59歳で第一子、9歳から英国の寄宿舎に入れた理由

取材中、片山さんは姿勢よく溌剌とお話を続けてくれた(撮影:梅谷秀司)
“義務教育以外”を選んだ理由
片山さんの息子さんはモンテッソーリ教育が受けられる幼稚園に始まり、小学校には通うことなく日本のフリースクールへ、さらに9歳から16歳までは“世界一自由な学校”とも言われるイギリスの『サマーヒルスクール』に通った。
【写真】息子さんの渡英中、片山さん親子は夏休みを利用して欧州を旅した。そのときの記録を自費出版で本にしている
なぜ片山さんは息子さんに日本の“義務教育以外”の道を用意したのだろうか。
「子どもがまだ小さいとき、『バカをつくる学校』(成甲書房、ジョン・テイラー・ガット著)を読んでひどく衝撃を受けました。それまでは学校へ行くのが当たり前だと思っていました。それから学校に関する本を100冊以上読んで、『学校へは行くべきではない』と確信しました」
息子さん自身、学校への入学に後ろ向きだったと言う。
「小学校入学前に学校見学会に行くと、『学校へは絶対行かない』と言い張っていました。授業を教室の後ろから見ても『つまらなそう』と。どうして?と聞くと『みんな座って聞いているだけ』と答えたんです。学校嫌いな私の影響はないとは言えませんが、同じような考えの友人夫婦の子どもたちはみんな親の反対を押し切って学校へ通っています。本人も思うところがあったのだと思う」
妻も片山さんの教育方針に最初は驚いていたが、最終的にはその考えに納得し理解を示した。
それでも毎年、学年が変わる時期には「公立の学校で教育を受けたければ、それでもいい。自分で選びなさい」と伝え、そのたびに選択させてきたという。しかし、息子さんが日本の小学校を選ぶことはなかった。
“イギリス行き”決めた経緯
9歳から入ったイギリスの『サマーヒルスクール』は全寮制。まだ幼いといえる年齢から、遠い海外の学校にかけがえのない一人息子を預けることに、躊躇はなかったのだろうか。
「当時『よく一人で行かせる気になったね』とか『よく手放す気になったね』とか言われましたが、子どもは遅かれ早かれ独り立ちするし、小さいときから息子の自主性や主体性を大事にしてきたので、どこでも自由に飛び出していく性格に育っていました。それに、息子は一人息子なので、家にいるときはいつも一人で退屈そうで」
同校は幼すぎる年齢で母国を離れると母国文化を忘れてしまうという考えのもと、寄宿生としての入学は9歳頃からだったという(情報は当時、片山さん談。現在の募集要項は要確認)。そのため、まずは見学するために8歳の息子さんを連れてイギリスへと向かった。
見学で、片山さんはサマーヒルスクールを大いに気に入った。
「学校の広さと自然の豊かさ、子どもたちのふるまいを親子で見ました。そこでは授業はありますが、出席するかしないかはまったく本人に任されていました。
だから自分が勉強したければ授業に出るし、そうでなければ一日中遊んでいる。どの子も自分の意思によってすべてを選択するという生き方を貫いていて、そのすがすがしさに感銘を受けました」
「入学したい?」に息子はどう答えたか
片山さんは帰国後、息子さんに入学したいかどうか、意思を確認した。すると、息子さんは一言
「おそらく」
と答えたという。おそらく行くことになるだろう、という意味だった。わずか8歳の子がこのような含みのある表現をするということに、筆者も驚いた。時間を置いて何度も確認したが、決心は揺るがなかったという。
ちなみに、息子さんは入学前時点では英語をまったく話せない状況だった。この言葉を聞き、片山さん自身も英語はほとんどわからないなか、就学ビザの取得に奔走した。
サマーヒルスクールに行くことを決めた息子さんが、初めて一人で飛行機に乗って渡英するときのこと。
「妻とふたりで空港に見送りに行ったとき、手荷物検査のゲートを通り抜けたあと、まったくこちらを振り返りもせずに行こうとしたんです。アテンダント(対象年齢は航空会社によって異なるが、子どもが一人で搭乗する場合、航空会社の添乗員がサポートするサービスがある)の方があわてて私たちのほうを見るよう彼を促したけど、当の本人は一直線に行っちゃったのを見て、思わず『すげえ』って(笑)」
息子さんは最初の1年間はまったく言葉が通じず、かなり苦労することに。しかし、あるとき突然クラスの子と会話が成立し、相手も『冗談が通じた!』と感激してスタッフに報告したという。
その後、息子さんはイギリスでの学校生活に満足していたのか、16歳の頃に新型コロナウイルスの世界的流行によって帰国を余儀なくされるまで、一度も「日本へ帰りたい」とは言わなかったそうだ。

渡英中、片山さん親子は夏休みを利用して欧州を旅した。そのときの記録を自費出版で本にしている(写真:片山さん提供)
息子のためとはいえ、たった一人の我が子と長期間離れて暮らすことは、夫婦ともに寂しくはなかったのだろうか。
「寂しいことは寂しかったですよ。でも、息子がいない期間は夫婦ふたりの時間を楽しんでいました。あちこち出かけたり、温泉に行ったり。夫婦仲はいい方じゃないかと思いますね」
帰国後どう過ごしているのか
帰国後、息子さんは日本の大学に進学することを決意し、オンラインの通信制高校に通い、現在は都内の難関私立大学に通っている。これらの進路も全て自分で決めてきた。
片山さんの教育方針を、大人になった息子さん自身はどう感じているのか。
「大学受験のとき勉強がすごく大変だったみたいで『なんでちゃんと学校に行かせなかったの』って言われました(苦笑)。でも、今まで僕は一度も(フリースクールを)強制はしていない。その都度聞いて、息子自身に選ばせてきましたから。『そんなの、子どもだったんだからそのときはわかんないだろ』って言われましたが。
そう言われる可能性は十分あると考えていたけど、逆に僕が『行かせるべきでない』と思っている場所に行かせた結果、本人から『どうして行かせたんだ』と言われるほうがつらいですから」
ところでなぜ、息子さんは進学先に日本の大学を選んだのだろうか。海外という選択肢も十分あったはずだ。
「本人曰く『日本のメシが世界で一番うまいから』と言っていました(笑)。渡英中に帰国したときも毎回、日本のご飯は美味しい、美味しいと言っていましたしね」
80歳現在の生活とは
片山さんのユニークな子育て経験について筆者の興味が尽きず、取材は約2時間以上に及んだ。その間ずっと、片山さんは姿勢よく溌剌とお話を続けてくれた。そのパワーの秘訣はどこにあるのか。
「半年前からライザップで週2回パーソナルトレーニングを始めました。そこから、体が劇的に変わりました。70代半ばでがんを患いましたし、それまでは『いつ介護施設に入るの?』と言われんばかりのヨボヨボの状態だったのに、今はものすごく調子がいいです」

約2時間の間、生き生きと話を続ける片山さん(撮影:梅谷秀司)
また、心の若さも印象的だった。片山さんは持参したタブレットを見せ「今、このゲームを作っているんです」と筆者に説明してくださった。
まだ試作の段階だが、カーリングを画面上で行うゲームだ。画面の中のストーンを指で滑らせるように動かし、試合をすることができる。作ろうと思った理由は「高齢者向けのゲームがあまりないから」。
「今のゲームって若い人向けに作られているから、スピードも速すぎるし複雑すぎて高齢者は全然遊べない。でも、高齢者ってみんな暇でしょう(笑)。このカーリングのゲームなら指や頭のトレーニングにもなるし、孫とのコミュニケーションツールにもなり得ますよね。
それに私にはプログラムしかないし、マグロみたいに泳いでいないと死んでしまうから」
それまでカーリングの知識があまりなかったため、YouTubeでカーリングに関する動画を観始めたところ「カーリングの戦い方の理屈がわかるとめちゃくちゃ面白くなってきて、つい観入っちゃって。製作が全然進まないんですよね(笑)」と笑った。
「面白い大人」代表のようだった
齢80にしてもなお、尽きぬ好奇心と創作意欲に溢れる姿は「面白い大人」の代表のよう。この年になっても、こんなに輝いていられるだけの生命力を心底羨ましく感じた。
片山さんは取材を終えると、『これから息子とビリヤードに行くんです』と嬉しそうに話し、颯爽と地下鉄の階段を降りていった。