あえて1年、入学を遅らせることも? 日本とは違うアメリカの「早生まれ」事情とは

日本では、満6歳の誕生日以後の最初の4月2日から9年間が義務教育となりますが、アメリカではどうなのでしょうか。法律や政策の大枠は国が定めても、詳細は州ごとの裁量で決まるアメリカ。それは教育も同じで、州によって義務教育期間も学齢も異なります。そのため、何かと損だ得だと日本で議論を呼びがちな「早生まれ」を巡る事情は、少しだけ日本とは違うといいます。現地で子育てに奮闘するエディターのハントシンガー典子さんのリポートをお届けします。
■アメリカで親を悩ませる「夏生まれ問題」

アメリカでは一般的に、夏休み明けの8月末から9月上旬に新学年がスタートします。今の時期は、新入生もそろそろ、学校生活になじんでくる頃ですね。ただし、日本と大きく異なる点は、誕生日だけで学年を判断できないこと。たとえば、日本では生まれ年や誕生日を聞いて、「あ、同じ学年だね」なんて会話が弾むことがあります。文部科学省のウェブサイトにも「一学年は4月2日生まれから翌年の4月1日生まれの児童生徒までで構成される」と明記されています。一方、アメリカでは州や学区で条件は異なるものの、基本的に子どもの入学のタイミングは各家庭の判断にゆだねられます。つまり、同じ学校であっても学年によって、最年長の子と最年少の子の誕生日の範囲に差が出るわけです。
そこで、大きな決断を迫られるのが、日本の「早生まれ」に当たる夏生まれの子どもを持つ親たちです。クラスメートが年上ばかりか、年下ばかりか。それによって、子どもの発達や自己肯定感、自尊心はもとより、人格形成、進学機会、将来のキャリアパスにまで影響しないかと、心配性な親はあれこれ考えすぎてしまいがちです。

■「レッドシャツを着せる」とは?
皆さんは、「レッドシャツを着せる」(redshirting)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。もともとは学生アスリートの公式戦出場を1年遅らせて温存することを指しますが、アメリカの教育界隈(かいわい)では子どもの入学を1年遅らせる意味にも使われています。より適切と思われる発達段階を待って入学させることで、子どもの心身の健やかな成長をサポートしたい、また、クラスで落ちこぼれにさせたくないという考え方は、一部の親たちの共感を集めています。ただ、実際にそれができるかどうかは別問題です。

アメリカの公立校は一般的にキンダーガーテン(幼稚園年長)から始まり、12年生(高校3年生)まで無償化されています。自宅地域が運行ルートに入っていれば、スクールバスも利用できます。しかし、子どもの入学を遅らせて、その間、保育所や幼稚園などの早期教育をおこなうとなると、費用がかなり高額なうえに、送迎の負担もあります。アメリカで、日本のような園バスのシステムは一般的ではないのです。夏生まれの子を持つ現地の日本人ママたちの言葉を借りれば、「さっさと進学してもらったほうが、親は楽」「入学を遅らせるのは、お金がもったいない」というのが本音です。少なくとも筆者の周りでは、レッドシャツ派は一部にとどまり、学年を遅らせないで入学させる親が多数派のようでした。
レッドシャツを選択するのは、教育資金に余裕のある白人富裕層が中心とも言われます。バージニア州の2012~13年度データを基にした学術調査でも、白人約5%に対し、アジア系は3%未満、黒人およびヒスパニック系では2%未満と報告されています。教育格差の懸念から、近年は大都市を中心にレッドシャツを禁止する動きも出てきました。たとえば、ワシントンDCでは25~26年度において入学を遅らせることを原則禁止とする方針に転換し、レッドシャツを支持する親たちなどから抗議の声が上がっています。
■逆に1年早く入学させるケースも
コロナ禍を経て、白人富裕層以外にもレッドシャツ志向が広がったとの見方もあります。非営利団体、EdChoiceの21~22年度の調査によれば、約10人に1人の親が、子どもの発達の不安から入学を1年遅らせたと回答しています。
また、この年齢の子どもの発達状況は性差が表れるともいわれます。「あれ、女の子って男の子より、こんなに大人なんだな。それに比べて……」などと、男の子の親は、一度は感じたことがあるかもしれません。前述のバージニア州の12~13年度統計でも、レッドシャツとなる可能性は男子で4.53%だったのに対し、女子は2.12%と2倍以上の開きがありました。
秋生まれで発達の早い子など、1学年上のクラスに入ったほうがモチベーションを高められるのではと思う親がいてもおかしくはないでしょう。1学年上の夏生まれの子と比べて、誕生日はひと月ふた月の違いしかないのですから。そして、アメリカでは条件次第でそれが許される州や学区も実際にあります。
子どもの発達は一人ひとり違うもの。誕生日を問わず、子どもに合った教育が受けられるのが理想だと感じます。
(文/ハントシンガー典子)