「つり革つかんだまま焼け焦げた人も」高校生23人が聞き取った戦争経験者の壮絶証言

戦争体験者を取材して制作した動画を発表する生徒ら=松山市の愛媛大学付属高校(前川康二撮影)

戦後80年を迎え、先の大戦を知る語り部が少なくなるなか、愛媛大学付属高校(松山市)の生徒らが戦争体験者にインタビューした動画コンテンツを制作した。原爆の被害や空襲、食糧難など当時の様子を4人の体験者から聞き取り、5本の動画にまとめた。撮影には地元テレビ局も協力し、動画投稿サイト「ユーチューブ」などで公開している。生徒は「当時の様子を直接聞くことで、より平和の大切さを実感した。多くの人に見てほしい」と話している。

動画制作は今年2月、当時1年の生徒を対象にしたメディアリテラシー教育の一環としてスタートした。テレビ愛媛の協力のもと、メディアの情報を正しく判断し活用する方法などを学ぶなか、作り手側を体験することで、より深い学びにつなげようと企画された。

希望する生徒23人で扱う題材を相談。戦後80年の節目に合わせ、若者への戦争体験の伝承や当事者の話を直接聞くことの重要性、伝わりやすい表現を学ぶことなどを目的に、「戦後80年プロジェクト」として当時を知る人々のインタビュー動画を制作することにした。

取材対象として戦争を体験した生徒の親戚や地元で語り部活動に取り組む人たち4人を選んだ。

広島で胎内被爆し、昨年ノーベル平和賞を受賞した日本被団協四国ブロック代表理事の松浦秀人さん(79)に全員でインタビューを実施。その後、5班に分かれ、戦争体験者の白石功さん(85)、高須賀玉子さん(93)、中山厚さん(92)にそれぞれインタビューを行った。

インタビューでは生徒が率先して質問を投げかけて体験談を聞き取り、映像や音声はテレビ局スタッフが収録した。生徒は編集作業にも取り組んだ。1時間以上に及ぶ収録の中から、使う発言部分を選んだり、必要な情報を補うためのナレーションに挑戦したりして4~10分程度の動画5本が完成した。生徒の一人、石原優花さん(16)は「伝えたい部分を抜き出し、同世代も見やすいよう短い時間にまとめるのが難しかった」と話した。

生徒たちが制作した動画の1シーン。テロップや生徒によるナレーションも挿入され、分かりやすく編集されている(テレビ愛媛公式ユーチューブチャンネルより)

動画で悲惨さ伝え

生徒らが制作した動画は7月に同校に開かれた発表会で披露された。

松浦さんが母の被爆体験を語った動画は「橋の上には死体が散乱し、電車のつり革をつかんだまま真っ黒に焼け焦げた人もいた。戦後も被爆者はまるで伝染病患者のように差別を受けた」と原爆の悲惨さをクローズアップ。松浦さんを取材した別の班の動画は戦争のない社会に向けて「日頃から社会的、政治的な関心を持って、ぜひ投票してほしい」と松浦さんが呼びかける姿を伝えた。

自宅で生徒たちが制作した動画を視聴する中山厚さん=松山市(前川康二撮影)

動画では体験者がそれぞれ当時の生活や思いなどを語った。白石さんは「物資もなく衣服はつぎはぎだらけ。食べ物もないんよね、あの頃は。栄養失調でちょっとした病気になると死んでしまった」と厳しい戦時下の暮らしぶりを説明。高須賀さんは「泣いた人もいたし、辛いんが勝った。これからアメリカさんが来て、連れていかれるんかと思った」と終戦の日の様子を振り返った。

「平和の尊さ紡いで」

生徒たちは「直接話を聞くことで戦争への理解が深まった」「印象深い本人コメントをどこで使うか悩んだ」などと感想を発表。同校の吉村直道校長は「戦争は加害者も被害者も全員苦しむことになる。今後はなぜ戦争になったのか、双方の立場に立って考えを深めてほしい」と総括した。

インタビューで終戦直前の松山大空襲について語った中山さんは、自身が登場する動画を自宅で視聴。「年を重ねるごとに『当時のことを伝えなければ』という思いが強くなる。伝えたいことをうまくまとめてくれた」と喜び、「若い人たちが戦争に関心を持ち、周りに伝えようとしてくれてうれしい。これからも戦争の悲惨さ、平和の尊さを紡いでいってほしい」と平和への思いを託した。(前川康二)

動画はテレビ愛媛のホームページ特設コーナー「戦後80年~未来につなげる」(https://www.ebc.co.jp/news/2025peace/)、または同社の公式ユーチューブチャンネルで公開されている。