「ママ血が出てたよって…」当時4歳長男が号泣しながらSOS 未解決25年、若松主婦殺害事件の遺族の想い「手ぶらではそっちにいかん」

「ママ血が出てたよって…」当時4歳長男が号泣しながらSOS 未解決25年、若松主婦殺害事件の遺族の想い「手ぶらではそっちにいかん」
北九州市若松区で発生した主婦殺害事件は、有力な手がかりがつかめないまま、発生から25年を迎えた。この不可解な謎多き事件にABEMA的ニュースショーが追った。
ATMの“犯人写真”は人物特定が困難

25年前のあの日から時間は止まったまま──。82歳になった被害者の母は、答えが見つからない「なぜ」を繰り返している。母・永野弘子さんは、「この子は中学生。晴美が小学生。幼稚園の時、かわいいでしょう」と、幼少期の被害者の写真を見せる。
北九州市若松警察署管内で、25年にわたって未解決の殺人事件がある。2001年6月29日、何者かが自宅にいた主婦を刃物のようなもので刺し殺害。クレジットカードを盗んで逃走し、現金を引き出した後の足取りは、いまだつかめていない。
若松警察署の宮本武志副署長は、「かなり捜査している、それぞれいただいた情報を。それでも現時点、被疑者には行き着いていないが、新たな情報が入ってくるかもしれないため、一つ一つ大事に調べていく」と、捜査の現状を語る。
事件の鍵を握るとみられる画像がある。「その時のATM。これは静止画。これはあくまでもお金を下ろした人物であって、殺人事件を起こした人物とは必ずしも言えないが……」(宮本副署長)。被害者から盗んだカードを使い、ATMで現金を引き出すところを捉えたもの。フードが付いた白っぽい服を着たその人物は、逆光のため顔が黒くなっており、顔の特徴をはじめ性別や年齢の推測も困難だ。
宮本副署長は「足跡から靴はほぼほぼこれであろう」と、犯人がはいていたと思われる同じ種類のトレッキングシューズの写真を見せる。現場に残されていた犯人の足跡は1人とされ、25.5〜26cm。25年間、この人物に関する有力な情報は寄せられていない。
「ママを呼んでも起きない」長男4歳が号泣しながらSOS

私たちが被害者の母親、弘子さんと会ったのは、2026年4月。「娘のことを思い出すだけで、辛くて仕方ないけれど、娘のためなら話します」。そんな思いで取材を受けてくれた。「コーヒーとお水とお茶(をお供えして)。コーヒー大好き、紅茶大好き」と偲ぶ。
殺害されたのは長女・関岡晴美さん(当時34歳)。可愛い盛りの2人の子どもを育てる幸せ絶頂な時だった。
「25年のあの日のままです。6月29日、その前日に雨がよく降っていましたから、娘とした会話がそのまま耳に残っています。痛かったに違いないですよね。それを思ったら、かわいそう過ぎますよ。どんな気持ちでね、亡くなったのかなと思って……代わってあげられないんですね」(母・弘子さん)
事件は2001年6月29日、北九州市若松区の閑静な住宅地で起きた。犯行時間は死亡推定時刻などから、夫や子どもを送り出した午前8時ごろから正午までの午前中とみられている。事件当時、自宅には晴美さん1人だった。
午後3時前。いつもは出迎えるはずの母親の姿がなかった。幼稚園の職員2人が付き添っていた。すると当時4歳だった長男が、家から号泣しながら飛び出してきた。「ママを呼んでも起きない」。幼い長男が、自宅の居間で血まみれになって倒れている母親を発見したのだ。
宮本副署長が当時の状況を説明する。「すぐに幼稚園の先生が、すぐ近くで待っていた幼稚園バスの運転手さんに110番通報を依頼して、運転手さんが110番した。この時間が午後2時52分」。
弘子さんは「『あのね』って当時よく言っていましたね。『ママね、おばあちゃん、血が出てたよ』『血じゃないんじゃないの?お水じゃないの?』って言ったら、『ううん、血だったよ。かわいそうだったよ。おばあちゃん。僕がね、ママ、ママと言っても起きなかったの』って言っていましたね。『でもよかった、あなたでね。ママを見つけてくれたのがあなたでよかった。お姉ちゃんは、いくら年上と言っても女の子だから。やっぱりママは“あなたに見つけて欲しい”と願ったに違いない。ありがとう』って私は言いました」と振り返る。
晴美さんは、刃物で複数刺されており、死因は失血死だった。何者かが自宅を訪れ、晴美さんを殺害したとみられている。刃物は犯人が持ち込んだものとみられており、当時の捜査関係者への取材では、晴美さんの遺体に犯人のものとみられる、噛みつかれた歯形があるなど、激しくもみ合った形跡があった。
「例えば、包丁で手の先を切っても痛いじゃないですか。それを何カ所も刃物で刺されて…。『お母さん……』って亡くなったのかなとか、いろいろ考えます。きっとこの子は、子煩悩な母親だったから、2人の子どもの名前を呼んで亡くなったに違いないなって思います」(弘子さん)
盗んだカードでATM出金→写真公開も捜査難航

弘子さんには、いまも不可解な点が残っている。なぜ普段から用心深かったという晴美さんが玄関を開けたのか。当時は音声のみのインターフォンだった。
「あの子(晴美さん)は用心深かった。私だって(玄関を)開けない。『お母さんだよ』って言ったら、『はーい』って言って(玄関を)開けていた。『誰々です』って言って、きっと入ったに違いないと私は思う。ここの戸を開けて対応して、そして何かを取りに行ったと思う。後ろから(刺された)。だからそのままずっと(追いかけた)。(警察に)何かを取りに行かれていますよって。だからそれは私が思うにハンコ、その当時は何にしてもハンコが要りましたから、お金だったかもしれませんね。『会費を取りに来た』って言われたら。だから娘も『何が起こったの?』ってくらいで亡くなったに違いない」
侵入者は自宅を物色し、2階にも上がった形跡があったという。そしてわかったことがあった。晴美さんのクレジットカードが盗まれていたのだ。弘子さんによれば、晴美さんが持っていたカードは、当時ダイエーが発行した専用カードだったという。
自宅から約3キロ離れたダイエーのATMで、現金約50万円が引き出されていた。引き出した時間は、事件当日の午前11時過ぎ。少なくともこの前に犯行が行われていた可能性がある。
現金を引き出したとみられる人物の写真は、殺害に関与したかは不明ながら、事情を知っている人物として、事件から1年後に公開された。しかし逆光のため顔の部分が黒くなっており、特徴や性別、年齢などの推測が極めて難しく、捜査は難航した。
当時防犯カメラは外には設置されておらず、ATMからの映像しかなかった。犯行当日は梅雨前線の影響で、時折、雨が降る1日だった。警察は、この人物が着用していたと思われる雨具も公開。移動に自転車を使ったのだろうか。
ママ友が明かす“優しいお母さん”像

晴美さんは1967年生まれ。明るく活発な女の子で、体操や走ることが大好きだった。中高は地元のミッション系の一貫校に通い、バレーボールに熱中したり、サンショウウオの研究に没頭したり。系列の短大に進んだあと、地元の企業に就職した。
24歳で同じ職場の男性と結婚し、2人の子どもに恵まれた。子育てに奮闘しながらも、その表情は幸せそのもの。子煩悩な母親だった。「うれしかったです、本当に。義理の息子もかわいいし、よかったなって」(弘子さん)。
晴美さんのママ友に、話を聞くことができた。「晴美さんの長女とウチの次男が同じ学校で、同じクラスだった。晴美さんだけは女の子のお母さんだったから、とっても優しい人。『これから仲良くしようね』というところだった。晴美さんのところは、長男が幼稚園に入って時間ができるようになったから、『これから私もランチとかに参加できるよ』という話で喜んでいた」。
そして、「晴美ちゃんのイメージはスカート。女の子のお母さんって感じでした。晴美ちゃんは、ほんと優しいお母さんでした。もうお話もとても心がこもっていて、『女の子のお母さんやね』って、いつももう1人の人と話していました。すぐ捕まるかのようなニュースだったから、捕まらないというのが本当にもどかしくて。子どもたちも、もう30歳を超えたんですよね」と語る。
交友関係を徹底調査したが“情報なし”

実はひとつの手がかりとなる物証がある。現場に残された足跡だ。靴底の模様から推測されたのは、男性向けのトレッキングシューズ(25.5〜26cm)だった。自宅に残された足跡は1人とみられている。果たしてATMの人物の物なのか。
九州工業大学大学院の森口哲次准教授が2025年、最新解析技術を応用し、出金した人物の画像をコンピューターで解析、デッサン化した。「森口先生もこのデッサン画で、この人物が男性なのか女性なのかはわからないと。(アゴの下を指さし)この部分がヒゲのように見えるが、そう見えるだけであって、もしかしたらヒゲかもしれないし、そうでないかもしれない」(宮本副署長)。
画像から読み取ったデッサンは、頬がこけ、痩せ型の印象だ。顎にヒゲらしきものがあるが、これが何なのかは不明だという。
若松警察は晴美さんの交友関係を調べ、何かトラブルを抱えていたかなどシラミつぶしで当たったが、不審な人物はいなかったとしている。宮本副署長は「被害者のご家族、被害者の奥さん、旦那さん、子どもさん2人、奥さんのご両親、旦那さんのご両親、それぞれ何らかのトラブルを抱えたりしていなかったのかというところから、亡くなられた奥さんがそれまで働いていた先でトラブルがなかったのか。その辺りもかなり詳しく調べている。しかし、これという情報はなかった」と説明する。
毎年ビラ配りも…自宅に1枚も残らぬワケ
あの日から25年。弘子さんは毎年、事件があった6月29日に、警察と情報を求めるビラ配りを行なってきた。すべては娘のため。しかし有力な情報は得られなかった。実は、自宅には配ったビラは1枚も残っていない。
「持って帰った分は全部破ったり、金づちでたたいたり、包丁だったかカッターだったかよくわからないが、切りつけた。『あなたはね、これぐらいの痛みをなさったんですよ』って言って、焼いてみたりしましたね」(弘子さん)
弘子さんは「犯人は今、どこで自ら犯した罪と向き合っているのか」と考える。犯罪心理学者の出口保行氏は、「やはり事件を起こした後、何らかの形で逃走を図っていた人間は多くいる。彼らは『逃走を始めてから安心できた時間は1分もない』と言う。人が話しているのを見ると、『自分のことを話しているのではないか』。車両を見ると、それが警察車両に見えたり、パトカーなどを見ると『もう自分を捕まえに来たんじゃないか』。全てを自分に関連付けて考えてしまう。要するに『疑心暗鬼の状態になっていた』と、口をそろえて言う。『安心して逃げ切っていた』という話をした人間は誰もいない」と解説する。
そして、「長期刑受刑者を収容する刑務所にも勤務していて、その中にはかなりの期間、逃走していた人間がいた。その者たちから話を聞くと、『捕まりたくはない』と思っていたが、『捕まって案外ほっとした』。要するに逮捕されることの恐怖から解放された。これは犯罪者たちの心理を物語っているのだろう。解決事件にするため、国民の皆さんのとにかく情報提供が必要。それを最後にお伝えしたい」と呼びかけた。
82歳の母・弘子さん「もう少しだけ頑張るけんね」
宮本副署長も「この事件は時効が来ることはありません。したがって、犯人には逮捕されて刑に服するまで、安住の地はない。情報提供に遅すぎるということはありませんので、どうかよろしくお願いいたします」と求める。
「少しは歩かないとね」と言う弘子さんは、現在82歳。最近体の自由が思うようにはきかなくなってきた。それでも天国の娘にこう語りかける。「晴美ちゃん、お母さん、もう少しだけ頑張るけんね。絶対手ぶらではそっちにいかんけん。待っててね」。
情報提供
若松警察署(093-771-0110)
(『ABEMA的ニュースショー』より)
【映像】犯人とみられる人物がATMから現金を引き出す様子
【画像】犯人とみられる人物がATMから現金を引き出す様子
【映像】部屋に飾られた晴美さんの“遺影”(実際の様子)