物理学者が「位置と時刻の関数では物足りない」と、考えるわけ…じつは、それでは「ミクロな世界を支配する現象」の扱いに困る、という切実な理由
物理学者たちが長年追い求め、そしていまだに未達成である「四つの力の統一」を説明できる可能性をもった、物理学の最新理論「ホログラフィー原理」。それは「重力が司っているこの世界は、じつは重力とは関係ない力とその力を受けて運動している物質からなるホログラムの像のようなものである」というもの。
量子力学よりもさらに不思議でつかみどころのない最新理論を、人気の物理学者である橋本幸士教授がわかりやすく解説した『ホログラフィー原理とはなにか』(講談社・ブルーバックス)が刊行されました。
この記事シリーズでは、本書の解説から、とくに興味深いトピックを厳選して、ご紹介していきます。
今回は、物理現象が起きるシステムを記述する2つの方法と、ミクロの世界に特有な現象「量子ゆらぎ」についての解説をお届けします。
*本記事は、『ホログラフィー原理とはなにか 宇宙と素粒子を統一する最新理論』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
物理現象が起きるシステム…記述の仕方は、二つある
物理学において、物理システム、すなわち物理現象が起きるシステムには、二つの記述の仕方があります(図「物理システムの二つの記述の仕方」)。

物理システムの二つの記述の仕方
一つ目の記述の仕方は、高校で習う物理のように、運動している物体の運動の法則をそのまま考える方法です。例えば、物体の運動を記述するために、物体の位置を表す座標xを、時刻tの関数として考えてみましょう。
ボールの位置座標xが、x(t)=At2+Bt+Cと表される場合、この式に任意の時刻tの値を代入してやれば、ボールの位置xが計算できます。
このようなxのことを、物理学では「自由度」と呼びます。自由度とは、ある物理システムの状態を記述するときに必要となる変数のことです。自由度がどのように変化するかが分かれば、その物体がどのように運動するかなどが分かります。
これに対して、物理システムにはもう一つ記述の仕方があります。自由度と運動の法則を考える代わりに、自由度と作用を考える方法です。
作用の数式の中には、はじめから自由度を表す変数が関数の形ですべて含まれています。作用の数式が分かれば、自由度が従うべき運動の法則も作用から、変分原理を使って自動的に導くことができます。
物理学者は「作用を使った記述方法」を用いる…そのわけ
物理システムの二つの記述の仕方は、どちらを使うのがよいのでしょうか。実は作用によって物理システムを記述する方が二つの意味で優れており、物理学者は作用を使った記述方法を主に採用しています。
作用を使う一つ目のメリットは、作用の数式が分かれば、すべての自由度についての運動法則をそこから導けることです。
まっすぐな溝に沿ってボールを転がすような直線的な運動(1次元的な運動)なら、ボールの位置を表すにはx座標だけを考えればよいですが、3次元空間をボールが自由に動き回るような運動ならy座標とz座標も必要になります。つまり、ボールは一つですが、ボールを記述するのに必要な自由度(変数)は三つということになります。
投げ上げられたボールの運動を考えてみましょう(図「3次元空間でのボールの運動」)。

3次元空間でのボールの運動
空気抵抗を無視できるとすると、ボールはx座標方向には、最初に投げられたときの速さ(初速のx方向成分)を保ったまま進みます(等速運動)。y座標方向も同様です。
一方、z座標方向は下向き(負の向き)に重力を受けるので、徐々にz座標方向の速さは遅くなっていき、ついには速さゼロとなり、今度は下向きに運動するようになります(自由落下運動)。このように、x座標、y座標、z座標と自由度ごとに、それぞれが時間とともにどう変化するかを別々に考える必要があるのです。
一方で、作用による記述の仕方を使う場合、すべての自由度を含む作用の式が一つ分かれば、変分原理を使ってそれぞれの自由度の変化の仕方を導くことができます。素粒子の標準模型では、17種類の素粒子のそれぞれの運動を考える必要がありますが、作用という一つの数式の形が分かれば、そこからすべての素粒子の運動を導き出すことができるのです。
なお、標準模型の17種類の素粒子の内訳は、クォークという素粒子の仲間が6種類、電子の仲間(レプトン)が6種類、力を伝える素粒子が4種類(光子、W粒子、Z粒子、グルーオン)、そして最後の一つが、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子です。
ミクロな世界を支配する現象
作用を使う二つ目のメリットは、ミクロの世界の物理学である量子力学の基本原理と直結していることです。
ミクロな粒子である電子の運動を例に考えてみましょう。
電子は原子の中に閉じ込められていますが、これは原子核との間に発生する電気力(クーロン力)が引力として働き、電子が逃げ去ろうとするのを妨げるからです。この状況は、エネルギーの山によって囲まれた電子が、原子の中(エネルギーの谷)に閉じ込められている、とみなすことができます(図エネルギー的に越えられない山をすり抜ける量子トンネル現象)。

エネルギー的に越えられない山をすり抜ける量子トンネル現象
さて、原子に電圧をかけると、電子がこぼれ出てきます。電圧が非常に大きい場合は、エネルギーの山を乗り越えて電子が出てくるのですが、電圧がそれほど大きくなくとも、電子は時々漏れ出てきます。エネルギーの山に囲まれているはずなのに、どうして電子は弱い電圧をかけるだけで出てくることができるのでしょうか?
電子が野球のボールのようなものだとすれば、山を越えるだけのエネルギーを持っていない電子は決して山を越えることはできません(図「エネルギー的に越えられない山をすり抜ける量子トンネル現象」の左)。しかしミクロの世界では、あらゆるものが揺らぐことが分かっています。このようなミクロな世界に特有な揺らぎを「量子揺らぎ」と呼びます。
ミクロな電子の運動には常に揺らぎが伴います。そのため、電子が山を越えるエネルギーを持っていない場合でも、電子の持っているエネルギーの値が揺らぎ、山を越えてしまうことがあります。電子があたかも山をすり抜けたかのようにも見えるので、
このような現象は「量子トンネル現象」と呼ばれています(図「エネルギー的に越えられない山をすり抜ける量子トンネル現象」の右)。電子はこの量子トンネル現象によって、弱い電圧でも原子の中から山を越えて出てくることがあるのです。
以上の例からも分かるように、電子のようなミクロな粒子の運動は量子揺らぎの効果によって、運動の法則を少しだけ破ることができます。一般に、小さな揺らぎほど起きる確率は高く、大きな揺らぎほど起きる確率は低くなります。
宇宙を支配する数式は、作用の形で書かれているのは、すべての素粒子の振る舞いが自由度(変数)として含まれており、重力の効果も含まれているためです。そして、作用を使って「分配関数」と呼ばれる数式を考えることにより、揺らぎを含めた素粒子の振る舞いも記述することができるのです。
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ホログラフィー原理とはなにか 宇宙と素粒子を統一する最新理論
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