有吉佐和子さんとドナルド・キーンさんの四半世紀にわたる交流、対照的な人柄と縁をしのぶ
「紀ノ川」「 恍惚(こうこつ) の人」などの小説で知られる作家、有吉佐和子(1931~84年)と、日本文学を世界に広めたドナルド・キーン(1922~2019年)の交流や功績について理解を深めるイベントが、有吉ゆかりの地の和歌山市で3月19日に開かれた。2人の共通点や知的好奇心にまつわる興味深いエピソードも多く披露され、約100人の聴衆を楽しませた。(編集委員・森太)
「鉄砲玉」のスーツ
有吉は、幼少期と戦時中の疎開期の数年間を和歌山で過ごし、ここを舞台にした作品を多く残した。同市が市立博物館で主催したイベントは3部構成で、第1部は、キーン晩年の2012年に養子となったキーン誠己さん(75)が講演した。

講演中に立ち上がって聴衆に「弾丸」スーツを披露するキーン誠己さん(3月19日、和歌山市立博物館で)
「これがその『鉄砲玉』のスーツです」。誠己さんがそう言って講演中に立ち上がると、会場は拍手と笑いに包まれた。誠己さんがこの日着用した縦じまの濃紺のスーツは、有吉がキーンに贈った英国製の高級生地を仕立てたものだ。キーンのお気に入りだったといい、誠己さんは、今も大事に保管している。そのスーツ姿で登壇した誠己さんは、「何度も父から聞かされました」と、次のようなエピソードを紹介した。
キーンは自著に「(有吉について)特に感嘆を惜しまなかったのは、彼女の、激越としか形容しようのない気前のよさだった」と記している。キーンが週刊誌にエッセーを連載していた頃、それを読んだ有吉が毎週、電話をかけてきて励ましたり、心配してくれたりした。「読者は読んでくれるだろうか」と毎回心配だったキーンは感謝し、連載の英語版書籍に「有吉佐和子にささげる」という一文を書き入れ、有吉に献呈したところ、その返礼として「まるで鉄砲玉のように」素早く、高級スーツ生地が贈られてきたのだという。
2人の交流は、1959年に始まった。有吉は28歳、キーンは37歳だった。有吉はこの年、代表作の一つ「紀ノ川」を出版し、初めてキーンに会った時は米ニューヨークの大学に留学する直前だった。キーンは、初対面から有吉の 聡明(そうめい) さに感心した。2人の知的関心は文学にとどまらなかった。日本の伝統芸能にも造詣が深く、誠己さんは「気が合ったと思います」と話した。

1982年11月、親しい友人たちを招いた東京のキーン邸でのパーティーで、有吉佐和子(左)と歓談するキーン。有吉から贈られた英国製生地で仕立てたスーツを着ている(ドナルド・キーン記念財団提供)
キーンは、あるエッセーで「有吉さんが、清少納言に会うことがあれば、共通の話題がいくらもあろうと思うし、又、物知りである有吉さんはきっと清少納言にいろいろ教えることができるだろう」とユーモアを交えて書いている。キーンは毎年、親しい友人たちを自宅のパーティーに招待した。有吉は、作家の安部公房、ピアニストの中村紘子、文部大臣を務めた永井道雄らとともに、常連だった。
交流は、有吉が53歳で急逝するまで四半世紀にわたって続いた。
対照的な選句に人柄が…
「ドナルド・キーンと有吉佐和子がもたらした文学」と題した第2部のパネルディスカッションは、和歌山市立有吉佐和子記念館館長の恩田雅和さん(76)がモデレーターを務め、誠己さんや俳人の堀本裕樹さんら4人がパネリストとして参加した。登壇者たちは、有吉とキーンについてそれぞれの専門分野から見解を述べ、意見を交わした。

有吉邸で開かれた「七夕俳句会」で、有吉が選んだ10句をスクリーンに映して説明する俳人の堀本裕樹さん(右)
その中で、1973年7月7日に東京都杉並区にあった有吉の自邸で開かれた「七夕句会」を取り上げた。有吉とキーン、野村証券の当時の社長、黒沢明監督作品によく出演していた俳優の加東大介ら計7人が出席。堀本さんの解説によると、その場で題が出されて俳句をつくる「席題」で、七夕や、茶の湯の道具である風炉といった題で、一人7句を無記名で出句したと思われる。その後、その中からそれぞれが良いと思った10句を選んで読み上げ、講評した。
この時、普通は他人の句を選ぶものだが、有吉は10句のうち4句に自分の句を選んだ。一方、キーンの選句に自身の句はなかった。これについては、句会を盛り上げるための有吉流のエンターテインメントだったという話もあり、堀本さんは「この自由 闊達(かったつ) さ、 融通無碍(ゆうずうむげ) な感じに有吉さんのお人柄が出ている」と述べ、会場は笑いに包まれた。
最後の第3部では、落語家の桂 米舞(まいまい) さんが、昨年上半期の文庫ベストセラー1位になる異例のヒットを記録した有吉の連作短編「青い 壺(つぼ) 」の第1話を朗読した。米舞さんは、関西弁でのやりとりの情景が目に浮かぶように生き生きと読み上げた。
「天国からの采配」
恩田さんが館長を務める市立有吉佐和子記念館は、2022年6月に開館したばかりだ。有吉が多くの作品を執筆した東京都杉並区の自邸を移して復元した施設で、有吉が使っていた机や椅子を含めた書斎や、茶室、庭などが、ほぼ往時のまま再現され、貴重な資料も展示されている。

有吉佐和子記念館で再現された有吉の書斎
浄瑠璃の三味線奏者だった誠己さんは、有吉が若い頃に脚本・演出を手がけた人形浄瑠璃作品の舞台に出演したことがあるという。
そして、恩田さんは、誠己さんが卒業した新潟県立新潟高校の1年先輩にあたる。2人はそのことを昨年初めて会った時に知ったのだという。そんなこともあって、今回のイベントは短期間で実現することになったそうだ。
有吉とキーンがまるで天国から采配を振ったような、不思議な人の縁を感じた。
和歌山市立有吉佐和子記念館
和歌山市伝法橋南ノ丁9番地。開館時間は午前9時から午後5時。水曜休み。入館無料。随時様々なイベントも開催している。