九州民が愛する「野菜爆盛り」ソウルフードの正体

野菜がたっぷりのできたてちゃんぽん(筆者撮影)
佐賀県民がわざわざ足を運ぶちゃんぽん店
九州への出張が決まったら、ぜひ食べてほしい一杯がある。
【画像を見る】麺が見えないほど野菜どっさり――これぞ“九州ちゃんぽん”の醍醐味!
佐賀県で創業75年、九州5県に12店舗を展開する「井手ちゃんぽん」。「マツコの知らない世界」や「秘密のケンミンSHOW極」でも取り上げられ、県外からの来店客が急増中だ。
長崎に隣接する佐賀では、ちゃんぽんは特別な料理ではない。スーパーには麺とスープが常備され、家庭でも外食でも「ちゃんぽんにしようか」と口をついて出る定番メニュー。佐賀出身の筆者の母の口癖も「ちゃんぽんでいいね?」である。
手軽に家でもちゃんぽんを食べられる佐賀県民が、わざわざ足を運ぶのが「井手ちゃんぽん」だ。

井手ちゃんぽん武雄北方本店(筆者撮影)
開店30分前、佐賀県武雄市にある本店へ到着すると、すでに数人が並び始めていた。「テレビを観て、大阪から長崎へ行く途中に寄った」というトラックの運転手も。開店時刻の11時には20人ほどの行列ができていた。
五感が追いつかない、厨房の臨場感
店内に入ると「いらっしゃいませー!」の元気な声とともに、フワッと優しい豚骨スープの香りに包まれた。厨房からは、ジュワーッ、ジャーッという音が響く。
「ちゃんぽん、特製ちゃんぽん!」
カウンター越しに声が飛び、中華鍋に炎が立ち上がる。豪快に投入されているのは、ちゃんぽんの具材となるキャベツ、もやし、豚肉、玉ねぎ、青ねぎ、かまぼこ、ちくわ。豚骨スープも加わり、軽く煮込まれる。

その動きはスピーディー!(筆者撮影)

立ち上る湯気、香ばしい匂い。厨房を囲むL字カウンターは、まさにアリーナ席。作っているのを見ながら待つ時間は、幸せな空腹だ(筆者撮影)

中華鍋の隣では麺が茹でられている。どんぶりに茹で上がった麺が入り、その上に具材が山盛りによそわれていく。野菜の量は計っておらず目分量だというが、筆者が見たところ400gくらいはありそうだ(筆者撮影)

最後に豚骨スープが注ぎ込まれ、どんぶりが完成する(筆者撮影)

もくもくと湯気を立てながら運ばれていくどんぶりたちを、思わず目で追ってしまう(筆者撮影)
「次は私のちゃんぽんだろうか」と喉を鳴らし、自分の番を待つ。注文からどんぶりが届くまで、およそ10分。カウンター席なら、その一部始終を楽しめる。
主役は野菜の山の下に隠れている
「ちゃんぽん、お待たせしました!」
目の前に現れたどんぶりに、視線が釘付けになる。

ちゃんぽん(920円)(筆者撮影)
直径約22cmのどんぶりに、キャベツ、もやし、玉ねぎ、青ねぎ、かまぼこ、ちくわ、豚肉が山のように盛られ、肝心の麺はまったく見えない。これが佐賀県民が「腹いっぱいになる」と太鼓判を押す、井手ちゃんぽんの正体だ。
炒められた野菜がスープをまとってツヤツヤしている。もやしは1本1本が張りを保ち、キャベツもしっかり波打つ形だ。

この野菜のツヤツヤシャキシャキ感が家庭とは一線を画すプロの技である(筆者撮影)
レンゲでスープをすくおうとするが、ぶ厚い野菜の層が行く手をはばむ。野菜を押しやり、隙間をつくってスープをすくう。

スープは豚骨ベースの味(筆者撮影)
口に含むと、じんわりと染みわたるまろやかな豚骨。コテコテではなく、柔らかな旨みが口いっぱいに広がる。野菜の水分が溶け込んでいるのだろう。
シャキシャキ野菜と、その下で待つ麺
野菜の山に突入する。ワイルドにつかんだ野菜を口にほおばると、シャキシャキと音を立てる。柔らかすぎない歯触り。まるで野菜のアルデンテだ。

豚骨スープのまろやかさに、シャキシャキしたもやしの食感がいいアクセントになっている(筆者撮影)
「強火で手早く炒めるから野菜がおいしい。火力が違うから家ではなかなかできない」と、3代目の井手良輔さんは語る。
ちゃんぽん自体は家でも作れるが、わざわざ店に食べにくる理由がここにある。
絶妙なもやしとキャベツの食感に、存在感のある豚肉の旨味が合わさる。
野菜をかき分けて麺に向かう。
太めの自家製麺。箸で持ち上げると、ほどよい弾力がある。スープがよく絡み、麺自体にほんのりとした甘み。本店横の製麺所で作られる、ちゃんぽん専用麺だ。

豚骨スープが絡んだ麺を、ズズズっとすする。噛むほどに小麦を感じる(筆者撮影)
「私は麺から食べるよ。麺を食べてる間に野菜が煮えるからね」と話すのは、厨房で中華鍋を振るう2代目の妻・井手静代さん。嫁いで55年、ちゃんぽんを作り続けている。
人気メニューは「ちゃんぽん」と「特製ちゃんぽん」
井手ちゃんぽんで一番人気なのは「ちゃんぽん」(920円)。その次は「特製ちゃんぽん」(1080円)だという。
取材の日も、席につくなり「特製!」と迷いなく声を上げる男性客の姿を見かけた。
「特製ちゃんぽん」は、山盛り野菜の上にさらにキクラゲと生卵がのる。キクラゲのコリコリとした食感が好評だ。
「生卵が溶けてスープがよりまろやかになる」と静代さん。慣れた手つきで塩コショウを振る常連客も多い。
ちゃんぽんのお供にギョーザやライス、生ビールを頼むひともいる。

特製ちゃんぽん(1080円)(筆者撮影)
「めん抜き」という攻めたメニュー
興味深いのは、注文の自由度の高さだ。
「野菜大盛」「めん大盛」はもちろん、約3年前からは「めん抜き」というメニューも登場している。
「苦手な野菜を抜いてほしい」という要望に応えているうちに、「麺を抜いてほしい」という声が生まれたそうだ。野菜とスープだけのちゃんぽんは、糖質制限中のひとや健康志向の女性に好評だという。
麺抜きの場合は、野菜の量が130%に増える。もともと山のような野菜が、さらに盛られるのだ。

武雄北方本店メニュー。メニューは店舗によって異なるためWEBサイトで確認を(筆者撮影)
シャキシャキの野菜を食べ進めるうちに顎が少し疲れてくるほど。130%増しともなれば、いろんな意味で健康に良さそうだ。
「麺抜きの注文、結構ありますよ。逆に野菜抜きはできません。野菜がないとちゃんぽんじゃないですからね」とスタッフさんは笑う。
それぞれの楽しみ方がある一方で、井手社長はこう語る。
「全部が入ってこそ、井手ちゃんぽんの味になる。最後に残ったスープを飲むと、小麦の甘みが溶け出しているのがわかります。野菜や具材の旨み、麺の甘み、豚骨スープ、すべてが合わさってこその味なんです」
それが井手ちゃんぽんだ。
実は、カツ丼も人気
井手ちゃんぽんはもともと丼物がメインの店。創業者が大阪で修業したタレを受け継ぎ、「カツ丼」(950円)も名物メニューだ。その人気から、福岡県内には「井手カツ丼」という専門店も3店舗展開している。

武雄北方本店のメニュー。メニューは店舗によって異なるためWEBサイトで確認を(筆者撮影)
取材の日も、カツ丼の注文がよく入っていた。4人揃ってカツ丼を頼むテーブルも複数見かけた。ちゃんぽんだけでなく、カツ丼を目当てに訪れる常連も多いという。
なお、店舗によってカツ丼の提供有無が異なるため、事前にWEBサイトで確認を。
取材後日、カツ丼を食べに再訪した。こっくりとした甘めのタレに、半熟の卵をまとったサクサクの揚げたてカツ。ごはんが止まらない。
もし、日程かお腹に余裕があれば、カツ丼も試してみてほしい。

カツ丼(950円)(筆者撮影)
出張飯にちょうどいい、罪悪感ゼロの一杯
出張中の食事といえば、外食続きで飽きてくるか、ひとり飯でつい炭水化物に偏りがちだ。
井手ちゃんぽんの一杯はちょうどいい。
山盛り野菜でたんぱく質も炭水化物もバランス良く摂れる。その上、豚骨スープを飲みたい欲求を満たしつつ、麺をすする満足感も得られる。

求めていたのは、この一杯(筆者撮影)
お腹いっぱいになっても、不思議と罪悪感を感じない。
きっと野菜の山のおかげだろう。
創業75年、地元に愛されるソウルフード
井手ちゃんぽんの歴史は、1949年の創業まで遡る。
地元の炭鉱夫たちに「安くて栄養のあるものをお腹いっぱい食べてもらいたい」との思いで、創業者・井手精市郎さんが開いた「千十里(ちどり)食堂」がはじまりだ。
当初はもっと濃厚でこってりとした一杯だったが、「女性や子どもにも食べてもらえるように」と野菜を増やしていくうちに、いまのスタイルが生まれた。やがて常連客たちが「井手ちゃんぽん」と呼ぶようになり、正式な店名となった。
本店は佐賀県武雄市、武雄北方インターから車で約5分、国道34号線沿いにある。35台停められる広々とした駐車場、ひとりでも気兼ねなく入れるカウンター席、テーブル席、お座敷席。懐の深い店づくりだ。
サクッとお腹を満たしたい仕事中のひとから、地元で通うおじいちゃんおばあちゃん、赤ちゃんや小さな子どもを連れた家族まで、幅広い客層を受け入れる。
「3世代で通ってくれるお客さんもいます」と井手社長が話すように、75年かけて地域に根付いている。県外から注目を集めるようになっても、その味は変わらない。
九州への出張が決まったら、地元民が愛し続けるソウルフード「井手ちゃんぽん」を食べに行こう。あの野菜の山を体験しに。