「朝は農作業、夜は暴走」「小2でバイクを乗り回した」…東北最恐の暴走族「邪鬼」総長が「10代で果たしたい野望」とは

【前編を読む】【衝撃写真】仙台に"絶滅危惧種"の「最凶暴走族」がいた…「北日本暴走連合」初代総長が明かす「警察との死闘」

特攻服を取り上げられても、暴走は止まらない

旧来の暴走族は平成期にほぼ壊滅した。現在の暴走族は、かつてのような大規模組織ではなく、かつての暴走族OBらやバイク好きらによる「旧車會」や、若年層によるSNSで繋がる小規模グループへの移行が進んでいるようだ。

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「邪鬼」初代総長のCさんと、4代目総長に就任するDさん

そんな中でも、2019年に創設された「邪鬼」は、現在は現場作業員として働くCさん(23歳)がつくったチームだ。「発足当初は30人近くいた」とCさんは振り返る。

「自分は小学校高学年頃からやんちゃしてまして、暴走族への憧れがありました。中学卒業してから『北日本暴走連合』初代総長のAさんとご縁あって出会えたので、Aさんに相談してまず『騒音』というチームを作りました。総長以外に、特攻隊長とか親衛隊長などの役割もちゃんと決めて。その当時は特攻服もちゃんと作ったんです。でも防犯カメラに映った映像を証拠に補導されて押収されてしまいました」

特攻服は押収されたが、集団走行をやめることはなかった。

「月に2〜3回、国道4号仙台バイパス周辺を走ってました。自分のバイクはKAWASAKIの『バリオス』で、チームメンバーは『バブ(HondaのCB250T)』とかYAMAHAの『ペケジェー(XJR400)』とか乗ってましたね。バイクの音はうるさいかもしれませんけど、コンビニの前とかひと目につくところにタムロしたりはしませんでした」

「自分、当時は無免でした」と告白

集団走行の際、蛇行運転はもちろん「ブンブン」とふかすこともあった。それ以上に驚いたのが、Cさんのこんな犯罪行為だった。

「自分、当時は無免でした。メンバーのほとんどが免許は取ってなかったです。まあ、でも一度もその件で警察に捕まったことはなかったですね」

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暴走族だった頃のCさん

しかし、こんな迷惑行為で病院のお世話になったことはあった。

「こっちから仕掛けることはありませんでしたが、SNSなどでメンバー募って走ってるような流しのチームとか、イキった奴らから売られた喧嘩は必ず買いました。そういう時ってメンバーも頭に血がのぼってるから『まだ出るな』って言ってるのに言うこと聞かずに出てしまう。それで自分が大勢にボコられて鎖骨と上腕骨が粉砕したこともあります。警察には捕まりませんでしたが病院のお世話になりました」

そんなCさんが暴走族で迷惑行為を繰り広げたのも、15歳から19歳までの4年間だ。その当時から現場仕事を真面目にこなしていたこともあり、いまは反社会的組織などに加わることもなく現場仕事に専念している。「邪鬼」は、Cさんの意思を引き継ぎ3代目まで存続し、現在はまさに4代目に切り替わる時なのだという。

農家の修行をしながら4代目総長に!

4代目を引き受けることになったのがDさん(17歳)だ。Dさんは中学卒業後、高校には進学せず、実家の農家を継ぐために修行しながら「邪鬼」の4代目総長になるのだという。

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Dさん(左)とCさん

「自分は小学2年生で初めてバイクに乗ったんです。先輩の原チャリですけど。そこでハマりました。バイクで走るのって、思い立ったらすぐ走れて身軽だし、風も感じられて楽しいから。最初はひとり気ままに走るのが楽しかったから、中3まではひとりで走ってたけど、卒業してからみんなで走りたくなり、今から一年前に『邪鬼』に入りました。それでこの前、3代目に『4代目はお前が継げ』って言われたのです」

現在の「邪鬼」の活動や信念について聞いてみると、次のような答えが返ってきた。

「ここ2週間以上、走りに行けてないです。みんなの都合が合わなかったりするのと、3代目と自分の引き継ぎがまだできてないからです。チームのグループLINEでも、走る日の呼びかけはしてないですね。

先代から変わらないポリシーですが、自分が総長になってからも『弱い者いじめはしない』『クスリはやらない』『仲間は見捨てない』は胸に刻んでますね」

補導されないための「注意点」とは

また、補導されないように、こんなことにも気をつけているのだという。

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令和の暴走族はバイク単体だけを撮影して自分は写り込まない

「自分らはスマホですぐ写真は撮れますけど、バイクと一緒に自分も入り込む写真は絶対に撮りません。あらゆる証拠になっちゃうから。それに家族に迷惑はかけたくないんで、以前に一度だけ暴走行為について警察から電話がかかって来た時は出頭して聴取受けました」

親に迷惑をかけたくないと言いながらも、自身が4代目になったからには「邪鬼」をさらに拡大したいという野望があるのだという。

「もっとメンバー増やしたいですね。大勢で走る方が楽しいし。とりあえず声かけまくって、気合いが入った奴だけ結集した凄いチームを作りたい。かつて仙台の暴走族は東北最大級だったので、自分も東北最大のチームに成長させたいです」

現在の「暴走族追放条例」では、暴走族の勧誘も違法に当たる。そのあたりの認識について聞くと「暴走族っていうか、一緒に走りたいだけですから、自分らは」と、罪の認識はなさそうだった。しかしそう言いながらも、暴走族を引退後の真面目な野望についてもこう話す。

「じいちゃんの田んぼで手伝いをしています」

「暴走族はハタチくらいまで精一杯やるつもり。それ以降は、じいちゃんの5ヘクタールもの田んぼを継ぎつつ、会社を起こしたいですね。農家として成功するために、事業を広げたい。それは小さい頃からの夢でした。

今もじいちゃんの仕事は手伝っていますよ。最近は、田植えを終えたばかりなので、田んぼ周辺の雑草刈りで毎朝5時起きで仕事してます」

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Dさんの祖父の5ヘクタールの田んぼ。Dさんは毎朝、田んぼの世話をする

こういったDさんの野望を話す様子を聞いたBさんは感心する。

「10代からそんなこと考えて、凄いなって思いますよ。私の17歳の頃なんて遊ぶことしか考えてなかったですから。いまどきの子だなって思いますよ」

せっかく農家を成功させるという立派な夢があるのだから、暴走行為はせずにその夢に向かって真っ直ぐ走ってほしい。

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