石川遼にあって松山英樹に足りない…「男子ゴルフ界スター不在問題」いま必要なのは勝利より”キャラの強さ”か
先日高知県でシニアトーナメントの「リョーマゴルフ日高村オープン」が開催されました。この試合ではシニアプロ以外でも、有名スターが大挙出場し、非常に盛り上がりました。その中で注目すべきは、元プロ野球選手の原辰徳と松坂大輔が出場していたことです。
ジャンボ尾崎が元プロ野球選手で、300ヤードヒッターとして脚光を浴び、レジェンドになりました。ならばプロ野球の元レジェンド達が真剣にやれば、ジャンボ尾崎に近づけるのか? 答えはノーですね。原辰徳は2日間で15オーバー、松坂大輔が14オーバー、やはりアマチュアの域を出ませんでした。
【前編記事】『「ジャンボ尾崎は出場するだけで1000万円」狂乱の時代から一転、男子ゴルフはどのタイミングで“死に体”になったのか』よりつづく。
“第2のジャンボ尾崎”は二度と現れない

Photo by GettyImages
ジャンボ尾崎がいかに凄かったかというと、66歳で62(2013年、つるやオープン)を叩き出し、エージシュートを達成していますからね。今回の優勝者、宮本勝昌(53歳)は2日間で11アンダー、しかもシニア設定のコースですから。ジャンボ尾崎のエージシュート記録には遠く及びません。
プロ野球からの移籍組で、ジャンボ尾崎より活躍した人はいないのです。しかもジャンボ尾崎には後藤修の指導まで付いていたし。結局、体格の良い選手をプロ野球から移籍させても、そもそものセンスがないとダメでしょう。さらに優秀な指導者もいないと、ジャンボ尾崎のような人物は二度と現れないのです。
昔話はさておき、今のゴルフ志望者はジュニアからゴルフを始めないとプロにはなれません。三つ子の魂百までと言われるように、子の時からゴルフの感性を磨いておくことが大事です。
じゃジュニアから始めた石川遼のような選手は、また生まれるのか? その可能性を考察します。
石川遼がゴルフを始めたのは6歳の時で、すでにジュニア時代からメキメキ頭角を現しています。そしてなんと2007年、高校1年生(15歳)で「マンシングウェアオープンKSBカップ」で優勝し、彗星のように現れたのです。
その優勝の立役者は、当時杉並学院高校ゴルフ部の吉岡徹治監督で、彼の熱心な指導あっての優勝だったのです。以前、吉岡監督にインタビューしたことがあるので、思い出しながらポイントを述べます。
石川遼はいかにしてスターになったか
吉岡監督曰く、現代の高校ゴルフ部で、プロを狙う生徒には技術指導はしないというのです。
技術面は個人でやって頂き、こちらとしては主に2点を指導します。第1に教えることはコースマネジメントです。石川遼に指導したのは、バーディーをいかに取るかです。グリーンのピン周り10mに乗せるかが大事、バーディー逃しのボギーを恐れるなと。次第にボギーは減る。それよりもアンダーを出さないと、プロとして通用しないぞと。

Photo by GettyImages
第2の仕事はトーナメントのエントリーです。石川遼の才能に惚れ込んだ吉岡監督は、各方面に頭を下げて、トーナメントの推薦出場を獲得するために東奔西走します。結果努力が実り、高校1年生でトーナメント出場という快挙を成し遂げます。
そこから神の子、石川遼の本領発揮。石川遼は「マンシングウェアオープンKSBカップ」に出た時、2日目までの成績はトップと7打差の23位でした。優勝なんてはるか先、誰も考えていなかったでしょう。
ところが3日目は雨で流れて、最終日に石川遼は36ホールを回ることに。そこで奇跡が起きます。バンカーからのチップインバーディーを始め、数々のミラクルショットの連続で、気づけばトップに。どうせ誰か追いついて来るだろうと思って最終組を待っていたら、上位陣は伸び悩み。気づけばトップに躍り出たまま、先行逃げ切りの優勝でした。
これぞ世紀の番狂わせ、石川遼を一気にスターダムに押し上げます。
「才能&努力と優勝はまた別者」
この世界は勝てる時に勝っておかないとダメ、次はなかなかやって来ないのです。
どういうことかというと、宮里優作のプロ1勝は凄く長かったということです。宮里優作(当時21歳)が出場した、日本アマチュア選手権(2001年)の決勝が北海道クラシックGCで行われました。その時、ゴルフ雑誌の取材で同行していたのです。
決勝前日、宮里優作は父宮里優さんの指導のもと、2m弱のまっすぐのラインのパターをただひたすら入れまくります。毎回カップに入れてるのに、優さんは「ひっかけた」とか「プッシュ」とか、目に見えないようなミスを指摘します。宮里優作は父の指導を受けながら1時間以上パターを打ち、ぼそっと「僕パター好きなんですよ」という。

Photo by GettyImages
「あ~、この人は優勝するな」と思って見ていたら、翌日、予想通り日本アマチュア選手権で優勝しました。宮里優作はその年「VISA太平洋マスターズ」でアマチュアながら2位となっています。VISA太平洋で2位ですよ。ほかのツアーなら楽々優勝と期待されましたが、結果勝ち運に恵まれず。初優勝はそれからなんと12年後になってしまうのです。
才能&努力と優勝はまた別物です。石川遼も高校1年で優勝しなかったら、別な石川遼になっていたと思います。あの時の純真無垢な15歳のハニカミ王子が優勝したから、我々は成長を見守るべく、応援をしたと思います。最初から破れた帽子を被り、ヒゲ面の23歳ぐらいのイケメン新人の登場だったら、矢野東の弟キャラぐらいの扱いで、あそこまで人気が出なかったんじゃないでしょうか。
なぜ松山英樹はスターと言えないのか
というわけでジャンボ尾崎と石川遼は、不世出の大スターで二度と現れることはないと思います。じゃマスターズで優勝もしている、実力ナンバーワンの松山英樹選手はどうなのか? 彼は最優秀選手であるけど、不世出のスターかというと、そこはちょっとどうかなですね。
過去に1勝もしないで、大スターになった元祖美人ゴルファーのローラ・ボーという方もおります。あるいはスキージャンプのレジェンド、高梨沙羅の美メイクもあります。女性なら美しきスタイル維持や美容を心がけるのもスターとして必要なこと。
男子に必要なのは、やはりキャラクターが確立していることです。

Photo by GettyImages
ジャンボ尾崎は、見事なジャイアンキャラが成立していましたし、コブラポーズなどの茶目っ気もあった、どうしても憎めないのです。石川遼は周りが期待する王子キャラを見事に演じ切り、最盛期のスポンサーは20社超えで、30億円以上稼いだとか。
その点、松山英樹は幾らメジャーで優勝しても、キャラがイマイチです。ジャンボ尾崎は昔4コマ漫画『ジャンボくん』をやってたように、イジリに寛容だった。松山英樹はその部分が弱いというわけです。
松山英樹の進む道は海外4大メジャーに勝ち、スターを超えた偉人になることかな。そこを期待しましょう。
【こちらも読む】『「NHKすら報じないゴルフ界のミステリー」ジャンボ尾崎を復活に導いた「伝説のトレーナー」はなぜ歴史から“抹消”されたのか』