山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235球の真実

山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235球の真実
連日登板しドジャースを球団史上初の2連覇に導いた山本がMVPトロフィーを掲げる(11月1日) ERICK W. RASCOーSPORTS ILLUSTRATED/GETTY IMAGES
<投手分業制が常識となったメジャーの常識を覆し、仲間から「英雄」と讃えられた。名言「負けは選択肢にない」とともに、山本はMLBの歴史に新たな伝説を刻んだ>
ドジャースのワールドシリーズ(WS)制覇から2日後の11月3日。ロサンゼルスのドジャースタジアムで行われた優勝報告会で選手たちの先陣を切ってグラウンドに登場し、5万人の大歓声を浴びた山本由伸を見ながら、ロサンゼルス・タイムズ紙のディラン・ヘルナンデス記者がつぶやいた。
「万が一、山本が来年から投げられなくなっても、もう大丈夫でしょう。ファンにとって彼は英雄。それくらいのことをした」辛口で知られる同記者らしく、決していい例えではなかったが、私は完全に同意した。山本は「それくらいのこと」をロサンゼルスにもたらした。
2023年オフにメジャーの先発投手史上最高額の12年総額3億2500万ドル(決定時のレートで約462億円)でドジャースと契約し、1年目の昨季は18試合に投げ7勝2敗、防御率3.00。右肩の故障で6月中旬~9月中旬まで約3カ月の長期離脱を経験した一方、ポストシーズン(PS)では4試合に投げ2勝0敗、防御率3.86と活躍し、最終的にはチームに欠かせない投手として存在感を発揮した。
ただ、3年連続で沢村賞を獲得したオリックス時代の山本を知る多くの野球ファンは「由伸ならもっとできる」と思っていたはず。2年目の今季はその真価が問われていた。

今年2月のキャンプ初日、ブルペンから指にかかった力強い球を投げ込んだ山本に「今年は違う」と首脳陣、選手、スタッフの誰もが感じた。
3月に東京ドームで行われたシカゴ・カブスとの開幕戦で開幕投手に指名されると、そこからは獅子奮迅の活躍。先発、救援問わず投手陣に故障者が続出するなか、シーズンを通してただ1人、先発ローテーションを守った。
地区優勝後のシャンパンファイト中に取材に応じた大谷翔平も「由伸は1年間、ローテーションを実質1人だけ守ってフルシーズン投げてくれた。チームのエースだと思っている」と評するなど、この頃にはナインから全幅の信頼を置かれていた。
山本の2年目のPSは神懸かり的だった。まずドジャースファンの心をグッとつかんだのは試合ではなく、ミルウォーキー・ブルワーズとのナ・リーグ優勝決定シリーズ第2戦の先発前日の10月13日に山本が会見で語った言葉だ。
「何としても負けるわけにはいかない」と日本語で発言し、「Losing isnʼt an option.(負けは選択肢にない)」と園田芳大通訳でない米メディアによって意訳されると、すぐにTシャツが製作され、キケ・ヘルナンデス、ジャスティン・ディーンらナインが練習時に着用するほどまでチーム内で流行。一方、日本ファンの間では「言っていない語録」として大きな話題を呼んだ。

24年ぶりのPS2試合連続完投勝利を達成 DAN HAMILTONーIMAGN IMAGESーREUTERS
MLBが「完投」を絶賛する訳
投手として大きな壁を一つぶち破った試合は、10月14日のブルワーズとの第2戦。9回を111球で投げ抜き、3安打1失点で完投勝利を収めた。PSでの完投勝利は17年のジャスティン・バーランダー(ヒューストン・アストロズ)以来、8年ぶり。日本人投手としては初だった。
投手のイニングや球数の制限、救援投手との分業制が当然のようになった現代野球では完投はほとんど見られない。
WS前日の10月23日、トロント・ブルージェイズの右腕マックス・シャーザーは、山本の完投勝利に触れ「本当に才能ある投手。僕は長いイニングを投げられる先発投手が大好き」と絶賛。通算221勝、サイ・ヤング賞3度を誇る41歳のシャーザーの現役18年間でさえ完投数は12だ。
「日本の先発投手の育成法に感銘を受けている。日本では先発を120球投げさせて育てる。アメリカは逆に球数制限が厳しく、『全力投球型』になり、故障者が増えているように感じる」と続けた。
そして、10月25日のブルージェイズとのWS第2戦。山本は105球を投げ4安打1失点、8奪三振でWS初完投勝利。01年のカート・シリング(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)以来24年ぶりのPS2試合連続完投勝ちとなった。

先発で6回まで投げWS2勝目 ROBERT GAUTHIERーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES
今季限りで現役引退を表明している通算223勝、サイ・ヤング賞3度の同僚である左腕クレイトン・カーショウは試合後に感心したようにこう言った。
「これが『野球が戻るべき姿』の兆しかもしれない。先発投手同士の真っ向勝負、試合終盤まで投げ合う姿はいつだって魅力的。今回のヨシ(山本)の投球が将来のヒントになる」
さらに、カーショウは好投の秘訣を「投げ方に無駄な動きが一切なくてとても効率的」と分析し、「ヨシの今の状態であれば150球でも投げられると思う」と語った。
シャーザー、カーショウのレジェンド2人が手放しでたたえた山本の投げっぷりは、現代のメジャーリーグの投手育成に一石を投じるかもしれない。
その後、山本は登板こそなかったが中1日で延長18回、6時間39分の死闘となった10月27日の第3戦でも準備し、19回から投げる予定だった。
本来は休養日。それでも、12、13回あたりから心の準備をしていたという。延長15回にウィル・クラインが登板し、残る投手は山本と、29日の第5戦で先発予定のブレーク・スネル、そしてDHの大谷。山本が投げられなければリーダー的存在の36歳の遊撃手ミゲル・ロハスが投げる予定だった。山本は覚悟を決めた。

9回途中から登板し延長11回で優勝を決め喜び爆発 GREGORY SHAMUS/GETTY IMAGES
延長18回にフリーマンがサヨナラ弾を放って死闘に終止符を打ち、幸い山本の登板機会は訪れなかったが、試合後にデーブ・ロバーツ監督がグラウンド上で山本を抱き締め感謝の気持ちを示しているシーンは日米の野球ファンに強い感動を与えたことだろう。
その後、クラブハウスで山本は「19歳の頃は何でもない試合で投げて、10日間くらい投げられなかったりした。そこから何年も練習し、WSで完投した2日後に投げられる体になったのはすごく成長を感じた。矢田修という方がどれだけすごいかを証明できた」と語り、オリックス時代から師事するトレーナーへの感謝の言葉を口にした。
「涙が久しぶりにあふれてきた」
なぜ、山本はここまで驚異的なパフォーマンスを維持することができるのか。矢田氏が推奨するやり投げトレ、三点倒立、ブリッジなど体の使い方を覚えるトレーニングのほかに、興味深いのは、登板後にアイシング療法を全く取り入れない点だ。この2年間、山本がアイシングをしているところを見たことがなかった。
山本によれば、転機は「18歳くらい。(オリックス時代の)1年目とか」。アイシングをした翌日より、しないときのほうが「すごく感覚良く練習ができた。そこから全部うまくいったので変わらず」という。一般的にアイシングは急性期のけがの腫れや痛みを抑え、回復を早める効果があるが、炎症による正常な治癒過程を妨げたり、回復を遅らせたりする可能性があるともいわれている。イチロー氏もアイシングをしないことで有名だ。
「いいと思った」ものは信じて取り入れる。ブレない信念と変化を恐れぬ勇気、そして自身が進化するために前例にとらわれないマインドは大谷とも共通するところかもしれない。
その後、山本は2勝3敗で後がない状況で臨んだ10月31日の第6戦に先発し、6回5安打1失点でWS2勝目。PS通算6勝は、ダルビッシュ有、田中将大を抜く日本人投手単独トップとなった。
この試合後の会見で、山本は「明日もプレーする人は大変だと思います」と笑い、ロバーツ監督も「明日は総力戦になる。全員が投げる」と語ったが、記者に「山本も含まれるのか?」と質問されると「すまない。山本は含まれない」と語っていた。
だが、事態は急転する。翌日の第7戦で試合前のキャッチボールを行い、ロバーツ監督が試合前会見で「本人は体調が良ければもちろんやる気はあると言っている」と発言。1-3の5回裏の守備を前に、山本とスネルが右翼後方のブルペンへと向かった。
そして、同点の9回1死一、二塁から連投で6番手として登板。最初の打者アレハンドロ・カークに死球を与え、満塁でも慌てなかった。ドールトン・バーショを二ゴロ、アーニー・クレメントをセンターフライに抑えて絶体絶命のピンチを救った。
5-4の延長11回1死一、三塁。カークのゴロをさばいた遊撃ムーキー・ベッツが二塁を踏み一塁送球で併殺を完成させると、全員が山本めがけて駆け出した。背番号18を中心に歓喜の輪が広がった。
「みんなが自分のところに来てくれた時は、今までで一番の喜びを感じた。涙も久しぶりにあふれてきた」
日本人選手では09年の松井秀喜以来、2人目となるWSでのMVPを受賞。WS胴上げ投手も13年の上原浩治以来2人目だった。今季5度目のシャンパンファイトは大谷に後ろから抱きかかえられた。その大谷は「彼が世界一の投手だと思っているし、チームもそう思っている。異論はないんじゃないかな」。世界で最高の賛辞だった。
WS3勝は01年ランディ・ジョンソン(ダイヤモンドバックス)以来24年ぶりで、全て敵地では史上初めて。伝説再現へのきっかけは、トレーナーの矢田氏だった。前夜の第6戦、山本は先発で6回、96球を投げて勝ち投手となり3勝3敗の逆王手とした。常識的に第7戦の出番はない。第6戦後に「1年間ありがとうございました」と同氏に感謝の言葉を伝えると「明日、ブルペン投球できるくらいには持っていこう」と思わぬ言葉を返された。
山本は直後に首脳陣に「第7戦に備えて治療を受けます」とメッセージを送信。
第3戦に続き、再び覚悟を決めた。第7戦の午前5時に矢田氏にラインを送り、午前中も治療を続けた。矢田氏は「筋力に頼るから次の日(体が)動かない。彼はそうでないものを求めている。考えにくいと思うが、昨日より今日のほうが良い」と語った。
試合前に体の張りや動きを確認。「練習してみたらすごく感覚が良くて、本当に気付いたらマウンドにいた」と語るほど「無の境地」だった。
延長18回の死闘を制した第3戦で「中1日」で準備した経験も生きた。「何があるか分からないという気持ちで試合に合わせていこうとなった」。1年目の昨季は右肩痛で長期離脱したが、今季はチーム最多12勝を挙げPSは6試合で5勝1敗、防御率1.45と目を見張る活躍だった。
チームは179試合を戦い抜いた。山本は開幕投手であり、最後のマウンドにも立っていた。「限界を超えたというような感覚はない。一つ新しい自分がいけるんだという自信になった」。世界最高峰の舞台で3試合に立ち世界を驚かせた235球。大リーグの歴史にまた新たな伝説が生まれた。
チームから尊敬される存在に
山本の今季の成長に欠かせない存在となったのが昨オフにドジャースに加入した先発左腕スネルだ。山本の登板後には共に映像を見返し、投球フォームや攻め方などのアドバイスをくれた。
「スネルからはたくさん学ばせてもらっている。調整段階というより試合のことに関して教えてもらうことが多い」と感謝は尽きない。スネルは降板後の山本にベンチで肩を抱いてねぎらう場面が多く見られ、2人の信頼関係が感じられた。
もう1人は今季限りで現役引退を表明したカーショウだ。山本のことは1年目から自身のカーブの握りや投げ方を指南するなど気にかけていた。
山本は今年の7月7日のブルワーズ戦では1回をもたず5失点でKOされたが、9日にカーショウと2人で30分以上かけてキャッチボールを行う姿があった。カーショウは翌日の先発だったが、自身の調整はそっちのけのように左腕を振り続けた。
冒頭の優勝報告会。メジャー最強の球団でチームメイトに愛され、尊敬すら集めた山本は、ステージ上のスピーチで英語で「Losing isnʼt an option.(負けは選択肢にない)」と名ぜりふを披露。
「言っていない語録」をついに自ら口にして詰めかけた5万人の観衆を大いに沸かせ、最後は日本語で「ありがとう!」と締めた。パレードでは沿道から喝采が注がれ、本拠地では地鳴りのような大歓声が響いた。
2025年、山本はロサンゼルスの英雄となった。
(筆者は12年にスポーツニッポン新聞社入社。日本ハム担当を経て18年からMLB担当。著書に『大谷翔平への17の質問』〔アルソス〕、『大谷翔平を追いかけて~番記者10年魂のノート~』〔ワニブックス〕がある)
柳原直之(スポーツニッポン記者、MLB担当)