緊急地震速報の音を作った音楽家、「私もこれほど頻繁に流れたのは想定外でした」…東日本大震災を前に語る

自然音などをとるための人間の形をした特製の録音機「サイバーくん」を手に、音について語る小久保隆さん=松本祐典撮影

 東日本大震災が起きてから、間もなく15年を迎える。震災後、よく聞くようになったスマートフォンの緊急地震速報の「音」を作った小久保隆さんが、『音でデザインする 「緊急地震速報音」は、なぜ緊張するのか?』(講談社選書メチエ)を刊行した。「あれだけ頻繁に流れたのは『想定外』でした。トラウマになった人もいて、あれで良かったのかと思うけれど、それでもあの音しかありませんでした」と語る。(文化部 待田晋哉)

書影 「音でデザインする」

依頼は「絶対に気づく音にしてほしい」

 眠っていても、勉強や仕事をしていても、地震を意識させるあの速報音。NTTドコモから2007年2月、「絶対に気づく音にしてほしい」と依頼を受け、3か月かけて自分なりに音の定義を考えていったという。本著では、その試行錯誤の過程が詳しく書かれている。

 「人間の意識を超えて、行動に移させるような音にしないといけないわけですよね。脳に対するアテンション(注意)を上げるためには、非日常性のある音にしなくてはいけない。普段はインスピレーションを大切にして音を作るけれど、さすがにこの音に関しては、サイン(合図)として音を使ってきた歴史など、様々なものを学んでから考えました」

 その結果、以下の三つのポイントにたどりついた。〈1〉譜面で表せないような非日常性のある全く新しい音〈2〉高低の周波数を行き来して脳を覚醒させるサウンド〈3〉3回の繰り返し――だった。

 最初に作った音は、「さすがに怖すぎた」と没になったという。少し恐ろしさを緩めた音が採用された。だが、2011年の東日本大震災で、あれほど音が頻繁に鳴ることは考えていなかった。「CMなどの音楽は、毎日流れるのか、1週間に1度なのか、頻度も意識しますからね」と振り返る。「目は閉じられるけど、耳は簡単にふさげません。非常事態を伝える音の力は大きい。今度作るとしたら、覚醒の音と合わせて、癒やす音も作りたい」

エネルギッシュにインタビューに答える

公共空間の流れる音にハーモニーを

 小久保さんは音楽家として活動し、地震速報音のほかにも、電子マネー「iD」の決済やJRAの馬券自動発売機、横浜市のサウンドロゴなど、様々な音をデザインしてきた。

「たとえば電子マネーを使ったとき、上品な音を流せば同じ5000円を使ったとしても、『お金を使ってしまった』と後ろ向きな感情になるのではなく、『いい買い物をした』とポジティブな気持ちになれます。音は感情をコントロールできるんですね」

 オフィスビルやショッピングモールをはじめ、公共空間の音の使い方にも関わってきた。そのうえで「たとえば日本の駅は、電車の発車時間など音で情報を与えすぎている気がします。ヨーロッパの駅は静かです。様々な情報や流す音のハーモニーのあり方を考えたい」とも指摘する。

今著は、自身の長年の経験をもとに、音と社会について考察を深めていった。芸術として鑑賞する音楽とは違い、社会の様々な場面で流れる音は、意味や目的があると強調する。都市空間における音のデザインの必要性を訴える。

 著書の中には、「高層ビルにこそゆらぎの音を」「音による労働効率アップと客層選別」など、興味深い項目が並ぶ。浜辺に打ち寄せる波のような中には、「1/fゆらぎ」と呼ばれる「ゆらぎ成分」があることは近年、よく知られるようになった。これらの音が、無機的なビルでの時間を快適にすごすための環境作りなどにも生かせるという。

「音というのは、大きく捉えると空気の振動による鼓膜の反応ですね。音楽は、その音の中の、ごく一部なんです。メロディーではない音自体に、もっと焦点が当たるような教育みたいなものも考えた方が、人生が豊かになるかもしれません」

著書の中には多くのQRコードが掲載されており、小久保さんが作った音を実際に聞くこともできる。様々な目的を持った音の力を感じることもできる。

電子音から自然音へ

 小久保さんは1956年、東京都生まれ。子どものころから、音楽や自然が好きだった。人生を変えたのは、高校のころシンセサイザーに出合ったことだった。音楽表現の無限の自由を手に入れたような気がして、「これからはエレクトロニクスの時代だ」と思い込んだという。大学時代や大学院時代も熱中し、中退後に音楽の仕事を始めた頃はテクノポップが大流行した。だが、やがて「無機質で格好良いと思っていたはずの電子音に、自分自身が疲れるようになった」。

 小川や浜辺、森の中の鳥のさえずりなど、自然の音に深い興味を持つようになり、音のデザインの仕事にも影響を与えていった。著書の中では、自身が関わる「環境音楽」についても詳しく触れられている。

 現在は東京と山梨県北杜市に事務所を置き、2拠点生活を送る。「田舎暮らしで得たものを、都市生活者に生かしたいと思っている」。音のデザインの巨匠が作るサウンドは、ますます、私たちの暮らしを明るく、豊かにしてくれそうだ。