、家も仕事もある人たちが食料配布の列に並ぶ。「見えない貧困」が広がるなか、社会のセーフティーネットからこぼれ落ちる人々の実態を追った。
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昼間の気温が4度近くまで下がった2月上旬の週末。買い物客らでにぎわう東京・新宿。その喧騒のすぐそば、都庁の足元には食料配布を待つ長い列ができた。
「生きていくのがやっとです」
列の先頭に並んでいた女性(44)は、震えながら小さな声でつぶやいた。
5年ほど前から、ほぼ毎週通っているという。
高校を卒業後、登録型派遣で働いてきた。だがコロナ禍の2021年、業績不振を理由に「雇い止め」に遭った。再就職先を探したが、コロナ禍で働き口が見つからなかった。やがてメンタルを壊し、2年ほど前から生活保護を受けるようになった。
両親はすでに亡くなっていて、都内のアパートで姉と一緒に暮らしている。ただ、姉も体調を壊して働けなくなり、生活保護を受給している。
収入は、2人あわせても月14万円程度しかない。もともと生活に余裕はなかったが、最近の物価上昇が、家計をさらに圧迫している。
食事は1日2食になり、1食の日もよくある。服は何年も買っていない。電気代も高いので、家では暖房はつけない。
「寒くても服を着こんでいれば、何とかなります」(女性)

■都庁近くの食料配布に962人
日経平均株価は今年2月に史上最高値を更新し、賃上げなど景気のいいニュースも流れる。ただ一方で、広がっているのが「見えない貧困」だ。
「かつては住む家のない失業者の方が目立ちましたが、最近は、家も仕事もあるけれど、生活が苦しくなったという方も列に加わるようになっています」
この食料配布を行っている認定NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事長の大西連さん(38)は言う。
貧困問題に取り組む同法人は、コロナ禍の20年4月から毎週土曜日の午後に、食料支援を続けている。当初、列に並ぶのは100人程度だったが、すぐに増えつづけた。23年5月にコロナが5類に移行した後も700人を超え、昨年後半からは800人超えが常態化。今年1月には、962人と過去最多を記録した。並ぶのは、中高年が圧倒的に多い。
大西さんは、最大の要因は「物価高」だと話す。
「ここ数年の急激な物価上昇により、賃金や年金、社会保障費の伸びが追いつかず、生活が厳しい人が大幅に増えています」
食料配布の列に並んだ都内に住む40代の男性も「何もかも高すぎて」と嘆く。
仕事はフリーのイラストレーターで、収入は月20万円ほど。家賃月5万円を払うと手元にはほとんど残らなかったが、そこを物価高が襲った。貯金はなく、頼れる人もいないので、昨年から食料配布の列に並ぶようになった。
前歯が数本ない。治療費がなく、歯医者に行けないのだという。
「せめて、消費税をゼロにしてほしいです」(男性)

■世帯所得100万~200万円未満14.4%
家計に余力のない低所得層が多いことは、データからもうかがえる。
厚生労働省の国民生活基礎調査(24年)によれば、全国で世帯の所得は「100万~200万円未満」と「200万~300万円未満」がそれぞれ14.4%で最も多く、次いで「300万~400万円未満」(13.1%)となっている。全体的に生活が「苦しい」「大変苦しい」「やや苦しい」と感じる世帯は約6割に達し、物価高が賃金の伸びを上回る厳しい状況が続いている。
生活の苦しさは、数字だけでは測れない。「助けて」と言えば「自己責任」と突き放される。社会の冷ややかな視線が心理的な壁となり、貧困をさらに見えにくくしている。そうした見えない貧困が、若者に広がっている。
「見た目は一見普通の若者ですが、実態は極めて不安定な生活を送る見えない貧困です」
そう指摘するのは、東京・池袋に拠点を構えるNPO法人「サンカクシャ」代表理事の荒井佑介さん(36)。同法人は19年5月に設立。15~25歳くらいの若者を対象に、居住支援や就労支援、居場所の支援などを行っている。
荒井さんによると、20年に新型コロナが本格化すると、相談は一気に増えたという。昨年は235件あったが、スタッフ不足のため半年間は新規相談を止めていた。実質的な相談件数はさらに多いと見られる。
相談の半分以上は「住まいがない」「家にいられない」という内容。家庭内でのDVや親子不和から逃れるため家出をし、ネットカフェや友人宅などを転々としながら、日払いの仕事などを続けてきた若者たちだという。

■親にも頼れない若者がほとんど
家を出たけれど身分証もないので仕事に就けず、お金がなくなって携帯電話が止まり、完全に行き詰まった段階で初めて相談につながるケースが多い。荒井さんはこう強調する。
「あまり働いた経験がない状態で、困っても親に頼れない若者がほとんどです」
そうした若者の一人が、20歳の男性だ。東日本の地方都市で育ったが、幼少期から継母による身体的・性的虐待にさらされ、小学校にも通わせてもらえなかった。その後始まった父親の暴力にも耐えかね、16歳の時、単身東京に家出をした。SNSで知り合った見知らぬ大人の家を転々としたが、お金が底をつくとホームレスになった。所持金は500円程度。公園や駐車場で夜を明かし、食パンで飢えをしのいだ。年齢を偽り、日雇いの仕事もした。
だが、それも1カ月もすると限界に達した。「明日、死ぬ」と思った時、子どもが緊急時に駆け込める「こども110番の家」に助けを求めた。その後、地元の自立援助ホームで暮らしながら高卒認定資格を取得し、2年前の18歳の時、東京の専門学校に進学することになった。その際、弁護士に紹介されたのがサンカクシャだった。都内のシェアハウスに入居した。
同法人運営のシェアハウスは常に満床。決して新しい建物ではなく、「設備が整っているとはいえない」と笑うが、家賃を払えなくなっても「部屋から出て行け」と言われる心配はない。どうやって返済をすればいいかを一緒に考えてくれるので、安心感があるという。

■追い詰められて「闇バイト」に
「好きなときに好きな飯が食えて、着るものがあって、安心して寝られる場所もある。それだけで十分幸せです」
男性は、3月で専門学校を卒業する。就職先も決まり、4月からは会社の寮に入って働く。将来はイラストやミュージックビデオの制作で独立するのが夢だ。
先の荒井さんによれば、追い詰められた若者が「闇バイト」に取り込まれるケースもある。SNSでには「即日高収入」「簡単な仕事」を謳う投稿があふれ、住まいも収入も不安定な若者が巻き込まれやすいという。
こうした負の連鎖を断ち切るため、サンカクシャでは「居場所」「住まい」「仕事」の三つを軸に支援を行っている。居場所として、豊島区内に昼間の居場所の「サンカクキチ」や、夜間の居場所として「ヨルキチ」を開設。住まいを失った若者には、シェルターとシェアハウスを用意している。ただ、「最大の課題は仕事の支援」だと荒井さんは言う。
「親からDVを受けていたりすると、知らない大人と一緒に働くことに強い不安を抱く若者が多くいます。居場所と住まいをつくっても、仕事が決まらず、自立に至らない若者がほとんどです」
そこで同法人は、飲食事業や清掃事業を立ち上げ、雇用の場を創出する取り組みを開始した。今後は様々な分野に事業を拡大し、安心できる関係性のなかで働ける環境を整備することで、自立への道をつなげることを目指している。

■支援を必要とする若者の実態調査を
見えない貧困をなくすにはどうすればいいか。荒井さんは、そもそも「若者支援の制度が断片的で、実態調査が不足している」と指摘する。
「まず必要なのは、支援を必要とする若者がどれほどいるのかを把握する調査です。そのうえ、自治体が主体的に若者支援に取り組める体制づくりが不可欠です」
サンカクシャでは国会議員やこども家庭庁、自治体などと連携し、超党派の議員連盟立ち上げに関わっている。荒井さんは「若者を支えることは、将来親になる世代を支えることでもあり、貧困の連鎖を断ち切る取り組み」だと強調する。
「いまの若者は、常に『自己責任』を求められます。しかし、自己責任では乗り越えられない現実があるなか、『困ったら頼っていい』と言える社会的なセーフティーネットが必要です」
前出の大西さんも、民間の力だけでは限界があるとし、「国が対策をとる必要がある」と強調する。「強くて豊かな日本をつくることは大事なことだと思います。しかし、最も弱い立場にいる人たちがケアされ生活が保障されるのは、大前提として重要です」
具体的な政策としては、直近では現金給付。中長期的には、物価連動の社会保障費増額や低所得者向け控除など、困っている人に確実に届く政策が必要と大西さんは言う。
「政治の役割は、『苦しい人を助ける』こと。社会的に弱い立場の方が、 存在がなかったかのように扱われる現状に強い憤りを感じます。貧困や格差の問題を解決しない限り、日本の未来はありません」
見えないままにされている人々の苦しさに、社会がどこまで目を向けられるか。それがいま問われている。
(AERA編集部・野村昌二)
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