クマを殺さず「山に返す」87歳猟師が語る その方法は? アーバンベアの増加は「国策のしっぺ返し」
〈山にまつわるエトセトラ〉
「クマを里から奥山へ返す」。神奈川県西部の山北町で、この活動に取り組んでいる猟師たちがいます。
この秋、東北を中心に広がるクマの被害。人を恐れない「アーバンベア」が町に現れ、人身被害件数は過去最多だった2023年に迫り、死者13人は過去最多を更新しました。
「奥山に返す」ってどうやって? 動物を狩る側の猟師がなぜ? 気になってお話を伺いに行ってきました。(デジタル編集部・竹村和佳子)
◆奥山にはクマの食べるものがない!?
活動の発起人である87歳の猟師、杉本一(はじめ)さんの自宅は、鉄道駅から車で約30分ほど山の中に入った、西丹沢の中腹にある「ポツンと一軒家」。数頭の猟犬に勢いよく吠えられながら庭先をのぞくと、たくさんの買い物カゴに入ったドングリ、ドングリ…。その奥に屈んで何か作業をしている小さな背中が杉本さんだった。

自身が撃ったクマの頭蓋骨を見せてくれた杉本一さん。神奈川県がクマ撃ち自粛になる前、30頭ほど仕留めたという=神奈川県山北町で
声をかけると、あいさつもそこそこに、活動について説明しだした。
「クマが里に下りてくるのは、山に食べるものがないから。奥山は植林されたスギやヒノキなどの人工林ばかりで、クマが食べるドングリなど実がなる木がない。人間がこんな山にしちゃったんだから、これはもう、山の姿を変えないと」
「おまわりさんにライフル持たせたって、対症療法でしかない。森づくりは時間がかかるけど、手を付けないでいたら、いつまでたっても変わらない。どこかで『元年』を作らないと。今年がその元年なんです」
その熱量。山に対する深い思い入れに圧倒された。
今年を「森づくり元年」と位置づけるのは、これまで個人的に行ってきた植樹を本格化させたから。高齢のため、狩猟グループ「豊猟会」の仲間である豊田里己会長(67)に後を託し、3月にはボランティアも含め約80人による植樹会を行った。
豊田さんは、10年前に杉本さんが植えたクヌギの森に連れて行ってもらった時、山の変化を肌で感じ「これはやらなきゃいけないと思った。ドングリが実り、毎年枯れ葉が堆積することで土が腐葉土になっていてふかふか。10年は絶対やれよと、杉本さんに言われているし、続けたい」と、活動継承に意欲的だ。
◆実らなくなったドングリ…やっと見つけた「宝の木」
植樹のために山から集めたたくさんのドングリの中には、杉本さんが「宝の木」と呼ぶものがある。国道246号線ののり面に生えているクヌギだ。

まなづる、南足柄…などと、産地ごとに分けて集めてあるドングリ。「246松田」と書かれているのが「宝の木」=神奈川県山北町で
杉本さんは10年前、近所の知人たちに頼んで拾い集めてもらったドングリを山に植えた。だが、その後はなかなかドングリが集まらない年が続いて困っていた。
当時、クマが里で目撃されることが多くなり、「このままドングリがならないと、神奈川でも今に人身被害が出るかもしれない」と危機感を感じていた。
そんな中、昨年、猟師でもある孫が「車で通った時にたくさんのドングリをひいたようなジャリジャリした音がした」と言ってきた。半信半疑で一緒に現場に向かうと、一面のドングリ。夢中で拾っていると、1年前のドングリから出たばかりの芽、2年前のドングリから出たような数十cmの苗木も見つかった。
ドングリやブナなどは、一度実を付けると栄養を貯めるため数年おきにしか結実しないのが普通。「いろいろな大きさの芽があるということは、この木は毎年実を付けている証拠。これは宝の木だ」と大喜びした。
「山に植えるのはクヌギがいい」と杉本さんは言う。「直根性といって、15mの高さになると、下にも15m根が伸びる。だから倒れないし、大雨でも山を守ってくれる。防災としても素晴らしいんだ」

敷地内で、植樹用のクヌギの苗木約2000本を育てている。集めたドングリを植えた。実のなる木を山に植えて「クマを里から奥山に返す」活動をしている、発起人の杉本一さん㊧と、豊猟会の豊田里己会長=神奈川県山北町で
現在、自宅近くに約2000個のドングリを植えて苗木をつくっており、50cmほどの高さに育っている。「こんな細くても(鉛筆くらいの細さ)根がしっかりしているから、引っ張ったって驚くほど抜けない」と豊田さんも言う。これらの苗は来春また植樹会を行うためのものだ。
◆亡き父から学んだ「猟師が木を植えるワケ」
活動の発端は80年近く前にさかのぼる。杉本さんが小学5、6年の頃、猟師だった父・正晴さんに山に連れて行ってもらった。その際、正晴さんは苗木を入れた両天秤を担いで登り、所々に植えていった。
苗木はクヌギやコナラなどのドングリや、ブナなど実のなる木で、「実がなっていればサルやシカ、鳥が食べ、実が落ちればタヌキなど四足動物が来る。猟師が森をつくっておけば、動物がここに来るようになるんだ」と教わったのだという。

クヌギのドングリ
中学2年の時に正晴さんが亡くなり、20歳で銃猟免許を取ると父の背を追って猟師になった。以来、父と同じように森に木を植え、狩猟をなりわいにしてきたのだという。
◆戦後の「拡大造林」そのしっぺ返しが今
戦後、日本は国策として「拡大造林」を進め、主に広葉樹の自然林を伐採し、スギやヒノキなど建材になる針葉樹の人工林に置き換えていった。
炭や薪から電気・ガスに生活様式が変わったことや、海外から安価な木材の輸入が拡大したことで日本の林業は衰退。手入れされなくなった人工林は暗くて地面が固く、動物が食べるような実がならない。
「私が植えた木もほとんど切り倒された。あんな山のてっぺんまで人工林にしたら、いつか必ずしっぺ返しが来ると思っていた。それが今」

葛葉川から臨む丹沢表尾根。葉を落とした広葉樹は茶色く、常緑の人工林は濃い緑色にまだらに染まる山肌=2021年12月、神奈川県秦野市で
「里に出たクマを捕まえて奥山に放したって、それで解決したと思っていることがおかしい。奥山で生活できなくて下りてきたんだから、そのクマは死んじゃうか、また里に出てくるしかない。動物が住める環境作りを先にやらないと」
この秋はクマの被害が全国的な脅威としてクローズアップされているが、クマが麓に下りてきているのは、杉本さんによれば今に始まったことではないという。
「(自治体が集計している)クマの目撃情報なんて、実際はもっともっと多い。しょっちゅうクマを見ている人は届けない。近所の人が『杉さん、ここでクマ見たよ。昨日見たのよりデカかったな』なんて言う。『町に届けたか?』って聞いても『いちいち言わないよ』って」

写真を片手に熱弁を振るう杉本一さん=神奈川県山北町で
山にクマが増えすぎて里にあふれてきている、という意見をネットで見たりする。実際に山を歩く猟師はどう感じているのか?
豊田さんは「増えているんじゃなく、移動しただけだと思う。奥山ではクマの痕跡(糞や爪あと)はまず見つからないのに、里山では簡単に見つかる」という。里山とは、麓に民家や畑があったり人の手が入っている山で、奥山は人里離れた手付かずの山を意味している。
これから活動を続けていく上での課題は用地。今回は山北町長に話を通し、旧共和村(1955年に1町3村合併で山北町になった)の共有地だった大野山で植樹会を行った。
だが「木を切らないと新しい木を植えられない。神奈川には『水源の森事業』があったり、(国の)保安林制度があって(勝手に)木を切るわけにはいかない。何か政治的に動かないと山の姿を変えることはできない」と、個人の活動での限界を語る。
◆犬猫の保護団体から電話「動物を殺す猟師が、なぜクマを山に?」
一部メディアに活動が紹介された後、思いも寄らない反応があった。ある犬猫の保護団体から「(木を植えてクマを里から山に返すというのは)いい活動だと思うので話を聞かせてほしい」と電話があったという。

道の左は冬でも暗い針葉樹の人工林、右は葉を落とし明るい広葉樹の自然林=2024年12月、奥高尾縦走路で
「思わず『オレ、ハンターだよ?』って聞き返しちゃった」と豊田さん。動物を殺す猟師がなぜ、わざわざ保護しようとするのか、そんな猟師がいるとは思わなかったと、電話の相手は率直に不思議がった。
豊田さんは「猟師だからこそ、山には豊富に動物がいないとおもしろくない。山のことは猟師が、海のことは漁師が一番よくわかっている。だから我々こそ、この問題に取り組まないと」と話した。すると「活動を応援したい」と言われたのだという。
真逆の立場の人たちからの賛同は、活動推進への力にもなった。杉本さんは「自分たちの活動が火種となって、あっちこっちで始まってくれれば、日本の山も変わる。秋田などクマに困っている県にも『宝の木』の苗を届けたい。これだけ(クマ被害が)注目された年だから、逆に森づくりを始めるチャンスだと思うんだよ」と呼びかけた。
活動への支援や、苗木の提供についての問い合わせは山北町農林課(☎0465-75-3654)が窓口になっている。
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◆丹沢の実態は? 神奈川県「水源の森事業で人工林の再生目指す」
「奥山は人工林ばかりで動物が住めない」と杉本さんたちは言う。実際に丹沢の森林を管理している神奈川県の森林再生課と水源環境保全課に現状を聞いてみた。
県によると、たしかに丹沢でも戦後から1980年頃まで拡大造林が行われていたという。間伐(密になった木を抜き切りすることで、森林を明るく、下草が生えるようにする手入れ)されなくなった人工林の中は真っ暗で、水がしみこまず、土壌が流出してしまう。県では、放置されてきた人工林で間伐を行う「水源の森づくり事業」を1997年度から始めた。

間伐されていない人工林。木も枝も密集していて昼でも薄暗い=2022年4月、埼玉県内で
杉本さんたちの活動についての受け止めを聞くと、担当者は「クマとの関係について言えることはない」と述べるにとどめた。
だが、丹沢の現状については「間伐することで山の保水力が高まり、明るくなることで下草が生え、いずれは広葉樹との混合林、豊かな森に代えていこうという事業。現在まで継続的に行っており、開始以来、広葉樹を切って針葉樹を植えるということはない。人工林の割合は変わっていないが、手入れが行われた人工林は2003年からの17年間で、40%から80%になった」と成果を話す。
アプローチと目的は違うが、針葉樹の人工林を豊かな森に戻そうという方向性は官民共通のようだ。
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