自民の提言「マイナカード」取得義務化が「できない人」を追い詰める未来 よくよく考えるべきいろんな事情
自民党の政策提言で急きょ浮上した「マイナンバーカード取得の法的な義務化」。現在は任意となっているカードの取得を「国民全員の義務」とするなら、どんな事情を抱える人たちも取り残さない体制づくりが不可欠だ。しかし現状は、持ち続けることが困難なケースや、取得申請を「放置」される例がある。取得義務化は、そもそも可能な状況なのか。(福岡範行)
◆「何を目的に義務付けをするのかの明確化が必要」
自民党の理屈はこうだ。
マイナカードの保有枚数は1億枚を突破し、広く普及している。これからは「デジタルの恩恵を全ての国民が感じることができる社会」を目指すべきだ。民間も含めた社会全体で使えるカードになることが、国民の利益につながる。そのために「国民全員がマイナンバーカードを取得しているという前提」が必要だ。

5月22日の記者会見で、マイナンバーカード取得の法的な義務化について見解を語った松本尚デジタル相(デジタル庁のYouTube動画のスクリーンショット)
党デジタル社会推進本部は5月19日、政策提言「デジタル・ニッポン2026」でそう訴え、マイナカード取得の罰則なしでの義務化の検討を政府に迫った。
松本尚デジタル相は5月22日の記者会見で「趣旨はよく理解できる」としつつ、慎重姿勢も見せた。「法律で縛るとなると、立法事実が必要になる。持ちたくない人が納得するだけの事実は考えないといけない」
マイナンバー制度に詳しい水町雅子弁護士も「立法事実の特定」が議論の出発点だとし、「何を目的に義務付けをするのかの明確化が必要だ」と指摘する。
◆「取得義務をかけるのは難しいのではないか」
例えば、無免許運転の禁止や赤信号での停止義務は、事故を防ぐという正当な理由がある。マイナカードでも「なぜ全員持っていないといけないのか」を具体的に示し、法的に義務を課すのに足りる理由なのかを議論する必要がある、と水町氏は言う。
もう一つ、法律の前提として挙げたのが「守れないルールは作るべきじゃない」という考え方だ。マイナカードの取得には、役所などの窓口で本人確認をする必要がある。けれど国民には、寝たきりの人や受刑者など取得自体が困難な人たちがいる。水町氏は「取得義務をかけるのは難しいのではないか」とみる。
昨夏、80代の両親のマイナカード更新をした東京都内の40代女性は「大変だった」と振り返り、代行できる身内などがいない場合を想像して「『カードを持たない人』になる以外、どうなるんだろう」と語った。
両親は「便利な制度ができると聞いたら、すぐにやる」性格で、マイナカードも早い時期に取得。5年ごとの電子証明書の更新は一度、自力で済ませていた。だが昨年、取得10年で訪れたカード本体の更新は、2人が福祉施設に入る時期と重なった。
◆「元気で若ければ簡単にできることが、一つ一つ大変だった」
父親は自宅で暮らしていた際は1人で通院できていたが、施設入所前に転倒して救急搬送。入所後は動くことが減って外出は難しくなり、「車いすでなら連れ出せなくはない状態」だ。

マイナンバーカードの有効期限通知書が入っていた封筒。両親の代わりに女性が手続きした際のメモ書きが残っていた=東京都内で
母親は認知症の影響で徘徊(はいかい)するようになった。マイナカード更新の委任状は自分の名前の漢字を間違えるので、見本を書く手助けが必要だった。
手続きの簡略化にインターネットを使うことも、女性が代わりにやらなければ、できそうになかったという。「元気で若ければ簡単にできることが、一つ一つ大変だった」。女性は、両親の自宅売却なども進めながら、自分の仕事の予定をやりくりし、代理の手続きをやり切った。
でも施設は、管理が難しいマイナカードを預からない。病院の受診はマイナ保険証ではなく、もっぱら資格確認書を使う。カードを持ち続けるメリットの実感は乏しい。女性は「真面目に生きていると思うんですけど、(取得)義務は果たせないですよね」と語る。
◆「もはや『重要』なものではなく、『必須』なもの」
自民の「デジタル・ニッポン2026」も「デジタル機器やサービスに不慣れな方々」への支援を意識し、「もはや『重要』なものではなく、『必須』なものと位置付けを抜本的に見直す必要がある」と言及。「十分な予算措置を強く求める」とも訴えた。

自民党の提言「デジタル・ニッポン2026」に盛り込まれた、デジタルに不慣れな人たちへの支援の重要性を強調した記述
デジタル活用の底上げ支援に重要な機関として、自治体や郵便局を例示。不慣れな人の支援などをする「デジタル推進委員」も制度改善を図るように促した。
デジタル庁によると、推進委員制度は2022年7月に始まり、2026年3月末時点で5万9383人を任命した。携帯電話ショップや、薬剤師、薬局職員などを中心に幅広い職種の人たちが活動。北海道更別村では郵便局で月1回開く「まちの保健室」で、健康相談などとともにスマートフォン相談にも応じている。
◆自民の提言は「国民の選択肢を狭めることになりかねない」
神奈川大の幸田雅治名誉教授(地方自治論)は、デジタルを選択できる人を増やす各地での工夫を「重要なこと」と評価する。その上で、「デジタルを前提にした社会」づくりとセットで支援の「必須」化を目指す自民の提言は「デジタルを使うように追い込み、国民の選択肢を狭めることになりかねない」と断じる。

国会議事堂(資料写真)
かたや国会では、病歴などの機微な情報を本人の同意なく事業者に提供する道を開く個人情報保護法改正案を審議中だ。人工知能(AI)開発などを企業がしやすくするため、個人情報の取得を巡る規制を緩めることが法改正の柱の一つとなっている。幸田氏は「個人情報保護が後退する政策を改めなければ国民に信頼されない。こうした問題の解決が先決だ」と語る。
政府はこれまでマイナカードの「ほぼ全国民」への普及を目指してマイナポイント交付事業に1兆3905億円を支出。従来の健康保険証も廃止し、マイナ保険証の利用をせき立てた。そして今回、自民党が法的な義務化検討を提言した。
◆刑務所の出所者は「ほとんど持っていない」
前出の水町氏は、普及促進は「利便性を高めることが王道」だと考える。好例は、交通系ICカード「Suica」だ。従来の切符が使えるままでも、便利だから多くの利用者に選ばれている。「マイナンバーカードも、Suicaのような普及が望ましい。義務化しなくてもできることは、まだまだいっぱいある」
マイナカードがあれば「デジタル化の恩恵」は大きいのに、所持しづらい一例が、刑務所の出所者だ。

出所者の状況について説明する千葉龍一さん=東京都内で
行き先のない出所者向けの自立準備ホームを東京都内などで運営する「生き直し」代表の千葉龍一さん(43)は「年間20人ぐらい出所者を受け入れているが、(マイナカードは)ほとんど持っていない」と語る。
法務省は2023年10月、刑務所などへの通知で、マイナカードを希望する受刑者らの申し出があれば顔写真撮影や必要書類の交付などに原則応じる方針を示した。
◆マイナカードの仕組みは「携帯電話がない人を想定した制度ではない」
だが、千葉さんは2024〜2025年に受け入れた男性数人から、取得申請後に自治体からの連絡などが何もなく、「そのまま放置されている感じ」だったと聞いた。
住所を失った出所者でも、マイナカードを所持していれば転入などの行政手続きを即日終え、「出所から3日後に仕事を探せる」人がいる。不所持ならば、戸籍などの書類を集めて「住所を一から取る」ところから始まる。仕事探しに使う携帯電話の契約にもマイナカードが必要で「仕事探しまで1カ月以上かかる」と千葉さんは語る。更生のハードルが上がることは本人にも社会にとってもマイナスだ。
千葉さんは「全国民から受刑者は外れているのでしょうか」と問う。マイナカードの仕組みも「携帯電話がない人を想定した制度ではない」ように感じる。標準的な想定から外れる人は、受刑者に限らない。多様な事情を考慮した制度になってほしいと願っている。
◆デスクメモ
マイナカード取得は事実上、義務化されている。1年4カ月前、施設で暮らす父親の健康保険証をマイナ保険証に切り替える手続きを代行した際、そう感じた。カード取得の義務化の前に政府にはやるべきことがある。それぞれの事情で取得が困難な人たちに寄り添う支援の拡充だ。(ぶ)
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