ホルムズ海峡開放のヒントに、15世紀にデンマークが課した海峡通行料はどのように撤廃されたのか

ホルムズ海峡で起きているのは「封鎖」ではなく「管理」の戦争である, 5月4日のUAE攻撃と韓国商船被害が示した「停戦下の戦争」, 米国のプロジェクト・フリーダムはなぜホルムズ海峡を開放できないのか, ホルムズ海峡を臨む「防衛ライン」の果たす意味合い, 停戦協議はなぜ進まないのか──「戦争終結」と「海峡正常化」が切り離されていた, 19世紀コペンハーゲン条約が教える「自由航行は買い取られる」という現実, 中国とロシアがなぜ最後に効いてくるのか, ホルムズ海峡の自由は、海の上ではなく大国の机の上で決まる

UAE東部のフジャイラ港に停泊するばら積み貨物船(資料写真、2026年5月6日、写真:ロイター/アフロ)

 ホルムズ海峡危機の本質は、「封鎖」ではなく「誰が課す条件で通すか」をめぐる管理権争いにある。5月4日のイランによるUAE・フジャイラ港、韓国商船への攻撃、そして7日にホルムズ海峡で発生した米、イラン間の攻撃の応酬は、停戦の脆弱性という現実を示した。ホルムズ海峡危機の解決の鍵は、米イランの停戦協議の進展に加え、19世紀のデンマーク海峡問題と同様、米中露を含む国際的な政治取引にある。

ホルムズ海峡で起きているのは「封鎖」ではなく「管理」の戦争である

 ホルムズ海峡をめぐる現在の危機は、単なる中東の局地戦ではない。世界経済の血流を誰が握るのか、そしてその血流に「通行の条件」を課すのが誰なのかをめぐる、古典的な地政学の再来である。

 イランは海峡を完全に閉じ切るよりも、むしろ「自らの許可なく通るな」という管理権を誇示してきた。米国はこれに対し「航行の自由」を掲げて再開通を試みているが、実際には武力だけで秩序を回復することはできていない。ここで争われているのは、水路の物理的支配だけでなく、この地域をめぐる国際秩序の認可権そのものだ。

 実は、この構図は新しいものではない。15世紀以来4世紀続いた、デンマークによるエーレスンド海峡通行税の徴収もまた、単なる課税制度ではなく「海峡を通るなら支配者に服従せよ」という政治装置だった。

 エーレスンド海峡は、今日に至るまで北海とバルト海を結ぶ重要な要衝である。19世紀まで、エーレスンド海峡を通航するすべての他国船舶は、デンマーク着か発かにかかわらず、ヘルシンゲルに停泊してデンマーク王室に通行料を支払うことが義務付けられていた。

 その本質は、砲台による威嚇を通じた強制力にある。シェークスピアの『ハムレット』の舞台となった、デンマークのシェラン島ヘルシンゲルにあるクロンボー城が海峡通行税の徴収拠点となった。すなわちヘルシンゲルの砲台の威嚇が、当時、この海峡を支配したのだった。この歴史的比喩を思い浮かべることは、2026年のホルムズ海峡情勢を読む上で極めて有効だ。

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エーレスンド海峡を横断してデンマークとスウェーデンをつなぐ鉄道と自動車道路の併用橋「エーレスンド・リンク」(資料写真、CC 表示-継承 3.0, リンク)

5月4日のUAE攻撃と韓国商船被害が示した「停戦下の戦争」

 その現実を最も鮮明に示したのが、5月4日に起きた一連の攻撃である。米国が「プロジェクト・フリーダム」と称してホルムズ海峡の再開通に乗り出した直後、イランはUAE(アラブ首長国連邦)に対するミサイル・ドローン攻撃を行い、UAE防空当局によれば15発のミサイルと4機のドローンが迎撃された。港のある東部フジャイラでは重要石油施設で火災が発生し、インド人作業員3人が負傷した。UAEはこれを「危険なエスカレーション」と断じ、敵対行為の即時停止と海峡の完全かつ無条件の再開放を求めた。

 フジャイラはホルムズ海峡の外側、すなわちオマーン湾側に位置し、UAEが海峡を通らずに原油を外洋へ出す数少ない回避ルートの拠点だ。そこが攻撃されたということは、イランが「海峡そのもの」だけでなく、「海峡を迂回しても安全ではない」というメッセージを送ったことを意味する。これは単なる報復ではない。回避路まで含めて、湾岸エネルギー輸送全体のリスクプレミアムを押し上げる戦略的シグナルである。

 同日には、韓国海運大手HMMが運航するパナマ船籍の貨物船NAMU号でも爆発・火災が発生した。乗組員24人に死傷者は出なかったが、エンジンルームで火災が起き、船は曳航されドバイへ向かうこととなった。イランがこの韓国商船に発砲したと見られている。ここでも重要なのは、被害が限定的だったことではない。韓国のように中東エネルギーに依存するアジア国家の商船が、停戦下でも安全を保証されていないという事実そのものが、市場と海運業界の心理を冷やしている。

 つまり5月4日の事態は、停戦が成立していても、ホルムズ海峡は依然として戦下にあることを改めて示した。ミサイル、ドローン、小型艇、機雷、警告射撃、保険料の急騰、船会社の回避行動──これらはすべて、法的な停戦文言とは別の次元で戦争が継続していることの証左である。

 停戦とは砲声の停止ではなく、商船が安心して日常的に通れる状態を回復して初めて実質化する。現状は、そこからはるかに遠い。

米国のプロジェクト・フリーダムはなぜホルムズ海峡を開放できないのか

 一方、米国は、ホルムズ海峡の再開通作戦を「人道的」「防御的」な措置として位置付けている。ルビオ国務長官は5月5日、ホルムズ海峡での新作戦は従来の対イラン軍事作戦とは別個の小規模な防御作戦であり、米国は撃たれた場合にのみ応戦すると説明した。その一方で、海峡周辺では87カ国にまたがる約2万3000人の船員が船上で立ち往生し、少なくとも民間船員10人が死亡したとも明らかにしている。米軍が「開放」を主張しても、現場は相変わらず危険な状況にあることがこの数字で示されている。

 米軍は再開通作戦のため、ミサイル駆逐艦、100機超の航空機、約1万5000人の兵力を投じ、イランの小型艇6隻を撃沈したという。だが、にもかかわらず船会社の反応は冷淡だった。BIMCO(ボルチック国際海運協議会)など海運業界は、イランの同意なき安全通航が長期的に持続可能か疑問だと指摘し、多くの船主は実際の通航再開を見送った。軍事的な護衛で一時的に航路を物理的に開くことはできても、商業航路としての信認を回復するには全く足りない。

 ここにホルムズ危機の本質がある。海峡支配とは、船を沈める能力だけで成立するのではない。船主が出航をためらい、保険会社が料率を引き上げ、荷主が契約を見直し、政府が自国船の安全を懸念する。その全体を通じて「通るかどうか」の最終判断を相手に委ねる状態を作ったとき、海峡支配は完成する。イランはまさにその状態を作り出しており、米国はいまだそれを崩し切れていない。

ホルムズ海峡を臨む「防衛ライン」の果たす意味合い

 実は、5月4日の事件が起きる前日3日に、イラン南部のホルムズ海峡を臨む、シリック(Sirik)沖約11マイルの地点で、イラン海軍による船舶の立ち入り検査が実施されている。ホルムズ海峡を北上中だったばら積み船に対し複数の小型艇が接近し、船舶検査を行ったのだ。

 イランのファルス通信は、これは船舶の拿捕や攻撃ではなく、標準的な監督手続きの一環として、書類を確認するための「通常の船舶検査」を実施したと発表した。実際、船も拿捕されることなく、検査のあと当該海域を離れている。明らかにイラン側による海峡支配のメカニズムの発動である。

 そして、5月7日には、ホルムズ海峡周辺で米中央軍(CENTCOM)は、3隻の米海軍駆逐艦がホルムズ海峡の国際海域を通過中、イラン側より複数のミサイル、ドローン、小型艇による攻撃を受け、これに対して、「自衛のための打撃」としてイランの軍事施設を攻撃したことを明らかにしている。

 一方、この点に関してイラン側は、バンダル・アッバース、ケシュム島などの「民間施設」を米軍が攻撃したと指摘するとともに、米軍がイランの石油タンカー2隻を攻撃したことへの報復として米海軍駆逐艦への攻撃を行ったと発表している。

「ホルムズ海峡の東の門番」ともいえる場所にある、バンダル・カルガーンからガルックおよびシリック(革命防衛隊海軍の常設基地が所在)にかけて広がる30キロメートルに及ぶ防衛ラインには、革命防衛隊海軍の第一海軍管区に属する地対艦ミサイル基地やドローン発射基地、そして高速艇の拠点があり、イランが海峡の入口をおさえる上で要衝となっている。イランにとって、この地域は、15世紀のデンマークにとってのヘルシンゲルと同様に、海峡を実行支配するための拠点なのだ。

 バンダル・アッバースやケシュム島の軍事基地と連携しつつ、この防衛ラインがホルムズ海峡の門番として機能することで、海峡全体を挟み撃ちにする形での防御網を構築している。これにより、米軍などの敵対勢力が海峡内に深く侵入することを困難にさせているわけだ。

停戦協議はなぜ進まないのか──「戦争終結」と「海峡正常化」が切り離されていた

 停戦協議も難航している。4月上旬に成立した脆弱な停戦ののち、米イラン双方は、一度は対面協議を行ったが、その後の追加会合設定は不調に終わった。4月中旬には国連のグテーレス事務総長やパキスタンが水面下で協議再開に動いたものの、海上封鎖と地域紛争の連鎖が交渉再開を何度も押し戻している。

 イラン側の要求も重い。イランの14項目の提案は、制裁解除、対イラン港湾封鎖の解除、地域からの米軍撤退、敵対行為の停止を求めており、核問題や高濃縮ウランの扱いは後回しにしたい構えを見せている。他方、米国はまさにその核物質の処理こそ外交解決の中核だとしており、ルビオ長官も「地下深くに残る核物質」を協議対象に含める必要があると明言した。ここでは、イランが「まず戦争を止めろ」と言い、米国が「核問題を先送りしたままの停戦は意味がない」と考えている。両者の交渉順序が根本的に食い違っているのである。

 さらに重要なのは、「戦争終結」と「海峡正常化」は同義ではないという点だ。仮に両国が停戦を維持しても、イランが海峡の管理権を手放さず、米国がそれを国際法違反とみなし続ける限り、ホルムズ危機は続く。逆にいえば、ホルムズ海峡の正常化は、停戦文書の署名よりも難しい。なぜならそれは、イランの抑止戦略の放棄と、米国主導の国際秩序への復帰を意味するからだ。

 AXIOSの最新の報道によれば、現在、イランに提示されている1ページ、14項目からなる覚書案(MOU)には、1カ月間の停戦協議およびその間の段階的な相互の封鎖解除措置が想定されているという。ここにきて、ようやく戦争終結と海峡正常化が結び付けられる方向にあると見てよいだろう。

 無論、ホルムズ海峡の価値に味をしめたイラン革命防衛隊が安易にその管理権を放棄するとは思えない。この1週間のホルムズ海峡をめぐる米、イラン双方による武力行使の応酬はその証拠である。また、この覚書案が合意されて、停戦協議が再開されたとしても、それから少なくとも1カ月間は海峡の正常化は望めないわけだ。

19世紀コペンハーゲン条約が教える「自由航行は買い取られる」という現実

 この難しさを理解する上で、19世紀のデンマーク海峡問題は極めて示唆的である。エーレスンド海峡通行税は、世界の海運国にとって長年の負担だった。英国議会では1857年、通行税は貿易を妨げ、遅延と無益な費用を生み、海難リスクまで増大させるとして強い批判がなされた。重要なのは、問題視されたのが税率の高さだけでなく、「通るたびに相手の管理に服さねばならない」という構造そのものだった点にある。

 そして、その制度の撤廃は、理念の勝利ではなく、「力」と「補償」を通じた列強の合意によってようやく実現することとなった。米国は一方的課税の法的根拠を認めず強硬姿勢を取り、英国も撤廃を後押しし、ロシアを含む主要海運国は補償金を出し合って1857年のコペンハーゲン条約に至った。自由航行は、自然権として与えられたのではなく、「支配者の損失を埋める政治取引」を通じて、制度化されたのである。

 この観点から見れば、ホルムズ海峡問題の本質も明快になる。イランは海峡を一時的に閉じる能力よりも、「誰を、どの条件で、どの水域から通すか」を定義する能力を外交資産に変えようとしている。実際、イランは一時、通航料徴収や海峡への主権的管理を示唆し、その後はオマーン側水域を使った限定的安全通航案を提示した。これは譲歩であると同時に、「管理権の所在は依然としてこちらにある」という宣言でもある。デンマークがかつて行ったことと、論理構造は驚くほど似ている。

ホルムズ海峡で起きているのは「封鎖」ではなく「管理」の戦争である, 5月4日のUAE攻撃と韓国商船被害が示した「停戦下の戦争」, 米国のプロジェクト・フリーダムはなぜホルムズ海峡を開放できないのか, ホルムズ海峡を臨む「防衛ライン」の果たす意味合い, 停戦協議はなぜ進まないのか──「戦争終結」と「海峡正常化」が切り離されていた, 19世紀コペンハーゲン条約が教える「自由航行は買い取られる」という現実, 中国とロシアがなぜ最後に効いてくるのか, ホルムズ海峡の自由は、海の上ではなく大国の机の上で決まる

かつてのデンマークとイランの類似性(筆者作成)

中国とロシアがなぜ最後に効いてくるのか

 ここで浮上するのが、中国とロシアの役割である。中国は中東原油への依存が高く、ホルムズ海峡の機能不全は、北京にとって深刻な経済問題であると同時に外交問題でもある。このため、中国は対イラン外交を活発化させ、王毅外相は30件近い会談・電話協議を重ね、中国の特使も湾岸諸国を歴訪している。

 トランプ大統領自身も、中国がイランを交渉の場に戻す上で一定の役割を果たしたと評価している。つまり北京は、少なくともイラン戦争、とりわけホルムズ海峡問題の解決につながるバックチャネルの一部を握っている。

 5月14、15日に米中首脳会談が予定されている。トランプ大統領訪中の際には、米政権が中国に対して、イランにホルムズ海峡の締め付けを緩めるよう働きかけることを期待していると報じられている。

 中国にとっても、ホルムズ海峡の混乱は、自国の原油・LNG調達を直撃していることから、もはや傍観者ではいられない。米中首脳会談は、米中貿易や台湾問題だけでなく、ホルムズ海峡をいかに「再管理」するかという、米中間での事実上の現実的な取引の場になる可能性が高い。

 ロシアもまた、直接の軍事介入余地は限られるにせよ、対イラン関係と対中関係の双方を通じて影響力を持つ。19世紀に英国とロシアがデンマーク海峡自由化の費用負担と制度化に加わったように、現代のホルムズ海峡でも、米国単独の強制より、大国間の利害調整の方が持続可能な秩序を作りやすい。

 イランにとっても、全面屈服ではなく「中露が関与した再均衡」としてなら、イランの国内向けに受け入れやすくなるからである。 実際、この局面において、アラグチ外相の相次ぐモスクワ、北京訪問は、そうした外交的な可能性を明らかに視野に入れているに違いない。

ホルムズ海峡の自由は、海の上ではなく大国の机の上で決まる

 ホルムズ海峡の危機は、石油の通り道をめぐる争いである以上に、「ホルムズ海峡という国際物流の大動脈の国際秩序を誰が認可するか」をめぐる争いである。

 5月4日のUAE攻撃、韓国商船被害、そして停戦協議の停滞は、戦争が止まったように見えても、海峡をめぐる秩序戦争がなお激化していることを示している。米国は護衛で航路を一時的に開けても、恒久的な秩序を再構築できていない。イランはホルムズ海峡の封鎖そのものというよりも、その管理権の誇示に成功しつつある。

 だからこそ、イランのイスラム共和国体制の継続を前提とするならば、ホルムズ海峡の最終的な解決の鍵は、米軍による軍事力の追加投入ではなく、19世紀デンマーク海峡問題と同様、国際的な圧力の下、複数の大国が海峡秩序をどう再設計するかにかかることになろう。

 5月半ばの米中首脳会談、そしてそれに連なる中露首脳会談が、ホルムズを「誰の条件で、どのように再び開くのか」という輪郭を描けるかどうか。そこに今後の焦点がある。海峡の自由は、いつの時代も自然には生まれない。武力、補償、外交、そして大国間の妥協によってのみ、かろうじて制度化されるのである。

 もっとも、万が一、こうした交渉による解決を米国が望まないのであれば(あるいは水面下で継続している米イランの覚書合意と、その後の停戦協議がうまくいかないのであれば)、その代替となる唯一のオプションは、イラン・イスラム共和国体制の転換以外になくなってくることもまた事実である。

「我々のパイロットたちはイランの空のいかなる場所にも到達できる」と豪語する、5月3日のネタニヤフ首相の短い声明が伝えるように、背後に控えるイスラエルは、そうしたオプションを間違いなく追求し続けるだろう。

 脆弱な停戦が続く中、私たちはこうした厳しいリアリズムが突きつけられていることを改めて直視する必要がある。

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