離島の県立高校に、国内外から生徒が集まるのはなぜか? 「存続の危機」から復活した島根・隠岐島前高校の魅力とは【ルポ】

■離島の高校で行われる「魅力化プロジェクト」, ■教育を基点にした町おこし, ■島前高校を象徴する学び——「普通科」と「地域共創科」, ■週に1日まるごと、教室を出る, ■失敗を発表し、たたえ合う「失敗の日」, ■「ないものはない」という言葉の意味

 人口減少、少子化、学校統廃合、教員不足——。日本社会がこれから直面する問題を、一部の地方では、すでに日常として抱えてきた。だからこそ地方には、「学校とは何のためにあるのか」「子どもに何を手渡すべきか」を、迷いながらも考え続けている現場がある。AERA with Kids+の本連載「未来の学びは地方から始まる」では、そうした試行錯誤の最前線にある学校や人を訪ね、地方から立ち上がりつつある“学びの未来”を描いていく。第1回は、島根県の県立隠岐島前(おきどうぜん)高校を取材した。

■離島の高校で行われる「魅力化プロジェクト」

 連載初回に島根・隠岐島前高校を選んだのは、「島留学」という言葉を耳にしたことがきっかけだった。

 都会を離れ、離島で学ぶ高校生がいる——。最初はどこか特別な選択のように感じたが、その受け皿の一つ、隠岐島前高校の「高校魅力化プロジェクト」という言葉に出合い、自分の目で確かめたいと思うようになった。

 東京から飛行機で向かった先は、鳥取県の米子空港。漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の作者・水木しげる氏の故郷にちなみ、「米子鬼太郎空港」の愛称でも知られている。空港を出てJR境線に乗り換え、港のある境港駅へ。妖怪が描かれた「鬼太郎列車」が走る、どこか旅心をくすぐるローカル線だ。

■離島の高校で行われる「魅力化プロジェクト」, ■教育を基点にした町おこし, ■島前高校を象徴する学び——「普通科」と「地域共創科」, ■週に1日まるごと、教室を出る, ■失敗を発表し、たたえ合う「失敗の日」, ■「ないものはない」という言葉の意味

 境港から船(レインボージェット)に乗り、隠岐諸島へ向かう。隠岐諸島は、島根半島から北へ約60キロ、日本海に浮かぶ島々だ。歴史をさかのぼれば、後鳥羽上皇や後醍醐天皇が流された地としても知られる。

 大きく島後(どうご)と島前(どうぜん)に分かれ、島後は隠岐の島町、島前は西ノ島町・海士(あま)町・知夫村の3町村、計四つの島で構成されている。島と島の移動は、今も船が基本。隠岐島前高校があるのは、海士町。島前地域唯一の高校だ。

■離島の高校で行われる「魅力化プロジェクト」, ■教育を基点にした町おこし, ■島前高校を象徴する学び——「普通科」と「地域共創科」, ■週に1日まるごと、教室を出る, ■失敗を発表し、たたえ合う「失敗の日」, ■「ないものはない」という言葉の意味

■教育を基点にした町おこし

20年ほど前、隠岐島前高校は存続の危機にあった。生徒数は減少し、2クラスが1クラスに。「このままでは、島から高校がなくなる」——そんな現実的な危機が迫っていた。

「高校がなくなれば、島の子どもたちは自宅から通える進学先を失い、中学卒業と同時に島を離れなければなりません。子どもだけを島外に出すことに不安を感じる家庭や、仕送りなど経済的な負担が重い家庭では、親子で島を離れる決断をするケースも出てきます。高校がなくなったら、この町は終わってしまうという感覚でした」

 そう語るのは、当時同校で理科教師をしていて、島根県内の公立高校を経て2年前に教頭に赴任した飯塚洋先生だ。

■離島の高校で行われる「魅力化プロジェクト」, ■教育を基点にした町おこし, ■島前高校を象徴する学び——「普通科」と「地域共創科」, ■週に1日まるごと、教室を出る, ■失敗を発表し、たたえ合う「失敗の日」, ■「ないものはない」という言葉の意味

 そこで町が選んだのは、高校を軸に、地域の未来そのものを考え直すという道だった。その経緯は、『未来を変えた島の学校』(山内道雄・岩本悠・田中輝美、共著/岩波書店)に詳しい。町長がリーダーとなって動き、外部から人材を招き、学校と地域の関係を一から編み直していく。言葉にすれば簡単だが、そこには前例のない試みと、壮絶な試行錯誤があったことが、この本から伝わってくる。

 そして、その積み重ねの先に生まれたのが、いま全国から視察が訪れる「高校魅力化」と呼ばれる取り組みの原点だった。「高校魅力化」とは、学校単体で生徒を集めるのではなく、地域と学校が一体となり、学びの中身と環境そのものを問い直していく取り組みだ。

 進学実績や偏差値ではなく、「この場所で、どんな3年間を過ごせるのか」を学校の価値として捉え直す試みでもある。

■島前高校を象徴する学び——「普通科」と「地域共創科」

 現在の隠岐島前高校を象徴する取り組みが、「地域共創科」だ。これは、文部科学省が進める「探究的な学び」を重視する教育方針を背景に、教室の外での学びを正式なカリキュラムとして大きく確保できるようになり、その枠組みを最大限に使って設けられた学科である。

 生徒は入学後、1年次は全員が共通のカリキュラムで学び、2年次から「普通科」と「地域共創科」に分かれる。普通科では、これまでの高校教育に近い形で教科学習を軸に学びを深め、地域共創科では、地域を舞台にした実践的な学びに、より多くの時間を割く。

■週に1日まるごと、教室を出る

 地域共創科の最大の特徴は、週に1日まるごと、地域に出る時間が確保されていることだ。生徒たちはこの日を「共創DAY」として、教室の外で自分のプロジェクトに取り組む。テーマは一人ひとり違う。島の産業、自然環境、観光、移動手段、食——。

「最初からテーマが決まっているわけではありません。まずは地域に出て、人に会って、話を聞き、ともに活動するところから始まります」(飯塚先生)

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 都心部の学校でも「探究学習」は行われている。だが多くの場合、限られた授業時間の中で、机上の調査や発表にとどまることが少なくない。島前高校では違う。移動に時間がかかること自体を前提に、1日単位で時間を設計する。

 だからこそ、生徒は漁師、事業者、行政職員と腰を据えて話し、何度も現場に足を運ぶことができる。

「1コマ50分では、地域の人と本気の話はできません。生徒たちは一度話を聞いて終わり、ではなく、何度も通って関係をつくる。そこまでやって、初めて学びになると思っています。もちろん、地域との関係が密接にあるからこそできることです」(飯塚先生) 

■失敗を発表し、たたえ合う「失敗の日」

 地域共創科では、教員の役割も従来とは異なる。教員は答えを与える存在ではなく、生徒の問いに付き合い、考えを深める「壁打ち相手」になる。

 プロジェクトの内容によっては、教員の専門を超える領域に踏み込むことも多い。その場合は、外部の大人につなぐ。

 経営者、研究者、行政、NPO——生徒は高校生のうちから、社会の現場で生きる大人と日常的に出会う。この学びが目指しているのは、すぐに役立つスキルでも、立派な成果物でもない。失敗し、途中で方向転換することもある。それでも、問いを立て、動き、振り返るプロセスそのものだ。

 だから島前高校には、年に1度「失敗の日」という学校行事がある。自分の失敗を皆の前で発表し、たたえ合う。そこから「失敗しても大丈夫」という空気感が出来上がってくるという。

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■「ないものはない」という言葉の意味

 海士町のスローガンに「ないものはない」という言葉がある。この言葉には、「ここには何もない」といういい意味での開き直りと、一方で「ここにはすべてがある」という思いが込められている。

 この二つの意味は、隠岐島前高校の学びそのものにも重なっている。都会の学校のように、多様な選択肢が無数に用意されているわけではない。その分、生徒たちは「与えられるもの」を待つことができない。自分で動き、人と関わりながら考えていく。一方で、この島には、自然の豊かさだけでなく、困ったときに手を差し伸べてくれる大人がいて、挑戦を面白がってくれる地域がある。

 そうした環境が、物にあふれた生活から一度距離を置きたいと考える家庭や、場所を変えて、自分自身と向き合いながら学びたいと願う子どもたちに、静かに響いているのではないだろうか。

 現在、隠岐島前高校では、地元の生徒よりも島外からの「島留学生」が多い構成になっている(全校生徒145名に対し島内生63人、島外生82名。2026年3月現在・3年生含む)。島留学生は、日本全国の多様な地域から集まっている。北は北海道、南は鹿児島まで、31都道府県から受け入れてきた実績がある。 また、トルコやロシア、ミャンマー、ブータンなど海外出身の留学生も過去に一定数いた。

「都会から来る生徒たちには事前に学校や寮を見てもらって不便なところですよ、と最初からきちんと伝えています。それでも、この環境を自ら選んでやってくる生徒たちは、受け身ではなく、『ここで何をするか』を自分で考えようとする姿勢がだんだん育ってきますね」(飯塚先生)

■離島の高校で行われる「魅力化プロジェクト」, ■教育を基点にした町おこし, ■島前高校を象徴する学び——「普通科」と「地域共創科」, ■週に1日まるごと、教室を出る, ■失敗を発表し、たたえ合う「失敗の日」, ■「ないものはない」という言葉の意味

 「ないものはない」という言葉が、単なるスローガンではなく、学びの姿勢そのものとしてこの学校に息づいている。

(文・写真/教育エディター・江口祐子)

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