ある日突然の逮捕・拘留250日、そして地獄の取調べ57時間、ある弁護士が実際に体験した人質司法のリアル

取調室で直面した検事の崩しのテクニック, 検事が被疑者をおだて始める瞬間, 徐々に失われていく時間の感覚, 黙秘権を行使した後の取調べは適法か

実際の人質司法とはどのようなものなのか(写真:DESIGN_IMAGE/イメージマート)

 被疑者や被告人が罪を認めず黙秘を続ける場合に、長期にわたり勾留して保釈を認めず、自白に追い込む手法を「人質司法」と呼ぶ。こうした長期勾留や長時間にわたる取調べはしばしば冤罪の要因になり、国際的な人権の水準から逸脱していると問題視されている。実際の人質司法とはどのようなものなのか。『取調室のハシビロコウ 黙っていたら、壊された。 ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信社)を上梓した江口大和氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

取調室で直面した検事の崩しのテクニック, 検事が被疑者をおだて始める瞬間, 徐々に失われていく時間の感覚, 黙秘権を行使した後の取調べは適法か

──江口さんは、ある日突然に逮捕され、拘留されました。いったい何があったのでしょうか?

江口大和氏(以下、江口):2016年に、横浜のある会社で会社の車を使った交通事故が起きました。そのときに、社長をかばう口裏合わせが従業員たちの間で行われました。

 私は弁護士としてこの事件の相談に対応しましたが、口裏合わせを主導したという容疑をかけられ、2年後の2018年、横浜地検特別刑事部に逮捕・勾留されました。容疑に対して、私は任意の取調べの段階から一貫して事実無根だと主張してきました。

──「犯人隠避教唆の容疑」と書かれていましたが、具体的にはどのような事件でしたか。

江口:いくつかの出来事が入り組んだ構造になっています。まず、横浜の会社で従業員が無免許運転の交通事故を起こしました。その際に、会社の社長が無免許の従業員に自動車を提供したと疑われ、「社長は関係がない」「社長は知らなかった」という口裏合わせが従業員の間で行われました。

 やがて、弁護士としてこの事件の相談を受けた私が、社長をかばうように従業員に指示をしたという犯人隠避教唆の容疑で逮捕されたのです。

──「逮捕されたら取調べで黙秘をすることは、はじめから決めていた」と書かれています。なぜ黙秘をする必要があったのですか?

江口:最初から黙秘をしたわけではなく、逮捕前の任意の取調べでは、15時間にわたって私が見聞きした事実をありのままに話しました。この段階で、知っていることはすべて話していたので、それ以上付け加えることはありませんでした。

 逮捕という異常な状況に放り込まれ、私は気が動転していました。また2年前の事件なので、細部の記憶が曖昧になっていました。

 警察を介さない検察の独自捜査でしたから高い確率で起訴されます。取調べは録音録画されていたので、記憶違いや言い間違えをすると、被告人質問で不利に働く可能性がありました。そこで、黙秘を貫いたのです。

──取調べはどのように進められましたか?

取調室で直面した検事の崩しのテクニック

江口:取調室は白い壁に囲まれた3、4畳の狭い部屋でした。そこに机があり、取調官と私の座る椅子があります。私は硬いパイプ椅子に座らされます。一方で向き合う検察官の椅子は柔らかく、布がはってあり、ひじ掛けやキャスターもあり、座りやすそうでした。

 任意取調べの段階で知っていることはすべて話していたので、「これ以上お話しすることはありません」と逮捕後の取調べの冒頭で宣言しましたが、検察官は聞く耳を持たずに取調べを継続しました。多い日は1日に5時間以上の取調べがあり、逮捕後に受けた取調べは合計で57時間以上になりました。

──「人となりの把握」「人格否定」「能力否定」「証拠をちらつかせる」「責任をあおる」「別の生き方を勧める」といった検事の崩しのテクニックについて書かれています。

江口:検察官の取調べの手法には、一連のパターンがありました。

 まず「人となりの把握」ですが、被疑者がSNSなどをやっている場合は、そこを詳細に見ていくのだと思います。

 私はSNSをやっていませんでしたが、日記代わりのメモ帳を持っていました。そのメモ帳には案件のことはほとんど書いておらず、日々の出来事や思いついたこと、心の状態などが書かれていました。検察官はこのメモ帳を差し押さえ、丹念に読み込んでびっしりと付箋を貼っていました。

 さらに検察官は、私の実家に捜索に入り、両親を取り調べました。子供の頃からのエピソードを両親から聞いて、私の生い立ちや人となりを把握していました。

「あなたはガキだ」「視野狭窄だ」「からまわっている」「すぐ噓をつく」「詐欺師に片足を突っ込んでいる」「子どもの頃から論理性がなかった」などの人格否定の言葉を毎日繰り返し言われました。

 こうした否定的な言葉を浴びせ、私の人間性を徹底的に破壊した上で、問題のある人間性が今回の事件につながっていると思い込ませて、全面的に屈服させる狙いがあったのだと思います。

 人格否定と合わせて、能力否定の言葉もありました。

 私は、尋問や弁論といった法廷弁護の技術を磨くことに重きを置いてきました。そうした技術に関する考えをメモ帳に記載していました。検察官はその内容を読んで、職業的な能力の面を徹底的に否定してきました。

 彼は私よりキャリアが11年上で、中堅のエリートコースを歩んでいる検察官でしたが、上から目線で「あなたは着眼点が修習生だ」と言いました。

 私が国選弁護人として担当した過去の事件の記録を取り寄せて読み込み、私の弁護の手法などを分析していました。また、私が弁護人を務めた事件の担当検察官にも聞き取り調査し、検察官の立場からネチネチと私の仕事を批判してきました。

検事が被疑者をおだて始める瞬間

──人格や能力の否定や批判は、取調べの本来の目的から逸脱していますね。

江口:現在の捜査実務では、黙秘をしても取調べを無制限に続けることができてしまい、裁判所もそれを是正していません。その結果、取調べが人格否定や能力否定ばかりになっても誰も止められません。

 そして、勾留が10日も続くと、被疑者は勾留が延長されるかどうかが気になります。元の生活に戻りたい。家族の元に戻りたい。そうした気持ちを被疑者が強く持つ段階になると、検察官は次の攻め方として「責任を煽る」という手法を採るようになります。

「奥さんは時短勤務でしょ」「あなたがいなければ生活費を稼ぐこともままならない」「1歳2カ月のお子さんだって夜泣きが増えて大変だ」「黙秘を続ければ勾留は延長されるしその後も保釈されない」「ずっと奥さんに家庭のことを押し付けるのか」「無責任じゃないか」。私が内心で心配していることを突いて、不安を煽ろうとしてきました。

 また、私が黙秘を続けるならば、所属先の弁護士事務所の同僚も取り調べなければならなくなる。私の司法修習時代の恩師にも話を聞きにいく。そうした責任の煽り方もありました。

「証拠をチラつかせる」という手法も取ってきました。

「あなたの有罪を立証する証拠は十分に揃っている」「弁護士を逮捕するぐらいだから検察庁内の高いところまで決裁を取っている」「事件の関係者は皆、あなたから指示を受けたと言っている」「物証も揃っている」などと言ってきました。しかし具体的な証拠を知られるとまずいと考えたのか、証拠の明確な中身は明かさない。

 勾留が延長されて、いよいよ起訴されるかどうかという局面になると、検察官のアプローチはまた変わりました。心身の疲労や不安がピークに達した瞬間を狙って、今度は私のことをおだて始めました。

「あなたには能力がある」「あなたはちゃんとした人だ」「あなたなら別の生き方もできる」「早くこんな事件は終えて再スタートを切ったほうがいい」と、優しくこちらを慮るようなことを言うようになりました。

 外部からの情報が遮断され、弱り切っているタイミングで、このように優しい言葉をかけられると、ぐっと心に響きます。私は職業柄、「警察官や検察官は、なだめすかして噓を言ってくるものだ」という相場観があったので、警戒し、甘い言葉に乗らずに黙秘を続けましたが、誘惑に負けて争うことをやめてしまう人も多いと思います。

──拘置所の中の独房生活についても書かれています。

徐々に失われていく時間の感覚

江口:私がいた横浜拘置所の独房は狭く、二畳半ほどしかありません。布団や私物を置けば足の置き場もありません。この狭さは、不便なだけではなく、被疑者に常に圧迫感を与えて鬱々とさせることに一役買っています。

 拘置所に収容されると、被疑者には番号が割り振られます。私の番号は「3406番」でした。翌日から、私は自分の名前ではなく、「3406番」と名乗ることを強制されました。

取調室で直面した検事の崩しのテクニック, 検事が被疑者をおだて始める瞬間, 徐々に失われていく時間の感覚, 黙秘権を行使した後の取調べは適法か

横浜拘置所の独房(絵 江口大和)『取調室のハシビロコウ 黙っていたら、壊された。ある弁護士の二五〇日勾留記』(時事通信社)より

 名前を名乗ると「名前じゃなくて、番号で言って」と言われる。ただでさえ人と話をする時間が少ない中で、さらに自分の名前を意識する機会もなくなるのです。日が経つにつれて、「江口大和」という人間の輪郭が薄まっていく感覚に襲われます。

 独房暮らしでは時間も奪われます。収容時に腕時計を取り上げられたのですが、独房の中には時計がありません。取調室にも時計がありません。だから時間を把握できないのです。看守に時間を聞いても教えてくれませんでした。

 入浴の時間、運動の時間、昼食の時間、午睡(昼寝)の時間、夕食の時間、就寝の時間、拘置所の生活は拘置所が一方的に決めたスケジュールで進められます。しかし被疑者には時間の感覚がないので、いつそれが来るのか分かりません。

 徐々に被疑者は、自分の行動を自分で決める自由を奪われていきます。こうしたことも、名前を奪われることと合わせて、被疑者から尊厳を奪うのです。

──刑事事件は最高裁で棄却されて有罪が確定し、民事事件として国家賠償訴訟が始められています。現在の状況について教えてください。

江口:刑事の一審判決は、「江口が口裏合わせを指示した」という点で関係者の供述が一致しているとして有罪と判断され、その日のうちに控訴しました。

取調室で直面した検事の崩しのテクニック, 検事が被疑者をおだて始める瞬間, 徐々に失われていく時間の感覚, 黙秘権を行使した後の取調べは適法か

 控訴審では、関係者の初期の供述を聞いた遺族を証人として請求しました。控訴審の裁判所はその必要性を認めて、遺族を証人尋問することを決定しました。ところが、尋問の当日、遺族は法廷に出頭しませんでした。再度別の期日を設けて遺族に出頭を求めましたが、遺族は二度目も出頭せず、出頭しない理由も裁判所に連絡しませんでした。

 不可解だったのは裁判所の対応です。法律上、証人が出頭しなかった場合に、強制的に連れてくる「勾引」という制度があります。私たちは勾引するように求めましたが、裁判所は認めてくれませんでした。

 結局、重要証人である遺族が法廷に現れないまま、一審を維持する判決が出されました。到底、受け入れることはできません。すぐに上告しました。

 刑事の上告審では、無罪の主張だけではなく、控訴審が遺族を証人として勾引しなかった手続きが、憲法上の証人審問権の侵害だと主張しました。ところが最高裁は、ほぼ何の理由も示さずに我々の上告を棄却してしまいました。

黙秘権を行使した後の取調べは適法か

──裁判でも不公平な扱いを受けている印象がありますね。

江口:私は、自分が受けた取調べには問題があったと考えたので、その後に民事の国家賠償請求訴訟を起こしました。

 取調べの様子を映した動画を証拠として入手できました。私はこの動画をYouTubeで公開しました。この動画は、検察官の取調べのひどさを示しているとして世間から注目され、数々の報道でも取り上げられました。

取調室で直面した検事の崩しのテクニック, 検事が被疑者をおだて始める瞬間, 徐々に失われていく時間の感覚, 黙秘権を行使した後の取調べは適法か

 しかし、国家賠償訴訟の一審の裁判所は、検察官の発言の一部は違法だとしながらも、黙秘権を行使した後も取調べを続けたこと自体は適法だという判決を出しました。

 私と弁護団は、黙秘すると宣言した人に対して取調べを続けること自体が最も問題だと考えています。一審判決を受け入れることはできず、控訴しましたが、控訴審も一審の判断をなぞるだけでした。

 そこで、私たちは上告しました。刑事訴訟法ができたときの立法の資料なども交え、刑事訴訟法は、黙秘をする人に対して取調べを続けることを許していないと主張しています。今、最高裁の判断を待っているところです。

──江口さんは今後どうされるのですか?

江口:私にとって、弁護士という仕事は天職です。現在は執行猶予中ですが、この期間が終わったら弁護士資格が復活するので、再び弁護士として活動したいと考えています。

 図らずも事件に巻き込まれ、被疑者や被告人という立場を、身をもって経験しました。その経験を活かして、苦しい立場に置かれた人の弁護に取り組みたいです。

江口 大和(えぐち・やまと)

1986年長野県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、東京大学法科大学院を修了。2014年に弁護士登録した後、主に刑事弁護に携わる。2018年に犯人隠避教唆の疑いで逮捕され、2023年に執行猶予つきの有罪判決が確定。検察官による違法な取調べにより黙秘権などを侵害されたとして、2022年に国家賠償訴訟を提起。現在、最高裁に上告中。

長野光(ながの・ひかる)

ビデオジャーナリスト

高校卒業後に渡米、米ラトガーズ大学卒業(専攻は美術)。芸術家のアシスタント、テレビ番組制作会社、日経BPニューヨーク支局記者、市場調査会社などを経て独立。JBpressの動画シリーズ「Straight Talk」リポーター。YouTubeチャンネル「著者が語る」を運営し、本の著者にインタビューしている。

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