炊飯器の象印「米が美味すぎる食堂」大反響のワケ

大阪・難波の複合商業施設「なんばスカイオ」6Fにある象印食堂 大阪本店(筆者撮影)
お代わりが止まらない謎の食堂
「え? 4杯目?」
【写真アリ】美味しそうすぎる…「象印食堂」のメニューはこんな感じ。店内も清潔感たっぷり
隣の50代、もしかしたら60代に達しているマダムがお代わりに立つ姿を見て、思わず声が出てしまった。彼女だけではない。向かいの40代くらいの女性も、奥の30代らしき男性も、何度もお代わりに立っている。
ここは大阪・なんばの和食店。「おいしいごはんを食べに連れてったる」と友人に誘われてきたが、まさか「白飯がおいしい」店のことだとは思わなかった。
と、言っている私もすでに3杯目だ。真っ白で粒が大きく、つやがある銀シャリ。もっちりと粘りがあり、噛むと甘みがぶわっと広がる味わいが最高で、すぐ茶碗が空になる。
このごはん、タダモノではない! そう感じて店の運営元を確認すると、なんと、象印マホービン(以下、象印)だった。
家電メーカーが、なぜ飲食店を手掛けるのか。飲食事業の責任者である、経営企画部 事業推進グループ長の北村充子さんに聞いた。

象印食堂 大阪本店の店内。テーブルは隣との間を広くとって、ゆったり配置されている(写真提供:象印マホービン)
家電メーカーが挑んだ「体験価値創造」マーケティング
象印が経営する「象印食堂 大阪本店」は、大阪メトロなんば駅から徒歩5分、複合商業ビル6階にある。通りすがりで目に入る路面店ではないが、2018年のオープン以来、コロナ禍をのぞいてずっと“行列の店”だ。
2023年、JR東京駅から徒歩1分の商業施設「KITTE丸の内」5階にオープンした2号店も同様で、連日1時間以上の待ち列ができている。

大阪メトロなんば駅から徒歩5分の大阪本店は、複合ビル6階という立地にもかかわらず、連日行列ができている(筆者撮影)
客の中心は、生活に余裕があって食への意識が高い40、50代の女性だ。休日はファミリー、夜は仕事帰りのビジネスマンが「きちんとしたごはんを食べたい」と訪れることも多い。
彼・彼女たちの目当ては、ごはん。それも、象印が手掛ける炊飯器の最上位モデル「炎舞炊き」で炊いたごはんである。3種類を常備しており、すべて食べ放題となっている。
「『炎舞炊きのごはんが食べたい』『象印の最高機種の炊飯器のごはんがいかほどのものか知りたい』『もしおいしかったら家でも炎舞炊きを買いたい』などの目的で訪れる人が多いですね」(北村さん、以下「」内はすべて)
つまり、この店は「炎舞炊き」の価値を体験で伝えるセールスプロモーションの場なのだ。家電量販店の店頭説明やカタログでは、「ごはんの味の違い」はなかなか伝わらない。だが食堂なら、実際に食べてもらえる。
そして、「おいしい」と感じたとき、客の意識は、はじめて製品の機能や価値に向く。機能を説明するのではなく、“感動を体験させる”こと。それが象印の狙いだった。

ごはんへの並々ならぬこだわりを語る北村充子さん(写真提供:象印マホービン)
25台の炊飯器が毎日フル回転!
店の中を紹介していこう。
店内には、入り口のレジコーナー奥、「店のどこからでも見える場所」に、「炎舞炊き」が25台も並んでいる。
一見展示場のようでもあるが、それがこの店の意気込みを表している。感動を伝えるために最も重要なのは、「炎舞炊きで炊いた、本当においしいごはんを提供すること」だからだ。

大阪本店では、入り口から見える棚に「炎舞炊き」がズラリと並ぶ(写真提供:象印マホービン)
象印食堂が、ごはんにかける手間は半端ない。
「炊飯器1台1台、米と水の量を、グラム単位で正確に測って炊いています。空になったら、釜も蓋も全部洗って手入れし、初期状態に戻してまた炊きます。毎日25台がフル回転していて、米の量で言えば、約40キロを消費しています」
炊飯器は一升炊きのサイズだが、一度にあえて5、6合しか炊かない。常に炊きたてのごはんを提供するため、わざと減らしているのだ。一升の釜は大きく、相当な手間であろうことは想像に難くない。実際、筋肉痛になるスタッフも多いのだとか。

東京店の「炎舞炊き」はホワイトカラー。キッチン前のカウンターに並んでいる(写真提供:象印マホービン)
ではなぜ、「炎舞炊き」で炊くごはんはそこまでおいしいのだろう。
ポイントは、「IHヒーター」で局所的に加熱し、温度差を生み出すことで、米と水に複雑な対流が生まれることにある。対流に乗って米が「舞う」ことで、表面のでんぷんの糖化が進み、甘みの強いごはんが炊き上がる。

巻き付けたIHヒーターを加熱することで水の対流を生み出し、米を舞わせる(写真提供:象印マホービン)
象印では、この「甘みがどれだけ強いか」を「おいしさの指標」の1つとしている。現在の「IHヒーター」の仕組みが生まれるまで、開発陣は途方もない努力を重ねたそうだ。
「私も元々は開発畑で、炎舞炊きチームの血の滲むような試行錯誤をずっと見てきました。だからこそ、人件費も手間もかかりますが、妥協できません。味がぶれてはいけないんです」
そのごはんを、象印食堂では常時3種類、食べ放題で味わうことができる。目的は「食べ比べをしてもらうこと」だ。
食べ比べをすると人は、「こっちよりもあっちがおいしい」と、自分好みの味を発見しやすくなる。もしも用意された3種類のごはんがドンピシャの好みでなくても、「もっと硬めが好き」など、ごはんへの趣向が見えてくるのだ。そこから、好みに合わせて121通りもの炊き方ができる「炎舞炊き」の購入につなげることが狙いである。
ごはん3種類の内訳は、まず、象印が一番おいしいと考える、「粘り」と「かたさ」のバランスを実現した「ふつう」。月替りで炊き上がりの食感を変える、「しゃっきり/もちもち」、そして、同じく月替りで玄米や雑穀米を混ぜた「健康応援米」だ。

左から、しゃっきり、もちもち、健康応援米(写真提供:象印マホービン)
「取扱説明書通り」に炊くことの重要性
使う米にも並々ならぬこだわりがある。品種は、お米に対する専門知識がある人にのみに与えられる最上位資格「五ツ星お米マイスター」を持つ金子真人さんが選定した「さがびより」と「つや姫」のブレンド米だ。
甘みや旨みはもちろん、炎舞炊きで米が舞っても崩れにくいことも条件だった。

象印食堂で使用している、「さがびより」と「つや姫」のブレンド米(写真提供:象印マホービン)
決して安い米ではない。昨今、米の価格は高騰しているが、「品質は下げない」と北村さんは断言する。仕入れも、品質を担保するために、金子さんから直接購入している。
この厳選された米を、どのように炊くのか。「なるべく炊きたてで提供するため、一升の炊飯器だが5、6合炊く」「釜と蓋を洗って初期状態にする」などは聞いたが、ほかにも特別なコツがあるのでは? そう思って尋ねると、「水と米の量をきちんと測って入れて、あとは取り扱い説明書どおりにボタンを押すだけ」と、ちょっと拍子抜けする答えが返ってきた。
しかし、それこそが重要なのだ。
「勝手に違う炊き方をされて、あのおいしいごはんが違う味になってしまうことだけは嫌なんです。説明書にある使い方は、開発者が何度も試行錯誤した結果。だからこそ、それを守り通し、自信を持ってお届けできています」

「炎舞炊き」でおいしいごはんを炊くコツは、水と米の量を守り、取扱説明書の炊き方を遵守すること(写真提供:象印マホービン)
説明書通りの炊き方を守るため、北村さんは頻繁に抜き打ちチェックもしている。仕事に慣れたスタッフが手を抜いたり、自分たちの感性で細かい変更をしていないかを確認しているのだ。
ごはんが引き立つおかず選びも
メニューづくりも、ごはんを主役に設計されている。提供するのは、昼は「象印御膳」と名付けられた定食3種類と、事前予約が必要な「御膳」が2種類。夜は「御膳」が6種類と「会席」が2種類だ。
内容は、基本は味噌汁と、主菜、小鉢におかずが3~7品、漬物や明太子など「ごはんのお供」が3品。味付けの基準はすべて、「ごはんが引き立つかどうか」だ。旬の野菜たっぷりで、見た目も彩り鮮やかな構成である。

ランチタイムの定番定食「象印御前」2100円(東京店は2200円)。大阪本店の2025年夏のメインは、塩麹に漬け込んだ唐揚げ(写真提供:象印マホービン)
価格は、大阪本店で昼2100~4200円、夜2800~6000円程度(税込、以下すべて)。客からは、「安くはないけど本当においしい」と喜ばれている。
セールスプロモーションから始まった食堂
そもそも、象印が飲食店をオープンするきっかけとなったのは、炊飯器のセールスプロモーションだった。2016年に東京・表参道で、炊飯器のPR活動として簡易食堂をオープンしたのだ。
10日間、ごはんに合う和風おかずとけんちん汁、当時の最上位機種『極め羽釜』で炊いたごはんを提供したという。すると、価格が1000円と手頃なこともあって、用意していた100食が毎日完売した。
好評を受けて、2017年にも同じ表参道と、今度は大阪・梅田でも簡易食堂を10日間オープン。その際は、ごはんを「ふつう」「しゃっきり」「玄米」の3種類から選べる形にした。このときも、東京は1日150食、大阪は1日100食が完売。さらに、客から「こんなにおいしいんだから、常設店をつくってほしい」というラブコールをたくさん受けたそうだ。

2017年、東京・表参道に10日間だけオープンしていた簡易食堂。1日150食が完売した(写真提供:象印マホービン)
他方、偶然の出会いもあった。現在の大阪店が入る「なんばスカイオ」のオーナーである南海電鉄の社員が食べにきて、「健康に寄与する和食テナント」として誘いを受けたのだ。
客からの要望と、南海電鉄からの誘い。その両方が追い風となって、象印は食堂づくりへのチャレンジを決めた。
最初の試みから10年近く経った2025年、象印食堂の月商は、大阪本店61席で約1500万円、東京店50席で約1900万円。11:00~15:00、17:00~21:00の8時間営業で回転数はそれぞれ4前後、平均客単価は2600円。飲食事業の売上高は、象印全体のわずか0.7%だ。
しかし、この「小さな投資」が生み出すマーケティング効果は計り知れない。

夜の定番メニュー、和牛ロースのローストビーフ御膳。噛むほどに染み出す肉の旨みとごはんが好相性(写真提供:象印マホービン)
象印食堂では現在、使用している「炎舞炊き」のNW-FA型から、最新機種NX-AA型への変更を準備中だ。食堂用に特別改良し、25台の炊飯器の状態をタブレットで一元管理できるようプログラミングしている。
実現すれば、遠方からでも炊飯器の状態が分かり、ごはんにかける手間暇が少しは軽減される。そう期待して、改良を終えた最新機種の到来を待ちわびている。

近日店舗に設置予定の炎舞炊きの最新機種NX-AA(写真提供:象印マホービン)

象印食堂 東京店は、東京駅すぐの複合商業施設「KITTE丸の内」5階に(写真提供:象印マホービン)
「家電メーカーの食堂」だから成功できたワケ
それにしても、店内に炊飯器を25台並べたり、「説明書通りに炊く」など、象印食堂の姿勢は、従来の飲食店とは大きく異なっている。正直に北村さんに伝えたところ、「象印食堂の成功は、ごはんのおいしさだけでなく、その『家電メーカーならではの姿勢』にあるかもしれません」と気になる返答が戻ってきた。
一体どういうことなのか。後編ー「ランチ1人2100円~」でも大盛況!象印マホービンが運営する「米が美味すぎる食堂」。連日満席を実現した4つの仕組み化―では、家電メーカー象印が挑戦した、飲食業の改革を紹介する。