まさか…大発見とは気づかなかった。消したくても「消えないノイズ」は、138億年前の「ビッグバンの残光」だった

夜空を見上げ、宇宙の果てを考えることと、物質の起源を探ることは、実は同じ問いにつながっているのかもしれません。

宇宙の始まりと物質の最小単位を円環として結ぶ 「ウロボロスの蛇」。その環は、宇宙誕生の謎(マクロ)と物質の根源である素粒子(ミクロ)が繫がっていることを示している……。

このウロボロスの蛇を手がかりに、 その接点に潜む究極の謎へ迫った1冊『宇宙のはじまりと素粒子 ウロボロスの蛇でたどる現代物理学』(講談社・ブルーバックス)は、最新の宇宙論と素粒子物理学が交わる地点をたどっていく一冊です。

本書は「夜空はなぜ暗いのか?」という素朴な問いから出発し、星や銀河の形成、さらに物質の根源である素粒子へ向かって、究極の謎へと迫っていきます。現代物理学がどのように世界をとらえようとしてきたのか。

今回は、観測できるビッグバンの痕跡「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」についての解説をお届けします。138億年前の痕跡を、どうして観測できるのでしょうか。その発見の経緯から、温度・光・電波の関係をわかりやすい解説でお届けします。

*本記事は、『宇宙のはじまりと素粒子 ウロボロスの蛇でたどる現代物理学』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

ビッグバン残光の温度

既出の記事で赤方偏移について取り上げましたが、膨張によって宇宙は冷えている、つまり宇宙空間を飛び交う光の波長は伸びている、という事実があります。

ビッグバンの熱放射も138億年という長い時間をかけて、波長が伸びます。そうすると、あたかも冷たいものから発せられる熱放射のようなものとして、宇宙に残っているはずです。

図「光の波長とものの大きさの比較」に、光の波長とそれに対応するものの大きさを示してみました。ビッグバンからの熱放射が現在はどんな光として宇宙に残存しているかというと、なんと波長数ミリメートル程度の超微弱な光です。この波長になるともはや「電波」と表現している帯域で、通信業界などではより細分化して「ミリ波」という呼び方をする帯域です。

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光の波長とものの大きさの比較。ビッグバンの頃に発せられた熱放射は、現在では数ミリメートル程度の波長の光 (=電磁波)として、宇宙に残っている

熱放射ですから、実際にはいろいろな波長をもった電磁波の重ね合わせです。なので、熱放射はその波長分布に相当する温度で表現したほうが、科学的により正確な表現です。

では、ビッグバン残光がどのくらい「冷たい」熱放射かというと、2.7ケルビンになります。ケルビンとは絶対温度の単位で、ケルビンに273を足したものが我々が日常で使う摂氏温度(℃)です。

つまり、2.7ケルビンとは摂氏で表すとおよそマイナス270℃になり、とてもとても冷たい熱放射です。なお、0(ゼロ)ケルビンがその名のとおり絶対零度であることからも、それに近い2.7ケルビンがいかに冷たいものであるかという認識をもてるかもしれません。

ビッグバン残光「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」の発見

ビッグバン残光は、米国・ベル研究所のアーノ・ペンジャースとロバート・ウィルソンによって1964年に初めて検出されました。

彼らは通信用に開発された大きなアンテナ受信機を天体観測に応用するために、そのノイズを極限まで減らそうと努力をしていました。しかしながら、どうしても減らすことのできない余剰の信号が常にあり、それは天体のない空のどの方向を見ても同程度の強度でした。

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アーノ・ペンジアス(右)とロバート・ウィルソン(左)。二人の後方にあるのが、CMBを発見したアンテナ受信機 photo by gettyimages

この空のどの方向を見ても常に同じ信号であることこそが、ビッグバンに由来する熱放射の信号である確固たる証拠です。なぜなら、ビッグバンの頃は宇宙のあらゆる場所からあらゆる方向へ熱放射が発せられていたわけですから。

知らないうちに大発見していた

さて、ペンジャースとウィルソンは大発見をしているはずなのですが、彼らはとても悩みました。なぜなら、ビッグバン残光のことを知らなかったからです。でも、悩むのも当たり前ですよね。得体の知れないノイズが常に入り込んでいるということですから、観測装置になんらかの欠陥があると考えてしまっても仕方がありません。

実はちょうどその頃、ロバート・ディッケ率いるプリンストン大学の研究グループがビッグバン残光を捉えようと実験を検討していました。偶然にもペンジャースとウィルソンの悩みを聞いた別の研究者がディッケたちが検討している実験のことを知っていたため、2人にディッケに相談するように促したそうです。

早速、2人はディッケに電話をかけ、自分たちの研究について相談をしました。そして、この電話相談によって、ペンジャースとウィルソンは大発見をしていた事実を認識し、ディッケは2人に先を越されてしまったことを認識した、というのは有名な話です。

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ビッグバン残光を捉えようと実験を検討していた、アメリカの物理学者、ロバート・H・ディッケ(1916〜1997)。彼は、ペンジャースとウィルソンの悩みが、じつは大発見だったことを認めた photo by gettyimages

さて、ペンジャースとウィルソンが使用していた観測装置はマイクロ波と呼ばれる波長数センチメートルの電波帯域に感度があったため、発見されたビッグバン残光は「宇宙マイクロ波背景放射」と命名されました。

英語で書くとCosmic Microwave Background-radiationとなり、その頭文字をとってCMB(シーエムビー)とも呼ばれます。あらゆる星よりもさらに遠く、つまりあらゆる星の背後から到来している熱放射だから背景放射(Background-radiation)と表記されているわけです。

CMBはビッグバン残光であると共に、宇宙最古の光でもあるわけですね。なお、ペンジャースとウィルソンにはCMBを発見した功績に対して1978年にノーベル賞が授与されています。

CMBが熱放射であることの検証

熱放射はいろいろな波長の光を含む特徴的な強度分布をしています(図「熱放射と光の色」)。CMBもビッグバンの熱放射ですから、同じようにいろいろな波長の電波を含む特徴的な強度分布であるはずです。

このことを高い精度で検証するまでには、ペンジャースとウィルソンの発見から30年以上の時間を要しました。その理由は、地球大気のない宇宙空間で観測する必要があったからです。

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熱放射と光の色。太陽の熱放射は光の三原色に相当する波長の光をまんべんなく含むので「白く」 見える

大気の影響で、地表に届かない帯域がある…解決するには?

宇宙空間から地表に到来する電波の透過率を図「宇宙空間から地表に到来する電波の透過率」に示します。宇宙と地表の間にある大気の影響によって、いくつかの波長では全くと言っていいほど電波が透過しないことがわかります。

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宇宙空間から地表に到来する電波の透過率

熱放射の特徴的な強度分布を測るためには、CMBを広い帯域にわたって測る必要があります。そのためには、広い帯域にわたって透過率が良いことが要求されるので、観測装置を宇宙にもっていく必要がありました。

宇宙空間でCMBを観測したCOBE(コービー)実験

広い帯域を観測できる装置をロケットで宇宙空間にもっていって、CMBを観測した実験がCOBE(コービー)です。

図「COBE実験」に示すように、ジョン・マザーとジョージ・スムートによって率いられ、熱放射の特徴的な強度分布を非常に高い精度で検証しました。観測帯域は、波長0.3ミリメートルから1センチメートルにもわたり、まさに宇宙空間でなければできない実験でした。

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人工衛星COBE illustration by NASA

今日におけるCMBの放射温度(熱放射の実効的な温度)は、この強度分布の測定結果に基づいて2.725±0.002ケルビンと、誤差0.1%を切るような精度で決められています。ものすごい精度ですね。

地球の外で観測したら、こんなによくわかった…じつは、COBE実験の成果はこれにとどまりません。CMBというと、色や濃淡で示したまだらのマップを思い浮かべる方も多いと思いますが、じつはあの入り乱れたように見えるグラデーションには、大きな意味が隠されていました。