高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?

<米中に挟まれた日本に残された道は、楽観でも従属でもない。必要なのは、主権を守る戦略と、それを支える覚悟だ>, 透けて見える中国側の焦り, 衝突を避ける基本戦略とは, 最後に頼れるのは自国だけ

高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?

ILLUSTRATION BY REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<米中に挟まれた日本に残された道は、楽観でも従属でもない。必要なのは、主権を守る戦略と、それを支える覚悟だ>

中国政府が台湾に武力を行使すれば、それは日本にとって自衛隊の出動を正当化する「存立危機事態」になり得る──高市早苗首相が昨年11月の国会答弁で述べたこの言葉は、日本政府の長年にわたる立場を再確認したものにすぎない。

だから無視してもよさそうなのに、中国側の反応は不自然なほどに過剰だった。

まずは薛剣(シュエ・チエン)駐大阪総領事が「その汚い首は斬ってやる」という下劣な脅しを放った。続いて中国外務省が日本の大使を呼び出し、高市の「火遊び」に警告を発した。

さらに中国軍が台湾を包囲する実弾演習を実施して民間機の発着を阻害し、10万人以上の旅客に影響を与えた。それはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長(当時)が台湾を訪問した2022年以来の大規模な軍事演習だった。

日本の指導者が台湾について発言することには必ずリスクが伴う。現に中国は今回も怒ってみせた。

しかし私は、この激烈な反応も実はアメリカと台湾に向けた、さらには国内に向けた戦略的な動きではないかとみている。そして高市首相の周辺も同様な見方をしていると思う。

<米中に挟まれた日本に残された道は、楽観でも従属でもない。必要なのは、主権を守る戦略と、それを支える覚悟だ>, 透けて見える中国側の焦り, 衝突を避ける基本戦略とは, 最後に頼れるのは自国だけ

4月に習近平との首脳会談を控えるトランプ AP/AFLO

少なくとも外交に関する限り、高市首相の滑り出しは順調だった。国民からはおおむね好感されているし、気まぐれで威圧的なトランプ米大統領との首脳会談も成功裏に終えた。

一方で防衛予算を大幅に増やし、日本をアジアの戦略問題に積極的に関与する大国として復活させる道を着実に歩んでいる。

いずれも台湾の併合を公然と掲げる中国の強権的な姿勢に、そして南シナ海と東シナ海のあらゆる海域で主権を主張する中国の攻撃的な動きに対するダイレクトな回答と言える。

だが横暴で身勝手な大国の常として、中国は高市首相の政策を自国の覇権に対する脅威と見なす(実際は中国の脅威に対する反応なのだが)。だから生意気な高市には、その無礼な言動への代償を払わせねばならないということになる。

透けて見える中国側の焦り

中国は高市の「存立危機事態」発言に不快感を示す一方で、台湾周辺での大規模な軍事演習によってアメリカをも挑発した。

ドナルド・トランプ大統領と習近平(シ ー・チンピン)国家主席はここ数カ月、4月に予定される首脳会談に向けて両国間の緊張緩和を図っていた。中国側には2つの超大国間で「大いなる取引」をし、「力による協調」を実現したい思惑があった。

<米中に挟まれた日本に残された道は、楽観でも従属でもない。必要なのは、主権を守る戦略と、それを支える覚悟だ>, 透けて見える中国側の焦り, 衝突を避ける基本戦略とは, 最後に頼れるのは自国だけ

台湾包囲の軍事演習を大々的に報じた中国メディア TINGSHU WANGーREUTERS

アメリカ側も高市発言についてはほぼ沈黙を守り、日米同盟の強化よりも中国側の機嫌をうかがっているようにみえた。

ところが昨年12月17日、トランプは急に気が変わったのか、台湾の主権に対する中国の脅威に対抗する形で台湾に111億ドル相当の武器を売却すると発表した。単一の武器取引としては米・台湾間で史上最大の規模だ。

この支援は台湾の主権を守るというアメリカ政府の長年にわたる約束に沿うものだが、「アメリカ・ファースト」の範囲を超えた国外への軍事的関与を嫌うトランプ流の孤立主義とは矛盾していた。

その12日後、中国は台湾周辺で威嚇的な軍事演習を実施し、日本から台湾への空路・海路を実質的に遮断することで怒りを表明した。

それは米中間の「大いなる取引」というアメを見せておいてムチを振るう一方、日本に対しては罰を与え、日本が果たそうとする自立した戦略的役割を無力化する試みだった。

中国は台湾や日本の領海に対する侵犯の頻度も上げており、国際的に公海と認知されている海域での主権主張も繰り返している。高市発言を含め、台湾や南シナ海における主権の主張に反対するいかなる発言も許さず、それを自らの行動規範を押し付ける機会として利用するのが中国流だ。

<米中に挟まれた日本に残された道は、楽観でも従属でもない。必要なのは、主権を守る戦略と、それを支える覚悟だ>, 透けて見える中国側の焦り, 衝突を避ける基本戦略とは, 最後に頼れるのは自国だけ

日中国交正常化(1972年)以降の日中関係の主な出来事

中国には昔から「遵旨(ツン・チー)」という言葉がある。皇帝の命令には無条件で従うという意味だ。中国が自らの勢力圏と定めた地域では、それが唯一の正しい回答とされる。

ただし高市発言への過剰な反応の背景には、中国の国内事情や軍・政府部内の腐敗もありそうだ。

その攻撃的な姿勢は見せかけにすぎず、中国軍が依然として台湾を占領する能力を持たず、腐敗や効率の悪さに苦しんでいる事実を隠したいだけだという解釈も成り立つ。

現に習は汚職その他の不正行為を口実に、何十人もの高級将校を解任または更迭している。

こうした動きや高市発言に対する過剰反応から透けて見えるのは、中国が自らの能力に対して抱く不安感であり、いかに習政権の国内基盤が盤石でも、国際社会では思いどおりにいかないことへの焦りではないか。

皮肉なもので、中国共産党は国内の抗争や腐敗で支配の正統性が脅かされるたびにナショナリズムを鼓舞してきた。反日感情と「反植民地主義」に代表されるナショナリズムと台湾の併合、そして経済成長こそが、辛うじてその正統性を支えてきた。

気が付けば中国の共産主義は習の個人崇拝に変質し、個人の権利は国家の優越に従属させられ、治安と安保が最優先の国になっている。だからこそ中国側は高市発言に食い付き、日本を悪者にすることで国民の不満のガス抜きを図った。

つまり、高市首相の発言も日本の政策も正しいが、国内外の複雑な力関係が錯綜するなかで条件反射的な反発を招いたと言える。

中国に限った話ではないが、他国の動きを読み解き、その理由を分析するのは諜報部員や外交官にとって実に悩ましい仕事だ。しかし国家指導者の仕事に比べれば気楽なものだ。

キューバのカストロ政権転覆を狙ったアメリカの秘密工作が大失敗に終わり白日の下にさらされたピッグス湾事件(1961年)の後、前大統領のアイゼンハワーは現職のジョン・F・ケネディに告げていた。指導者のところまで上がってくるのは真の「難題」だけなのだと。

衝突を避ける基本戦略とは

高市発言に対する中国側の反応から見て取れるのは、日本の戦略的ジレンマと日本の指導者が避けて通れない「難題」だ。

中国の存在感が増し、アメリカが頼りになるとは限らず、小さな計算違いで何が起きるか分からぬ地域にあって、平和国家の日本が徐々に孤立しかねない状況で、いかに日本の主権を守り抜くかという問題である。

この点に関して、日本の歴代の政権は(そして今のところは高市政権も)望み得る限りの一貫した戦略と政策を追求してきた。

まず、中国との衝突を避けるための基本戦略はこうだ。

①複数の勢力圏(アジアは中国、南北アメリカ大陸はアメリカ合衆国、ユーラシア大陸西部はロシアとEU)に分割された世界で生きることへの備え、②日本の国益に反する中国の行動の抑止(そうした行動は高くつくぞと見せつける)、③中国の勢力圏内に位置する諸国への魅力的な選択肢の提供(そうした諸国が中国の影響力に対抗できるように貢献する)。

政策はどうか。日本は今日まで、西太平洋やアジア、南アジアのさまざまな国への外交的な関与を強めてきた。トランプがTPP(環太平洋経済連携協定)を葬ったときは、代わりに「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を提唱した。

ロシアが「アジア版NATO」と呼んで非難し、筆者が称賛したQUAD(日米豪印戦略対話)も立ち上げた。

オーストラリアや韓国などとの防衛協力を強化し、太平洋の島しょ国への関与も積極的に拡大し、同地域での覇権を狙う中国を牽制している。アフリカ諸国への開発援助や投資も大幅に拡大し、中国の「一帯一路」構想に対抗している。

そして防衛政策。当然のことながら、中国はここに最も神経をとがらせている。

高市は前任者の進めてきた防衛力強化路線を受け継ぎ、ついに日本を「戦後」のくびきから解き放ち、軍事面でも真の主権国家となるべく突き進んでいる。

防衛予算を前年比で9.4%増額すると約束し、5年間で防衛支出を倍増させる計画も維持し、潜在的な攻撃兵器(アメリカ製の巡航ミサイル「トマホーク」など)の購入にも前向きだ。

しかも高市は、台湾侵攻は日本の存立に関わる危機だと改めて明言した。

こうした政策の狙いは何か。①他国が日本の国益を損なうような行動に出れば高い代償を払わせると誇示し、②もはやアメリカに頼れない状況下で、外交・通商・軍事にわたる中国のイニシアチブに代わり得る魅力的な選択肢を提供することだ。

最後に頼れるのは自国だけ

そしてこれらはどれも、紛争時の「賭け金」とリスクを高める(だから中国側は怒り、反発する)。しかし一方で、いざ中国側が強引な行動に踏み切ろうとする際の計算を難しくもする。それが狙いだ。

しかし狙いが当たるとは限らない。衝突は、当事者の誰もが望んでいない状況でも起こり得る。そしてアメリカが自由で開かれたアジアを守るための戦略・外交・経済・軍事的関与から手を引くことによって生じる空白を完全に埋めることは、日本を含めたどこの国にもできない。

日本の指導者たちは総じて、こうした状況の変化に対応するのが遅すぎた。だがその責任は、戦争を回避するために戦争に備えるという厳しい決断よりも、希望的観測を優先してきた国民にもあるだろう。

とりわけ日本の指導者たちが最も苦慮してきたのは、日本にとって極めて重要な同盟国である韓国との関係の深化だ。ただし、この関係深化が遅れてきた責任は日本政府以上に韓国側にあると言えそうだ。

アメリカのアジアに対する関与の相対的な後退や影響力の低下によって生じる戦略的空白を埋めるには、ある程度まで中国と妥協することが避けられない。

対中貿易は日本のGDPの9%超を占めており、世界で最も大きく活発な経済圏である中国市場との強固な貿易関係を維持することは日本の国益にかなう。

だから日本は、さほど重要でない問題については中国側の言い分を認めても世界最大の市場へのアクセスを維持しようとするだろう。

対して中国は2国間の貿易協定を目指す。それは基本的に互恵的なものだが、現実には(レアアースやサプライチェーンなどで)非対称的な依存関係があるから、小さな国はどうしても(外交面でも経済面でも)中国に逆らいにくい。うちの市場にアクセスしたければ「善行」を積めと、中国側が迫る場面もあるだろう。

少し前にある日本政府高官から、アジアにおける地政学的な環境の変化に日本はどう対処すべきかという相談を受けた。そのとき私はこう答えた。可能な限りアメリカに寄り添えばいい、ただし最後に頼れるのは自分の国だけですよと。

そして今のところ、高市首相はその方向で戦略的かつ一貫した歩みを重ねているようにみえる。

グレン・カール