ブラックホールの情報。その本質は、中身にはない…この宇宙は3次元空間である、という「常識をくつがえす、ホログラフィー原理」。その誕生のとき

物理学者たちが長年追い求め、そしていまだに未達成である「四つの力の統一」を説明できる可能性をもった、物理学の最新理論「ホログラフィー原理」。それは「重力が司っているこの世界は、じつは重力とは関係ない力とその力を受けて運動している物質からなるホログラムの像のようなものである」というもの。

量子力学よりもさらに不思議でつかみどころのない最新理論を、人気の物理学者である橋本幸士教授がわかりやすく解説した『ホログラフィー原理とはなにか』(講談社・ブルーバックス)が刊行されました。

この記事シリーズでは、本書の解説から、とくに興味深いトピックを厳選して、ご紹介していきます。今回は、本来体積についての理論であるエントロピーを、ブラックホールの表面積に対応させたことについての問題と、そこから生じた新た原理の誕生について解説します。

*本記事は、『ホログラフィー原理とはなにか 宇宙と素粒子を統一する最新理論』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

体積ではなく、表面積にある…ブラックホールの本質

べケンシュタインとホーキングの研究により「ブラックホールはエントロピーをもつ」という仮説は正しそうであるという見方が強まっていきました。

ブラックホールは温度をもつ。ホーキングは、事象の地平面の近くのミクロな様子を調べることによって、ブラックホールが温度をもつことを示した(前回記事から再掲)

しかし、べケンシュタインの「ブラックホールのエントロピーは表面積に比例する」という考え方は、解釈が非常に難しいものです。通常の物理学によると、エントロピーは物体の体積に比例します。

例えば、中に何かが入っている箱を考えると、箱の中のモノの自由度の数は、箱の表面積ではなく体積に比例すると考えるのが自然です。箱の中の空気の分子の総数は表面積ではなく、体積に比例します。

しかしべケンシュタインによると、ブラックホールの場合、エントロピーは体積ではなく表面積に比例している、となっています。ブラックホールの場合、エントロピーはブラックホールの事象の地平面に囲まれている体積、つまりブラックホールの体積に比例しそうですが、そうではないのです。

べケンシュタインとホーキングによって理論的に導かれたブラックホールの熱力学の関係式を信じる限り、ブラックホールのエントロピー、すなわちブラックホールのもっている情報は、「ブラックホールの中に存在するのではなく、その表面に何らかの形で“書き込まれている”」といえそうです。

「ホログラフィー原理」誕生

1993年から1995年ごろ、トホーフトとサスキンドは、この考え方をブラックホールに限らない、この宇宙全体に適用できる本質的な原理だと考えました。

すなわち、3次元空間の重力現象の情報は、なぜかは分からないものの、2次元空間に“書き込まれた情報”だけで記述できるはずだと考えたのです。この考え方は、まるでホログラムのようであるため、「ホログラフィー原理」と呼ばれるようになりました。

このように、ホログラフィー原理は、ブラックホールに対する考察から生まれました。

ホログラフィー原理は、ブラックホールに対する考察から生まれた illustraton by iStock

トホーフトとサスキンドは、ブラックホールという天体で考えられていたアイデアを、重力が働く空間全体に適用し、宇宙全体の原理にまで一般化したのです。理論的にブラックホールのもつエントロピーは、その空間がもちうるエントロピーの最大値になると考えられました。

つまり、べケンシュタインとホーキングによって導かれたブラックホールのエントロピーの式は、空間自体がもっている性質を示しており、宇宙全体に適用できるはずだと考えられたのです。

ホログラフィー原理研究が一気に花開いたきっかけ

サスキンドの有名な論文に「ホログラムとしての世界(The world as a hologram)」というタイトルの論文があります。サスキンドは、「重力が働いているのが私たちの宇宙なのだから、ホログラフィー原理は宇宙全体に適用されるべきであり、したがって、私たちの宇宙は結局、ホログラムなのではないか」と主張しました。

ホログラフィー原理は、ブラックホールと熱力学との間の類推から生まれたため、当初はその信憑性は確かなものとはみなされませんでした。しかしその後、フアン・マルダセナ(1968〜)によって、ホログラフィー原理が機能する具体例が示され、研究が一気に花開くことになります。

マルダセナ氏と筆者

シュバルツシルトのブラックホール解の発見から80年余りの時を経て、ブラックホールの性質についての探究は、宇宙全体を支配する原理の提案へと昇華したのです。

ホログラフィー原理は、より専門的には「AdS/CFT対応」とも呼ばれますが、一体どういうことでしょうか。その詳しい解説の前に、今回登場したフアン・マルダセナが示した「ホログラフィー原理」についての論理を見ていきたいと思います。