自分自身は「天才ではない」と語る作家、蝉谷めぐ実さん、新作は盲目の国学者の物語

 歴史小説や時代小説界の俊英、蝉谷めぐ実さん(33)が『見えるか保己一』(KADOKAWA)を刊行した。江戸時代の全盲の国学者・ 塙(はなわ)保(ほ)己(き)一(いち) (1746~1821年)を巡る物語だ。光を失った学者が秘めた思いに迫った。(川村律文)

『見えるか保己一』刊行 蝉谷めぐ実さん

デビューから6年。「まだ若手でいけますか?」と笑う(東京都千代田区で)=園田寛志郎撮影

 「保己一の人生を振り返ると、人に愛されていた成功 譚(たん) のように見えます。でも、人間としての保己一を書きたかった。成功の裏にあった苦悩や苦しみを、偉人、聖人という言葉で隠したくなかった」

 盲目の国学者として、古い時代からの貴重な書物を網羅した「 群(ぐん)書(しょ)類(るい)従(じゅう) 」をまとめた 碩(せき)学(がく) の足跡をたどった作家は、落ち着いた口調で語った。栄達だけでなく、影の部分を色濃く描写していく。

 幼くして視力を失った保己一は、江戸で 検(けん)校(ぎょう) の一門に弟子入りしたものの、 鍼(はり) や三味線の腕は上がらず、金貸しの仕事もうまくできない。並外れた記憶力で学者として認められても、重要な仕事には簡単に携われない。離縁した最初の妻や娘と別れた弟子の挿話を描き、保己一の 葛(かっ)藤(とう) や苦悩を浮かび上がらせる。

 盲目のため保己一は気づくことができないことがあり、周囲に頓着しない面もある。一方で、家族や友人も、彼の 鬱(うっ)屈(くつ) をすべて理解することはできない。すれ違いと、その中でほのかに通じ合う情愛を、著者はこまやかに描き出していく。

 「書き始めたときは、保己一は目が見えないからこそ、ほかの感覚が鋭くなって、常人では行けない境地にたどり着けるかもしれないと思っていた。でも、それは私たちが勝手に押しつけたイメージでしかない。そんなことを考えた自分へパンチをするつもりで、後の物語を書いていました」

書き上げないと

 デビュー作『化け者心中』など、芝居や役者についての時代ものを手がけてきた作家は、今作で初めて、歴史上の人物を描いた。しかも、結論を決めずに書いたのも初めてだった。「全然うまくいかなくて、書いているときは『消えてぇ』と思った」と、若者らしい口調になった。「本になる気はしなかったけど、書き上げないと、ほかに何もできない」。別の仕事を一時中断するほど、のめり込み、苦闘した作品だった。

 今作のほかにも、芸に 耽溺(たんでき) して人の道を外れていく役者や、それに振り回される人々を描いた『万両役者の扇』をはじめ、過剰なものを抱える人間を書いてきた。「役者は才能が突出することが許されますが、その行動は一般社会で倫理的に許されるのか。保己一も天才のたぐいだと思います。その業の部分こそ私が書きたいもの」。歴史上の人物を扱っても、純然たるフィクションを手がけても、底流に流れる思いは変わらない。

突出した「天才」

 それは自分自身が「天才ではない」という意識が強いからだ。デビューから様々な文学賞を受けて、順調にキャリアを積み重ねている印象ではあるが、「書いても書いても箸にも棒にもかからず、やっとデビューした。だからこそ、突出している才能に対しては、強い思いがある」。作家であり続けることへの危機感や、よりよい小説を書きたいという渇望がある。

 「言葉を使って本を読んだ人の価値観をひっくり返したい。小説を書いている自分自身も、ひっくり返したい。前作を書いた自分を超えたいし、ぶちのめしたいと思っている」

 過剰な熱量を抱えたこの作家もまた、業が深いのかもしれない。

  蝉谷めぐ実 (せみたに・めぐみ) 1992年、大阪府生まれ。2020年に『化け者心中』で小説野性時代新人賞を受けてデビューし、同作で中山義秀文学賞。『おんなの女房』で吉川英治文学新人賞、『万両役者の扇』で山田風太郎賞を受賞した。

お気に入り

  ★亀のぬいぐるみ  3歳ぐらいの時にどこかの水族館で買ってもらいました。名前は「かめ」です。新人賞の連絡を待つときは、カバンに忍ばせて周囲にばれないように触っていました。今も執筆で苦しいときは、肩に乗せます。

  ★セミのグッズ  生き物が好きで、ペンネームには動物や昆虫の名前を入れたいと思っていました。「蝉谷」としての自我が芽生え、自分で買ったり、もらったりしています。