競馬記者が見たアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(21)「有マ記念」

シンボリルドルフ(左)がオグリキャップに「テイク・イット・イージー!」Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.
競走馬をモチーフとしたキャラクター、オグリキャップが主人公のTBS系アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(日曜後4・30)の第2クールが放送中だ。地方・笠松競馬からはじまったオグリキャップのレースをリアルタイムで見てきた競馬記者が、毎週の放送に合わせて史実のオグリキャップやライバルたちの動向、実在の騎手、調教師、厩務員、調教助手、馬主、生産者らの言動を振り返ってオグリキャップの実像を紹介し、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』と重ね合わせていく。
※以下、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』のネタバレが含まれます。
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われわれが住む現実世界における1988(昭和63)年の有馬記念は12月25日に行われた。『ウマ娘 シンデレラグレイ』の漫画企画構成を担当する伊藤隼之介さんと今年3月に話した際、88年グランプリ当日の入場人員が7万2936人で、前年割れしていたことを不思議がっていた。
オグリキャップ番として同馬の引退まで追い続けたサンケイスポーツの栗原純一記者に尋ねると「中山競馬場のスタンドを改築していたから」だという。共著の『2133日間のオグリキャップ 誕生から引退までの軌跡を追う』(有吉正徳・栗原純一、ミデアム出版社)で栗原記者は、オグリキャップのスクーリングの際にこうつづっている。

ディクタストライカの顔から血が! Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.
<ちょうどこのころ始まっていた中山競馬場のスタンド改築工事のため、仕事にきていた人たちも、ちょっと手を休め昼食にありつきながら、この光景を見守った。>
12月23日付のサンケイスポーツ(東京版)には<観戦は東京競馬場で>という見出しの記事が載っている。
<中山競馬場は六十五年暮れにスタンド一新を目指し現在、工事と併行して開催されている。このため、例年入場が多い(昨年は10万9383人)有馬記念当日の二十五日は8万5千人に限定、入場券は前売りのみで、すでに売り切れている。場外発売所各所も混雑が予想されているため、JRAではターフビジョンが2台設置されている東京競馬場での〝観戦〟を勧めている。>
入場券を持っている全員が中山競馬場を訪れても最大8万5000人。その85%強の7万2936人が入場したのだから、競馬ファンにとってこの年の有馬記念は相当な関心事だったといっていいだろう。
有馬記念当日、東京競馬場には競馬が開催されていないにもかかわらず、約10万人のファンが訪れたと26日付のサンスポ(東京版)にある。新聞に載った、大観衆が馬の走っていないコースを向いてターフビジョンで有馬記念を見ている写真が異様に思えた。ちなみに、ナリタブライアンが制した1994年12月25日の有馬記念では、中山競馬場に16万620人の大観衆が詰めかけたが、競馬を開催していない東京競馬場にはそれを上回る17万7100人が訪れた。

「あんたらが闘うてんのはタマモクロスやぞ」Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.
7万2936人が見守った有馬記念で、オグリキャップは武者震いをしてからゲートイン。スムーズにスタートを切り、前から6番手につけた。3強の残る2頭、タマモクロスとサッカーボーイは後方からレースを進めた。後者は出遅れた。実はその時、アクシデントが発生していた。ゲート内で突進し、鼻面を前扉にぶつけてしまったのだ。16日付サンスポ(東京版)にこうある。

「10秒で充分や」というタマモクロスの強烈なプレッシャーに振り返るオグリキャップ Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.
<「パドックからイレ込んでしまって、返し馬もままならなかったんや」。河内騎手が色を失したが、そのイレ込みのために、スタートで致命的といえる失態をやらかしたのだ。
ゲートが開くやいなや、そのパイプの部分にしたたか顔面をぶつけてしまったのだ。
(中略)
が、そこは名手・河内だ。自分も冷静さを失してしまっては最悪の結果をまねきかねないと、無理に追走することはしなかった。「馬ごみに入れたらよけいカッとするやろう思ったから、離れて追走することにした」>
アクシデントによる流血もあり、そのための後方待機策だったわけだ。
タマモクロスについては『2133日間のオグリキャップ-』が<飼葉落ちの苦境を脱し、なんとかジャパンカップからの体重減を二キロにとどめ四四八キロの体で出走にこぎつけた。けれども、一度崩した体調のリズムは、レースぶりをも変えてしまった。>と伝える。同書の続きはこうだ。
<「外へ外へ行こうとしたんだ。顔を横に向けてね」
と南井はレース後に振り返っている。流れに乗れないタマモクロスは、最初のコーナーを最後方の十三番手から進むハメになった。>
その後、タマモクロスは3コーナーの前、向こう正面で外からまくっていった。
アニメでも3強の位置取りは同じ。武者震いしてからゲートインしたオグリキャップは6番手でレースを進めた。ディクタストライカはスタート時、勢い余ってゲートにぶつかってしまった。そして流血。タマモクロスは向こう正面で、前を行くオグリキャップを目指して動き始めた。
グランプリが始まる前、中山レース場の地下バ道で、トレセン学園生徒会長のシンボリルドルフがオグリキャップに話しかけた。最後に伝えたのは「Take it easy!(テイク・イット・イージー!)」。
現実世界では、名騎手と誉れ高い岡部幸雄の座右の銘だ。「気楽にいこうぜ!」。彼は鞍上で騎乗馬にそう語りかけていた。
シンボリルドルフの主戦騎手を務め、88年の有馬記念でオグリキャップの手綱を取った岡部幸雄の代名詞といえる言葉を、シンボリルドルフがオグリキャップにかける。なんとも粋な演出ではないか。
■鈴木学(すずき・まなぶ)サンケイスポーツ記者。シンザンが3冠馬に輝いた1964年に生まれる。慶応大卒業後、89年に産経新聞社入社。産経新聞の福島支局、運動部を経て93年にサンケイスポーツの競馬担当となり、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン兄弟などを取材。週刊Gallop編集長などを歴任し現在に至る。サイト「サンスポZBAT!競馬」にて同時進行予想コラム「居酒屋ブルース」を連載中。著書に『史上最強の三冠馬ナリタブライアン』(ワニブックス)。