ゼレンスキー「最側近」が汚職疑惑で辞任、国営原子力会社を使った巨額リベート・資金洗浄に関与か、政権の信用失墜

大統領官邸で寝食を共にし、プーチンの侵略に抗してきた同志, 外交上極めて重要なタイミングで発覚したスキャンダル, 国営原子力企業の調達・支払いをコントロールする陰のグループ, オフショア法人ネットワークを通じて資金洗浄, エネルギーインフラ防護のために使われるべき資金が抜き取られる, ゼレンスキー政権のイメージと米欧の信頼を揺るがす二重の打撃, 「ゼレンスキー氏とイェルマーク氏は“陰と陽”で一体化」, 「ゼレンスキー氏の窓口としては避けたい相手」

ウクライナの大統領府長官を辞任したアンドリー・イェルマーク氏(写真:ロイター/アフロ)

大統領官邸で寝食を共にし、プーチンの侵略に抗してきた同志

[ロンドン発]保守系米大衆紙ニューヨーク・ポストのケイトリン・ドーンボス記者は11月29日、X(旧ツイッター)に「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の最側近アンドリー・イェルマーク大統領府長官が汚職疑惑に関連して辞任、前線に」と投稿した。

 イェルマーク氏は2022年2月24日のロシア軍のウクライナ全面侵攻が始まってから大統領府でゼレンスキー氏と寝食を共にし、ウラジーミル・プーチン露大統領の侵略に抗してきた同志で事実上の副大統領。開戦初夜の有名なビデオメッセージにも大統領と一緒に写っている。

 イェルマーク氏はドーンボス記者に「私は前線に行く。いかなる仕返しにも耐える。私は正直で誠実な人間だ。電話に出られなかったら許してほしい。私はウクライナに仕え、2022年2月24日にキーウにいた。また会える日を。ウクライナに栄光あれ」とメッセージを送った。

 イェルマーク氏がいつどのような形で前線に向かうのか、ウクライナ軍に正式入隊するのかといった具体的な内容は明らかにされておらず、今のところ実際の前線配置が確認されたわけではない。

外交上極めて重要なタイミングで発覚したスキャンダル

 このメッセージが送られてきたのは、11月28日イェルマーク氏がキーウの国家汚職対策局(NABU)に自宅の家宅捜索を受け、辞任を申し出てから数時間後。家宅捜索と辞任はロシアとの戦争終結に向けた交渉を主導する米国チームと会談する直前に起きたという。

 ゼレンスキー氏はビデオ演説でイェルマーク氏の辞任を正式に受理したと表明し「和平交渉の場でウクライナの立場を一貫して代弁してきたことに感謝する」と称えた。その上で大統領府を「再起動」して防衛と団結に集中すると約束した。

大統領官邸で寝食を共にし、プーチンの侵略に抗してきた同志, 外交上極めて重要なタイミングで発覚したスキャンダル, 国営原子力企業の調達・支払いをコントロールする陰のグループ, オフショア法人ネットワークを通じて資金洗浄, エネルギーインフラ防護のために使われるべき資金が抜き取られる, ゼレンスキー政権のイメージと米欧の信頼を揺るがす二重の打撃, 「ゼレンスキー氏とイェルマーク氏は“陰と陽”で一体化」, 「ゼレンスキー氏の窓口としては避けたい相手」

2023年2月20日、キーウでアメリカのバイデン大統領(当時、中央)と会談したウクライナのゼレンスキー大統領(左)とイェルマーク大統領府長官(写真:ロイター/アフロ)

 スキャンダルはドナルド・トランプ米大統領が「28項目和平案」を提示し、ウクライナ側が19項目に削る外交上極めて重要なタイミングで発覚した。このタイミングがゼレンスキー政権のまさに中心のイェルマーク氏更迭の引き金になった。

 和平交渉代表団のトップにはルステム・ウメロフ国家安全保障・国防会議書記(前国防相)、ウクライナ軍のアンドリー・フナトフ参謀総長、外務省と情報機関の代表らを起用すると発表し、体制の立て直しを図る姿勢を明確にした。

国営原子力企業の調達・支払いをコントロールする陰のグループ

「メッセージはキーウの和平案交渉でウクライナ代表団を率いていたイェルマーク氏にとって激動の一日の後に届いた。イェルマーク氏への家宅捜索はウクライナの汚職監視機関が15カ月かけ『ミダス作戦』と呼ばれる大胆な恐喝事件を調査した後に行われた」(ドーンボス記者)

 ドーンボス記者によると、捜査でウクライナ国営原子力企業エネルゴアトムの請負業者に10~15%のリベートを払わせるか、ブラックリスト入りするかのどちらかを迫るという計画が白日のもとにさらされた。ウメロフ氏らも事情聴取されている。

 イェルマーク氏本人はX(11月28日付)に「NABUと特別汚職対策検察局(SAPO)は自宅で手続きを進めている。彼らは完全な立ち入りを許可されており、私の弁護士も現場にいて法執行官と連絡を取っている。全面的に協力する」と投稿していた。

 NABUとSAPOはイェルマーク氏に対する家宅捜索がミダス作戦の一環であることは認めたものの、現時点でイェルマーク氏が正式な容疑者として訴追されたとは発表していないと強調している。

オフショア法人ネットワークを通じて資金洗浄

 ミダス作戦ではエネルゴアトムを舞台にした約1億ドル規模のリベートと資金洗浄スキームが浮き彫りになった。NABUとSAPOは24年に捜査を開始、今年11月10〜11日に一斉捜索に踏み切った。捜査対象はエネルゴアトムの調達・支払いをコントロールする陰のグループだ。

 原子力関連の工事・機器・サービスを受注したい業者に契約額の10〜15%のリベートを要求。応じない業者には納品済みでも支払いを停止し、将来の入札から排除。受け取った資金はキーウの秘密オフィスを拠点に管理し、オフショア法人ネットワークを通じて資金洗浄していた。

 NABUは約1000時間の通話録音を公開。30億フリヴニャ(約110億円)の契約で10%のリベートに対して関係者は「少なすぎる」と不満を漏らし、リベートを15%に引き上げるまで新たな40億フリヴニャの契約を遅らせようと密議していた。

 調達プロセスを人質にリベート率を引き上げる悪質さが明らかになった。捜査線上に浮かんだのはゼレンスキー氏の旧友でコメディ制作会社「クヴァルタル95」共同オーナーのティムール・ミンディチ氏、元エネルギー省補佐官で原子力部門の監督役イホル・ミロニュク氏。

 エネルゴアトムのセキュリティー担当エグゼクティブディレクター、ドミトロ・バソフ氏。ウクライナ最高議会のアンドリー・デルカチ元議員(現ロシア上院議員)の一族が所有するオフィスで資金管理や二重帳簿の作成、オフショア口座を使った送金が行われていた。

 エネルゴアトムで役職を持たない「影のマネージャー」たちは入札・契約・決済の実権を握っていた。年2000億フリヴニャ(約7400億円)超の売上を誇る戦略企業が公式の経営陣ではなく「影のマネージャー」たちによって支配されていた。

エネルギーインフラ防護のために使われるべき資金が抜き取られる

 ヘルマン・ハルシチェンコ元エネルギー相(前法相)、オレクシー・チェルニショフ元副首相の関与も取り沙汰されている。現時点で少なくとも8人が容疑者、5人以上が拘束されたとされる。本来エネルギーインフラ防護に使われるべき資金が約1億ドルも抜き取られていた。

 彼らは盗聴を警戒して本名を使わず、ミンディチ氏を「カールソン」、ハルシチェンコ氏を「プロフェッサー」と呼ぶなど、マフィアさながらの手口を用いていた。

 リベートは電子送金だけでなく、キーウ市内で現金の入った巨大なバッグを持って歩いて運搬したり、妻に回収させたりするなど、大胆かつ泥臭い方法で行っていた。

 ロシアのミサイル・ドローン(無人航空機)攻撃で電力網が常に狙われる中、変電所や原発サイトの防護工事はウクライナにとって最優先課題。にもかかわらず、そのための予算の一部がリベートになっていたことに国民の怒りと西側の不信はピークに達している。

ゼレンスキー政権のイメージと米欧の信頼を揺るがす二重の打撃

 盗聴記録によると、ロシア軍による送電インフラへの大規模攻撃が続く最中、関係者がフメリニツキー原発の変圧器防護工事を「15%抜ける案件」として扱い、ゼレンスキー氏がエネルギー防護会議を開いていたまさに同じタイミングでリベート率引き上げを議論していた。

 エネルゴアトムはウクライナの電力の5〜6割を供給する戦略インフラ。それを舞台にした1億ドル規模の汚職は戦時の電力防護を直接損なうとともに、ゼレンスキー政権のイメージと米欧の信頼を揺るがす二重の打撃になっている。

 このスキャンダルへの対応は欧州連合(EU)加盟交渉における「反汚職改革」の信頼性テストと位置づけられる。裁判でどこまで有罪が確定するか、より上位の政治レベルまで関与があったのか、現時点で真相は分からない。

 EUは資金拠出と引き換えにエネルギー部門での汚職摘発と司法の独立を重要な条件に挙げており、ミダス作戦の行方は数十億ユーロ規模の対ウクライナ支援やEU加盟交渉の進捗にも直結しかねない。

「ゼレンスキー氏とイェルマーク氏は“陰と陽”で一体化」

 ウクライナのキーウ・インディペンデント(11月19日付)によると、イェルマーク氏は選挙で選ばれていないにもかかわらず、議会・内閣・主要国営企業・捜査機関にまで影響力を及ぼす「ウクライナのナンバー2」と見なされてきた。

 元弁護士兼映画プロデューサーで「クヴァルタル95」に法務サービスを提供し、自身も映像制作会社を立ち上げた。10年ごろからゼレンスキー氏と関係があり、19年の大統領就任後に外交顧問、ロシアとの捕虜交換交渉・対米窓口を務め、20年に大統領府長官に抜擢された。

 政策立案よりもゼレンスキー氏の意向を忠実かつ徹底的に実行するオペレーター。元スタッフは「ゼレンスキー氏がCEO(戦略)で、イェルマーク氏はCOO(実務運営)」「ゼレンスキー氏とイェルマーク氏は“陰と陽”で一体化している」と語っている。

大統領官邸で寝食を共にし、プーチンの侵略に抗してきた同志, 外交上極めて重要なタイミングで発覚したスキャンダル, 国営原子力企業の調達・支払いをコントロールする陰のグループ, オフショア法人ネットワークを通じて資金洗浄, エネルギーインフラ防護のために使われるべき資金が抜き取られる, ゼレンスキー政権のイメージと米欧の信頼を揺るがす二重の打撃, 「ゼレンスキー氏とイェルマーク氏は“陰と陽”で一体化」, 「ゼレンスキー氏の窓口としては避けたい相手」

11月23日、スイス・ジュネーブの米国国際機関代表部で協議が続く中、記者会見を行ったウクライナのイェルマーク大統領府長官(左)と米国のルビオ国務長官(写真:AP/アフロ)

 ゼレンスキー氏は細かい統治にはあまり関与せず、日々の行政運営・人事・法案コントロールはイェルマーク氏が仕切っていた。19年総選挙でゼレンスキー氏の「国民の下僕」党は450議席中254議席を獲得。大統領府が議会をコントロールできる状況になった。

 戦時体制(戒厳令)で大統領権限が強化され、ゼレンスキー氏の潜在的なライバルは次々と更迭された。税務・関税・金融監督、反独占委員会、国有財産基金など重要官庁のトップにはイェルマーク氏の息のかかった人物が配置されていた。

「ゼレンスキー氏の窓口としては避けたい相手」

 イェルマーク氏の国内での人気は低く、今年3月の世論調査では「信頼する」が17.5%、「信頼しない」が67%。米欧の外交官から「ゼレンスキー氏の窓口としては避けたい相手」との声が上がっていた。

 今年7月にはイェルマーク氏の腹心とされるルスラン・クラフチェンコ検事総長の下でNABUとSAPOの独立性を奪う法改正が強行され、両機関への家宅捜索が行われた。「反汚職機関つぶし」の黒幕はイェルマーク氏と複数の与野党議員や市民団体が名指ししていた。

 エネルゴアトム疑惑でも首謀格とされるミンディチ氏がイェルマーク氏を「友人」と呼び、汚職疑惑が相次いだことから「これほどの大規模スキームがイェルマーク氏の認識なしに動くことはありえない」とみる声は強い。

 イェルマーク氏はゼレンスキー氏の政治生命を左右し、ウクライナ国家の権力構造の中心に君臨するキーマンだ。その失墜はゼレンスキー政権の暗い未来を予感させる。

 米欧では「この機会に大統領府の過度な権力集中を是正し、議会と独立機関の役割を回復できるかが試金石」との見方がある。イェルマーク氏の退場は政権崩壊の入り口か、統治の正常化に向けた苦渋の一歩か――。ウクライナは重大な岐路に立たされている。

【木村正人(きむら まさと)】

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

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