84歳ひとり暮らしの「リアルな朝ごはん」。クロワッサンやオムレツを1時間ほどかけて楽しむ
絵本編集者として活躍し、多数の著書ももつ末盛千枝子さん(84歳)。最初の夫、そして再婚した夫と長男が先立ち、東京から移住後、現在は岩手県でひとり暮らしをしています。そんな末盛さんの楽しみは朝ごはん。とくにお気に入りの「特別メニュー」があるそう。今回、末盛さんが大切にしている「食の思い出」について紹介します。
※ この記事は『今だからわかること 84歳になって』(KADOKAWA刊)を一部抜粋・再構成して作成しています。
【実際の写真】息子がつくってくれる「特別な朝食」

岩手県でひとり暮らしをする末盛千枝子さん(84歳)
クロワッサンやヨーグルトにオムレツが朝の定番

二男・春彦がつくってくれるオムレツつきのモーニングセット
私の朝ごはんは、だいたい10時頃から。メニューはほとんど同じで、クロワッサン、半熟の目玉焼き、ハチミツをかけたヨーグルト、深煎りのコーヒーです。ニュースやMLB(メジャーリーグベースボール)を見ながら、ゆっくり1時間ほどかけて食べています。
いつ頃からか、この定番に特別が加わるようになりました。二男の「春彦のオムレツ」です。再婚した夫の古田と長男の武彦が旅立って、私が八幡平でひとり暮らしになってから、彼は月に1~2度、様子を見にきてくれるのです。
私の卵料理がいつも目玉焼きだと知って、じゃあ、僕がオムレツをつくってあげようと。
先日、たまたま彼にオムレツの由来を聞く機会がありました。どうやら、彼が育ち盛りの頃につくっていた私のオムレツが、頭にあったようです。「ひき肉とタマネギがたくさん入っていて、ご飯がいくらでも食べられる大好きなメニューだったよ」と。
でも、「春彦のオムレツ」には、ひき肉もタマネギも入っていないのですね。
●モン・サン=ミシェルのオムレツをリスペクト
そのわけは、もうひとつのオムレツにありました。
それは、春彦が7歳くらい、彼の兄の武彦と私の妹の茉莉、母と私の5人で旅をしたときに、フランスのモン・サン=ミシェルに行ったのです。
あそこはオムレツが名物で、朝早くから卵を泡立てる音がチャッチャカと響いていて、その由来や情景を、私がいかにも楽しげに説明したのが印象的だったと言うのです。もっとも、そのオムレツは、彼にとってはまだ早い大人の味で、少し苦手だったみたいですが。
今朝も「モン・サン=ミシェルほどにはふくらんでいないけど」と言いながら、卵を2個割ってチャッチャと手際よくつくってくれました。ふっくらとろり。ごちそうさま。
お母さんたちのレシピメモ

お母さんたちのレシピメモを入れたボックス
「カレーがあれば、僕はいい」と言うくらい、息子たちはカレーが大好きでした。
春彦の友達が家に来ては泊まっていくので、夕食用にカレーをひと鍋つくりおいて、仕事に出かけることがよくありました。
あるとき、いつも使っているルーの在庫がきれていたので、ほかのルーで代用したことがありました。すると、友達のひとりが言ったのだそうです。
「お前んちのカレー、味が変わったよな」
びっくりしましたが、それは、ちょっとした自慢の種になっています。
●息子の友達のお母さんたちからレシピを教わった
私は料理教室に行ったことがなく、また料理本を買っても、あまり開いた記憶がありません。それよりも、息子の友達のお母さんたちから教わることの方がずっと多かったのです。
ときどき、親の手づくり料理の持ち寄りパーティーがあって、そこで、すごくおいしいけれど結構簡単なつくり方を教えてもらいました。そのレシピと一緒に、お母さんの名前と日にちを記録したメモが残っています。見直すと、そのときの状況とともにどんな料理だったのかが思い出せます。
なかでも、よくつくったのが、ビッグハンバーグ。ピザのように大きく丸くドンと焼いて、それを大皿にのせてテーブルに置くのです。さあ、好きなだけ食べなさいと。
●長男からの思い出深いプレゼント

「キッチンはお休み中」と書かれた木製プレート
あるとき、武彦からプレゼントをもらいました。「KITCHEN CLOSED」という木のプレートです。「俺たち、最近ロクなもんを食ってねえ」って。なるほど、でした。
当時、印刷現場に行って帰ってくると夕飯に間に合わない。それで、近くのおそば屋さんに電話して出前を届けておいてもらったり、できたばかりの吉野家で、牛丼を買って帰ったりしていましたから。
今でも、あのプレートには笑ってしまいます。