「ブラックホール」の表面積は、増え続ける。二人の物理学者が示した「時空の穴に、エントロピーが適用」できる。その納得の理由

物理学者たちが長年追い求め、そしていまだに未達成である「四つの力の統一」を説明できる可能性をもった、物理学の最新理論「ホログラフィー原理」。それは「重力が司っているこの世界は、じつは重力とは関係ない力とその力を受けて運動している物質からなるホログラムの像のようなものである」というもの。

量子力学よりもさらに不思議でつかみどころのない最新理論を、人気の物理学者である橋本幸士教授がわかりやすく解説した『ホログラフィー原理とはなにか』(講談社・ブルーバックス)が刊行されました。

この記事シリーズでは、本書の解説から、とくに興味深いトピックを厳選して、ご紹介していきます。

今回は、ヤコブ・ベッケンシュタインが提唱し、スティーブン・ホーキングが示した「ブラックホールの表面積と、エントロピーの対応」について、詳しく見ていきます。

※本記事執筆者である、橋本幸士・京大教授のトークショーが開催されます。詳しくはこちら。ぜひ、ご参加ください※

*本記事は、『ホログラフィー原理とはなにか 宇宙と素粒子を統一する最新理論』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

エントロピーとは「自由度の多さ」

「ブラックホールの表面積は増えつづける」という性質が、エントロピー増大の法則と似ていることに気づいたヤコブ・べケンシュタインは、ブラックホールの表面積は、エントロピーに対応しているのではないかと考えました。

*ヤコブ・べケンシュタインの着想については、前回記事参照

エントロピーとは「自由度の多さ」, 「完敗。盤面真っ黒」のオセロ盤…エントロピーは、大きい? それとも、小さい?, ブラックホールには温度があり、最終的に蒸発する, ホーキングが見出した「ブラックホールで起こっていること」, ブラックホールはエントロピーをもつ

ブラックホールの表面積=エントロピー。べケンシュタインは、ブラックホールが太りつづけるという法則と、熱力学の第二法則である「エントロピー増大の法則」の類似性に気づき、事象の地平面の面積がエントロピーなのではないかと類推した(前回記事から再掲)

では、そもそもエントロピーとは何か、というところから確認してみましょう。

エントロピーとは、「乱雑さ」のことだとよく説明されるのですが、「物理システムの自由度の多さの尺度」だともいえます。乱雑さと自由度の多さとの関係を以下で詳しく見てみましょう。

エントロピーを理解するためには「状態数」という概念を知っておく必要があります。状態数とは、与えられた物理システムが取うる状態の総数のことです。

例えば、オセロの盤面を考えてみましょう。話を簡単にするため、8×8のすべてのマスに石が置かれているとします。それぞれの石は、白の面か黒の面のどちらかが表になっています。このときに取りうる白黒のパターンの総数が状態数です。

この場合、状態数は2の64乗になります。なぜなら、それぞれのマスで白か黒かの2通りがあり、そしてマスの数が64個あるので、すべての場合の数を計算すると、2を64回かけることになるからです。

エントロピーとは、状態数の対数(に比例定数を掛けたもの)のことです。対数とは、例えば2の64乗という数から、6という数(「ベキ」と呼ばれます)だけを取ってくる数学的な操作のことです。つまり、状態数に現れるベキの部分が、エントロピーと一致することになります(より正確には比例定数の分だけ値が異なります)。

「完敗。盤面真っ黒」のオセロ盤…エントロピーは、大きい? それとも、小さい?

この64という数はオセロのマスの数、つまり石の数だったことを思い出しましょう。それぞれの石が白もしくは黒という状態を取りうるとして、そういった石が何個あるかがエントロピーなのです。

白の面を0、黒の面を1と表すと、オセロの盤面という物理システムは、それぞれの石の状態を一つの自由度(変数)として記述できることになります。つまり、「エントロピーとは、その物理システムがもつ自由度の数のことである」ともいえるわけです(図「エントロピーとは?」)。

ここまでの説明では、石は白と黒の面のどちらにもなりうるという前提で話を進めてきましたが、仮に、すべての石は同じ面を表にしなくてはならない、という制約があるとすると、8×8マスの盤面の取りうる状態の数は2(2の1乗)になります(全部白か全部黒かの2通り)。つまりエントロピーは1という小さな値になります。

「すべての石が同じ色」という状態は乱雑さの小さい状態であり、「それぞれの石がどちらの色にもなれる」という状態は乱雑さの大きい状態だといえます。

これが「エントロピーとは乱雑さのことである」といわれる理由です。

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エントロピーとは? エントロピーは「状態数の対数」で与えられ、おおよそ「自由度の数」だといえる

きれいに片づけた部屋は乱雑さが小さい(エントロピーが小さい)状態だといえますが、時間が経つと自然に散らかり、乱雑さが大きい(エントロピーが大きい)状態になっていきます。これがエントロピー増大の法則の直感的なイメージです。

ブラックホールには温度があり、最終的に蒸発する

前回の記事で触れたように、べケンシュタインは、ブラックホールの表面積の増大の法則が、エントロピー増大の法則と同じものであると考えました。べケンシュタインのいうように、ブラックホールが熱力学に従ってエントロピーをもつのなら、ブラックホールも熱力学の基本的な量である「温度」をもっている必要があります。このことを理論的に示したのがホーキングです。

ホーキングは、事象の地平面の近くの素粒子の振る舞いについて考えました。ブラックホールの近くでは、時空が曲がっているため、素粒子は特殊な振る舞いをします。

それぞれの素粒子には、「反粒子」と呼ばれる、元の粒子と質量が同じで、逆の電荷をもつパートナーが存在します。例えば、マイナスの電荷をもつ電子には、質量が同じでプラスの電荷をもつ反電子(陽電子)というパートナーが存在します。高いエネルギーを一ヵ所に集中させるなどすると、粒子と反粒子のペアを生み出すことができます。これは「対生成(ついせいせい)」と呼ばれる現象です。

一方、粒子と反粒子のペアがぶつかると、エネルギーを放出して消えてしまいます。これは「対消滅(ついしょうめつ)」と呼ばれる現象です(図「対生成と対消滅」)。

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対生成と対消滅

ミクロの世界ではエネルギーの量子揺らぎによって、粒子と反粒子のペアが一瞬だけ対生成して、すぐに対消滅するといったことが常に起きています。

ホーキングが見出した「ブラックホールで起こっていること」

ホーキングは、ブラックホールの事象の地平面の近くでの対生成について考えました。

事象の地平面の近くで、量子揺らぎによって粒子と反粒子のペアが誕生すると、その片方がブラックホールに吸い込まれてしまい、もう片方はブラックホールから逃げていく、といったことが起きる場合があります。ホーキングは、この現象がブラックホールからあたかも粒子が放出されたかのように見えることを示しました。

さらに、この現象について計算してみると、ブラックホールからやってくるたくさんの粒子のエネルギーは特殊な分布になっており、温度をもった物体から放射される粒子のエネルギー分布(熱放射の分布)と同じであることが分かりました。

黒い炭も高温になると明るく光ります。これが熱放射で、炭が温度に応じて様々なエネルギーの光子を放出していることを意味します。物体の温度が低いうちは、熱放射で出てくるのは光子くらいですが、温度が非常に高くなってくると、電子・陽電子などの粒子も放出するようになります。

この現象とブラックホールの粒子の放出が、同じ現象だとみなせることをホーキングは理論的に示したのです。

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ブラックホールの粒子の放出は、対生成と同じ現象だとみなせる。ホーキングは、このことを理論的に示した illustration by iStock

ブラックホールはエントロピーをもつ

この発見によって、ブラックホールは物質を吸い込むだけではなく、粒子を「放出する」こと、つまり熱放射を発することもでき、ブラックホールは熱力学の基本的な量である温度をもつということが分かりました(図「ブラックホールは温度をもつ」)。この現象を「ホーキング輻射(ふくしゃ)」、ブラックホールのもつ温度を「ホーキング温度」と呼びます。

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ブラックホールは温度をもつ。ホーキングは、事象の地平面の近くのミクロな様子を調べることによって、ブラックホールが温度をもつことを示した

ブラックホールはホーキング輻射によって少しずつ小さくなっていき、最後には“蒸発”し、消滅してしまうと考えられています。ただし、通常の大きさのブラックホールのホーキング輻射は極めて微弱で、蒸発するには宇宙年齢を遥かに超える時間が必要だと考えられています。

このように、べケンシュタインとホーキングは、ブラックホールという時空の穴に対して、熱力学が適用できることを示しました。このことにより、べケンシュタインが提唱した「ブラックホールはエントロピーをもつ」という仮説は正しそうであるという見方が強まっていきました。

「しかし、べケンシュタインの“ブラックホールのエントロピーは表面積に比例する”という考え方は、解釈が非常に難しい」と著者は続けます。いったいどういうことでしょうか。じつは、この点がのちの「ホログラフィー原理」へとつながっていくポイントでもあるのです。

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