トラック燃料だけじゃない「水素」のポテンシャルとは?【セルセントリックが発表した次世代燃料電池(後編)】

 セルセントリックが次世代型の新型燃料電池システムを発表した。2030年ごろの量産を前提とする同機は、最大のボリュームゾーンとなる長距離トラック向けに設計されている。

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 いっぽうで規模を追求するためバス、定置発電機、鉄道機関車、鉱山用重機など同等の条件を持つ幅広い用途に活用することを目指し、一つの製品を様々な用途に用いる「ワンプロダクト・クロスアプリケーション」も重視する。

 直近ではウクライナ紛争やホルムズ危機を経て、エネルギーの「レジリエンス」という観点から水素エコシステムの再評価が進んだ。効率的な燃料電池はその中心にあり、水素のポテンシャルを解放する鍵となりそうだ。

文/トラックマガジン「フルロード」編集部

写真/cellcentric GmbH & Co. KG

規模を追求するためのワンプロダクト・クロスアプリケーション戦略

アンベールされるセルセントリックの「BZA375」

 セルセントリックが4月20日に発表した次世代燃料電池システム「BZA375」は大型トラックのためだけでなく、幅広い用途に展開することを目指している。

 長距離トラック向けに設計され、最適化されてはいるが、同等の要求水準を持つ「ヘビーデューティ」な用途は他にもあり、例えばバス、定置発電機、鉄道機関車、鉱山用重機などが挙げられる。

 BZA375の競争力のある仕様により、同社は単一のシステムを幅広い用途に活用するというワンプロダクト戦略を追求することが可能になり、「規模の経済」を通じたコスト削減に大きな可能性が生じる。

 BZA375でセルセントリックは、燃料電池システムを供給するという約束から、先進的な製品を実現するという段階に歩を進めた。トラックだけではないヘビーデューティ用途のゼロエミッション化に向けて、商用化が加速している。

 性能、稼働時間、効率など、長距離トラックは当初から最大の用途となる見込みだが、水素インフラの発展に伴い運用条件が同等のヘビーデューティ用途として、バス、鉄道、重機、発電機などの市場にも見込みがあり、規模の経済の実現のため、商品・仕様を一つに絞ったワンプロダクトによるクロスアプリケーションが重要になるとみられている。

 また、近年の世界情勢を受けて「レジリエンス」という観点から水素を見直す動きがあり、BZA375は規制やインフラ整備の在り方にも影響を与えるかもしれない。

トラックだけじゃない燃料電池のヘビーデューティ用途

燃料電池システムでも「規模の経済」の追求が重視される曲面に入った

大型トラック

 燃料電池技術が本領を発揮する分野とされるのが長距離トラック輸送だ。運送事業者は燃料コストや人件費が高騰するなか、柔軟に、そして最小限のダウンタイムでトラックを運行することが求められる。

 BZA375は当初からこうしたニーズに対応するために設計された。実際の条件下で100km当たりの水素消費量が6kg未満という燃費を実現するとしており、長距離トラックに必要とされる1000kmの航続距離と、ディーゼル車と同等の燃料補給時間、25,000時間の耐久性を実現する。水素の価格については製造コストや政策的な支援の影響もあるので確定的なことは言えないが、燃費の向上が魅力的なTCO(総保有コスト)につながることは間違いない。

バス

 セルセントリックが設立されるよりかなり前の話になるが、1997年に当時のダイムラー・ベンツは「ネバス(Nebus)」という燃料電池バスを試作している(車名は”New Electric Bus”の略)。出力250kWの燃料電池スタックを搭載しており、その後、ダイムラーは燃料電池がバスに適したパワートレーンであることを乗客を乗せた都市バスの運行を通じて実証している。

 その経験がセルセントリックの設立につながっていることは言うまでもなく、前身組織を含めれば開発の始まりは燃料電池バスだった。

 長距離バスのタイトなスケジュールに対応するには、航続距離、快適性、短い燃料補給時間が求められるが、BZA375は何も犠牲にすることなく、ゼロエミッションでそれを実現できる。

定置発電機

 定置式の燃料電池発電機はBZA375で訴求したい用途の一つだ。車載式の燃料電池には定置式より高度な仕様が求められるいっぽう、魅力的な価格設定をするには規模を追求する必要もあり、車両以外の市場も開拓しなければならない。近年、データセンターなどの施設で電力需要が急増しており、従来型の発電機と同等以上のメリットを提供する定置式燃料電池発電機には潜在的な需要がある。

鉄道輸送

 鉄道においても脱炭素化は喫緊の課題となっている。架線からの給電を受けられる電化区間は限られており、ディーゼル機関車が様々な路線で活躍するいっぽう、バッテリー式の機関車は距離や運行時間などに限界があるため、燃料電池システムによりバッテリーを補完することが考えられている。電気駆動のパワートレーンに燃料電池を組み込むことは比較的容易だ。

鉱山開発

 鉱山用の車両や機械は高い稼働率が求めらる。複数シフト体制による24時間・365日体制も一般的で、信頼性とともに燃料補給によるダウンタイムの最小化も必要。多くの鉱山は僻地にあるため電力網へのアクセスが限られ、トラックと同様、積載量が利益に直結するため、鉱山開発において燃料電池はバッテリーより優れたソリューションとなる可能性がある。また、長期投資が必要となる事業であり、将来的な規制に備えるためにも実績のある技術に基づいて計画的に取組を進めることが不可欠だ。

燃料電池技術の背景にある水素エコシステム

電動ターボチャージャーなど、ディーゼルエンジンとも似た構成に

 インフラがなければ新技術の活用は進まない。燃料電池の普及、ひいてはBZA375が市場でそのポテンシャルを最大限に発揮できるかは、包括的かつ調和のとれた水素エコシステムの構築にかかっている。

 電動化を契機に中国メーカーの進出が続いている欧州は今、岐路に立たされており、早期に対策を講じなければクリーンで競争力のある輸送システムに移行する機会を逃し、世界に後れを取るかもしれない。

 加えて、ウクライナ紛争とホルムズ危機を経て、水素は経済だけでなく「レジリエンス」(危機に瀕した際に社会・経済を正常に戻す復元力のこと)において重要な役割を果たすという考え方が急速に広まった。

 戦略的に自立を守り、経済成長と雇用を維持しながらネットゼロを達成するにはバッテリーと水素を組み合わせる必要がある。セルセントリックは、この道筋によりインフラコストを削減しつつ、水素モビリティ単独で50万人の雇用とバリューチェーンを欧州域内に創出するとしている。

 水素のポテンシャルを解放するには、燃料電池システムの量産化が不可欠で、現状では世界をリードするBZA375はそのための試金石となるだろう。セルセントリックの次世代燃料電池は、水素エコシステムの推進と、エネルギーのレジリエンスを実現するために重要な役割を担っている。

 なお、EUは2030年までに大型トラック・バスからのCO2排出量を2019年比で45%削減することを掲げている。そのためには大型車向けの水素ステーション(700バール圧力の高圧水素、もしくはsLH2=サブクールド液化水素)を欧州に2000か所整備する必要があるという。

 現在のガソリンスタンドが、乗用車(ガソリン)と大型車(軽油)の両方に対応しているように、バッテリーと水素の両方に対応したインフラを整備するほうがコスト効率が高い。セルセントリックは業界レベルから政治・政策レベルまで、あらゆる水準で水素エコシステムの拡大を支援するため、欧州の代替燃料インフラ規制(AFIR)の改正を求めているようだ。