くじを外した瞬間、スカウト陣は「心の中で万歳した」 外れ1位・森下翔太と阪神の赤い糸

ドラフト会議で高松商高・浅野翔吾の交渉権を獲得し、ガッツポーズする巨人・原辰徳監督(左)。岡田彰布監督(右)がくじを外した阪神は中大・森下翔太を1位指名した=2022年10月20日、東京都内
阪神スカウト陣が「心の中で万歳した」という〝森下の教訓〟を忘れてはいけません。野球日本代表「侍ジャパン」は15、16の両日、東京ドームで韓国代表と強化試合を行い、1勝1分け。2試合とも3番で先発出場した阪神・森下翔太外野手(25)は2戦合計8打数2安打1打点でした。今や日本球界の中心打者に成長した男は、プロ1年目からの3季でリーグ優勝2回、日本一1回を経験しましたが、2022年ドラフト会議で阪神がまず1位で入札したのは高松商の浅野翔吾外野手(巨人)でした。抽選で浅野を外した阪神は中大の森下を指名。結果的に「外れ1位」が大当たりになったドラフト戦略の内幕をのぞくと、大きな教訓が刻まれています。

韓国代表との強化試合で、右中間へ二塁打を放つ侍ジャパンの森下翔太=16日、東京ドーム(長尾みなみ撮影)
侍ジャパンの中軸に
今や森下は日本球界の中心打者と言い切ってもいいでしょう。長く阪神を中心に取材していると、どうしても「阪神びいきになる」と言われています。阪神の監督や選手を大きく扱い、実態よりも誇張して評価することに、関西のマスコミが〝染まって〟しまう面は否定できません。しかし、今の森下の実力は正々堂々と評価できます。「侍ジャパン」で並み居る強打者を押しのけ、強化試合で2試合とも3番に座ったのですから。
結果も残しています。15日の初戦は「3番・右翼」で先発し、第3打席で中前打。この一打が一挙6得点の口火となり、11-4で快勝。翌16日の第2戦も「3番・中堅」で先発出場すると、3点を追う四回の第2打席で右中間を破る二塁打を放ちました。この一打を皮切りに日本は同点に。3-4の五回は1死から四球を選んでチャンスを広げ、八回2死満塁では押し出し四球を選んでチームに7点目をもたらしました。しめて10打席の中身は濃い内容です。
来年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に向けた最後の海外勢との対戦でアピールし、「日本のトップチームでやれることに、自分も1年目から刺激を結構受けていた。WBCは今、行われている野球の中では一番上の大会になると思う。そういうところでプレーしたい」。言葉にも力強さが感じられます。
3季で2度のリーグV
思えば森下が阪神に入団してから、タイガースも一気に「勝負強いチーム」に変貌を遂げましたね。ルーキーイヤーの23年は岡田彰布監督(現オーナー付顧問)の下、チームは18年ぶりのリーグ優勝を果たし、38年ぶりの日本一に輝きました。昨季はシーズン終盤まで巨人との激しい優勝争いを繰り広げ、惜しくも2位に。そして今季は藤川球児新監督の下で2年ぶりのリーグ優勝。日本シリーズではソフトバンクに1勝4敗で破れましたが、森下が入団後の阪神は3季でリーグ制覇2回と日本一1回です。

2年ぶりのリーグ優勝を果たし、ビールかけで歓喜する阪神・森下翔太=9月7日、兵庫県内(松永渉平撮影)
「森下が入ってから阪神は変わった。今年のドラフト会議で立石正広内野手(創価大)を1位で指名したが、イの一番に野手の立石を獲りに行ったのも、森下がチームの中心選手に成長し、それによってチームが強くなった成功体験があったからこそ」
球団関係者からそんな話を聞くと、チームにおける森下の存在の大きさを感じます。
しかし、森下の存在感を感じれば感じるほど、あの時の教訓を忘れてはいけないとも思います。あの時とは22年10月20日のドラフト会議です。15年ぶりに阪神監督に復帰したばかりの岡田監督は、巨人・原辰徳監督と抽選箱の前に立っていました。その時、阪神が1位で入札したのは「浅野翔吾」でした。

巨人に1位指名され、笑顔を見せる高松商高・浅野翔吾=2022年10月20日、高松市(林俊志撮影)
「甲子園のスターを」
この年の夏、浅野は高松商の主砲として第104回全国高校野球選手権大会に出場し、3本塁打を放つなど大活躍。高校通算68本塁打をマークし、走攻守そろったスラッガーとして注目を集めていました。ドラフト会議では阪神と巨人が1位指名で競合。抽選の末、原監督が交渉権獲得の当たりクジを引き、抽選で敗れた阪神が「外れ1位」で指名したのが中大の森下でした。
普通に考えれば残念無念…。ところが、阪神のスカウト陣は「岡田監督が外れクジを引いたとき、心の中で万歳した!」と後に語っています。実は現場のスカウト陣が1位で推していたのは「浅野翔吾」ではなく「森下翔太」だったからです。
ではなぜ、スカウト陣が最も評価していた森下がイの一番ではなかったのか? 普通に考えれば摩訶(まか)不思議…。ただ阪神の過去の例を見れば、スカウト陣の最終評価だけでドラフト1位が決まっていないことも事実です。実力に加え、人気面や話題性を考慮し、幅広い観点から思慮して最終的に1位を決めてきた経緯があります。この時も夏の甲子園で大活躍した浅野を念頭に「甲子園のスター選手を獲るべきだ」という〝天の声〟があったと聞きます。
ドラフト戦略の基本は何か? その年のアマ球界で最も評価の高い選手を1位で指名する-ですね。順序を間違うと下手を打ちます。典型的な例は「チームの弱点を補うための選手を1位指名すること」と球界関係者は言います。例えば「左打ちの外野手が弱い→全体的な評価は高くないが、すぐに使える左打ちの外野手を1位で指名」。こうした戦略を続けていくとチームは弱体化します。
22年ドラフト会議における浅野翔吾は、阪神にとってチームの弱点を補強する存在というよりも「甲子園のスター」という側面が重視されたものです。浅野は巨人に入団後、1軍に定着しているとはまだ言えません。これからの選手で伸びしろも大いにあるでしょうが、少なくとも現時点では阪神は森下を獲得できて万々歳です。
中日が熱心にマークも
それにしても、選手の運命とは面白いものですね。22年のドラフト前、森下を最も熱心にマークしていたのは中日でした。当時の立浪和義監督は東京遠征の際、お忍びで中大の試合を何度も視察しています。ところが立浪監督が視察した試合で森下は1本もヒットを打たなかった。そうした事情もあってか、中日は森下ではなく仲地礼亜投手(沖縄大)を1位指名しました。もし、中日がイの一番に森下を指名していれば、ドラフトは違った結果となり、阪神の23年以降のチーム成績は大きく違ったものになっていたかもしれません。
運命の赤い糸は虎と森下を結び付けたのですが、あくまでも結果論です。ドラフトにおいてはやはり、現場のスカウト陣の評価を最優先すべきでしょう。すなわち〝森下の教訓〟を肝に銘じなければいけませんね。
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【プロフィル】植村徹也(うえむら・てつや) サンケイスポーツ運動部記者として阪神を中心に取材。運動部長、編集局長、サンスポ代表補佐兼特別記者、産経新聞特別記者を経て客員特別記者。岡田彰布氏の15年ぶり阪神監督復帰をはじめ、阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。