高市首相との会食で「焼き魚定食」を食した麻生副総裁の打算、キングメーカーで"あり続けないといけない"切実な理由

はたして自民党の麻生太郎副総裁は、官邸で供された「焼き魚定食」を食べたのかーー。

【写真あり】確かにこれは「食べなかった報道」も出るわ… 昼食会直後の麻生氏の微妙そうな表情

高市早苗首相は4月10日、麻生副総裁と鈴木俊一幹事長、萩生田光一幹事長代行と1時間ほど昼食を共にした。このときの様子について、毎日新聞は20日に「運ばれてきた切り身の『焼き魚定食』に、麻生氏が手を付けることはなかった」と報じた。

対して、FNN(フジニュースネットワーク)は23日に「一部報道ではランチ会で出された焼き魚定食に麻生副総裁が手を付けず高市総理との溝が指摘されましたが、出席者によると『食べていた。何も問題ない』ということです」と、毎日新聞の報道内容を否定した。

高市首相との昼食後の麻生副総裁(左)と鈴木幹事長。確かに表情はこわばっている(写真:時事)

これは麻生派の会合でも話題になったが、麻生氏は「食べた」と明言。全国漁業協同組合連合会出身の鈴木氏は、魚の種類について説明したという。

麻生派の関係者は「麻生会長は『何を食べたか』よりも、『一緒に食べること』にこだわる。昨年8月に参政党の神谷宗幣代表が麻生会長に党運営を相談したとき、『飯を食う場はあるのか』と会食の重要性を説いた」と語る。

ささやかれ続ける高市・麻生の関係悪化説

麻生氏は今年1月、高市首相から事前に衆議院解散について知らされることはなく、2月には衆院議長就任を打診された。議長になれば派閥の領袖の地位を離れざるをえなくなり、政治的求心力は低くなる。麻生氏は丁重に就任を断ったが、これ以来、高市首相との関係悪化が伝えられてきた。

4月10日の昼食会はそれを払拭するためのものと思われたが、官邸を出る際の麻生氏の表情が厳しく見えたことが話題になった。それが「麻生氏は焼き魚定食に手を付けなかった」との報道につながったのだろう。

確かに、気に入らない席では、出された茶菓子には手を付けない。だが、それでは関係が決裂してしまう。

麻生氏は、2025年の総裁選で高市総裁が誕生した際の立役者だ。1回目の投票では議員票を64票しか獲得できず、80票の小泉進次郎氏や72票の林芳正氏の後塵を拝した高市氏に、2回目の投票で149票もの議員票を獲得させた。もし決選投票での麻生氏の采配がなければ、高市政権は誕生しなかったに違いない。

一方で麻生氏側にも、高市支持のメリットはあった。24年の衆院選に二階俊博元自民党幹事長が出馬せず、26年の衆院選で菅義偉元首相が政界を引退。いまや党内で最長老である麻生氏は、首相経験者としては岸田文雄元首相や石破茂前首相がいるものの、高市氏を首相へと押し上げたことで断トツの存在感を示している。

引退したくても引退できない麻生氏

もっとも、これまで何度か「政界引退」の噂は流れた。後継と目されるのは長男の将豊氏で、23年に公益社団法人日本青年会議所の会頭に就任。1年の任期の後に父親の跡を継いで政界進出かとささやかれた。

しかし、24年の衆院選も26年の衆院選も、麻生氏は長男に選挙区を譲る様子はなかった。その理由について、地元・福岡の関係者はこう述べる。

「昨年10月に行われた国政調査の結果が今年出るが、それによって区割りの見直しが行われる。麻生氏の福岡8区のうち飯塚市の一部が11区に組み込まれる可能性がある。飯塚市は2月の衆院選で3万7446票が麻生氏に投じられた、いわば麻生家の牙城ともいえる地域。それが武田良太元総務相の11区に組み込まれることは、なんとしても阻止したいだろう」

選挙区割りなどで麻生氏との対立が伝えられる武田良太元総務相(写真:時事)

原因は、人口が増え続ける福岡市だ。総務省の「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によると、25年1月1日現在の同市内の「日本人住民」は155万6412人で、20年から4万1962人も増加した。こうした“圧力”が東に向かい、8区から11区へと影響を及ぼすと予想される。

小選挙区区割りについては、10年ごとに行われる大規模国政調査に基づいて都道府県別に定数が是正されることになっているが、中間年の簡易国政調査でも選挙区間の人口格差が2倍以上になると区割り改定案が作成され、速報値の公表から1年以内に行われる。

速報値は今年5月までに公表され、区割り審が改定作業に着手。区割り審は来年5月までに内閣総理大臣に勧告し、政府が新たな区割り法案を国会に提出することになる。

そもそも、福岡県では麻生氏のほか、ともに自民党幹事長を務め、それぞれの派閥を背負った古賀誠氏と山崎拓氏が互いにしのぎを削りあい、「福岡三国志」と言われてきた。

麻生氏と「福岡三国志」を繰り広げてきた古賀誠氏(左)と山崎拓氏(左写真撮影:尾形文繁、右写真撮影:梅谷秀司)

それに旧二階派の武田氏が加わり、12年の衆院福岡1区の公認をめぐる分裂騒動のほか、16年の衆院福岡6区補選や19年の福岡県知事選、23年の北九州市長選などをめぐって、ことあるごとに対立した。

武田氏や、衆院福岡4区の宮内秀樹氏とともに「二階派三兄弟」と呼ばれた福岡6区の鳩山二郎氏は、いまだ自民党福岡県連に入れない状態で、宮内氏も一時は麻生氏に近い県議に4区の公認を狙われた。

信頼と打算のアンビバレントな関係

武田氏が4月2日に「総合安全保障研究会」を立ち上げたことも、麻生氏には目障りに違いない。同会への参加者は20人を超え、総裁選出馬に必要な推薦人の数を満たしている。

一方で、麻生派には総裁候補が不在の状態。かつては河野太郎氏に期待が集まったが、河野氏は24年の総裁選で9人中8位と惨敗。期待した党員票も8票しか獲得できなかった。

派閥の維持と後継問題を考えると、麻生氏はなかなか引退できない。そしてキングメーカーで居続けるには、今は高市首相を担ぐしかないのだ。

もっとも、麻生氏には高市首相と“心中”するつもりはさらさらないだろう。信頼もあるが打算的でもあるアンビバレント(二面的)な関係は、いったいいつまで続くのだろうか。