25㎡新居に越した夫婦が気づいた「残すべきモノ」

夫婦2人で暮らす、25㎡・6畳1Kの築古狭小住宅(筆者撮影)
東京都中央区、銀座のそばに古い街並みが色濃く残る一角に建つ、築50年以上のマンション。ワンルーム・25m²、たった6畳の限られた空間で、ミドルシニアの夫婦が預かり犬とともに静かに暮らしています。
25㎡というのは、1人暮らしに最低限必要とされる居住面積です(国土交通省「住生活基本計画における居住面積水準」)。そこに2人で暮らしているということは、当然ながら狭い。油断するとあっという間に、部屋がモノであふれてしまいます。
限られた空間で暮らしているうちに、「もっと減らしたほうが身軽になるはずだ」と考えるようになり、気づけばモノを減らすことばかりに意識が向いていました。快適に暮らすための「手段」だったはずが、いつしか「目的」にすり替わっていたのです。
今回のエッセイでは、「モノを減らすこと」に縛られすぎていた暮らしから、自分にとっての「ちょうどいい」を取り戻していった経験について書きたいと思います。
モノを減らすことが「正義」になっていた私

柔軟剤は10年近く使っていなかったのですが、かわいいくまボトルに一目惚れしてお迎えしてから、ふわふわ感にハマって詰め替えて継続(筆者撮影)
たとえば柔軟剤。洗濯は汚れを落とすことが目的なので、なくたって困らない。たとえば入浴剤。入れずに湯船につかっても、何ら支障はありません。どちらも使わなければ使わないで、日常は問題なくまわります。
洗剤もそうです。世の中には「トイレ用洗剤」「お風呂用洗剤」「台所用ハイター」など、たくさんの種類がありますが、我が家は「ボディソープ」と「塩素系漂白剤」で、トイレもお風呂場もキッチンも磨いちゃう。こまめに掃除すれば、専用洗剤でなくてもそこそこ綺麗は維持できます。
モノを減らせば場所を取らないし、管理の手間もかかりません。わずか6畳のコンパクトな家において、「より少なく暮らすこと」のメリットは、デメリットをはるかに上回ります。しかも元来のケチな性格も伴い「買わなければ節約にもなる」と、どんどん減らすことにのめり込んでいきました。
極端に“削る”方向へ進みすぎた結果、貧乏くささすら漂っていたように思います。いつの間にか「なければないほど偉い」というような、謎の価値観に支配されていきました。
12畳から6畳へ。狭くなったのに、考え方は広がった

キッチンはどせいさんポンプボトルにボディソープを詰め替えて、食器洗いや手洗いに使用。カレーや炒めものなど油が気になる時のみ、台所用洗剤を使用(筆者撮影)
実はこの夏、私たち夫婦は、12畳1ルームから現在の6畳1Kの部屋へと引っ越してきました。面積はほぼ半分、居住空間は減り、生活の導線も収納の自由度も、ぐっと制限されました。ところが、です。狭くなったことで、てっきり「もっと減らさなきゃ」と思い詰めるかと思いきや、反対に「減らすことにとらわれるのはやめたい」という気持ちが強くなりました。
その理由は、収入と支出のバランスを改めて調整したから。夫は2022年からがんで闘病中で、入院と時短勤務をくり返し、昨年62歳で退職しました。
当初は年金受給年齢の65歳を迎えるまでは、妻の私が大黒柱として家計を支える予定だったのですが、生活そのものを小さく整え、必要な支出とそうでない支出を丁寧に見直すほうが、私たちの暮らしには合っていると判断したのです。
夫は年金の前倒し受給を決め、私は仕事をセーブすることで、スペースは減ったけれど、時間に余裕ができた。すると、暮らしを見つめ直す気持ちの余白が生まれたのです。何を減らし、何を残すのかを「感情」で選んでもいいのだと、ふっと思えるようになったのです。
家は狭くなったけれど、生活に軽やかさが戻ってきました。

お風呂場は牛乳パックみたいなボトルに、ボディソープを詰め替えて体・顔・髪を洗い、トリートメントを併用していましたが、髪の傷みが気になるため、クレイタイプのリンスインシャンプーに乗り換えました(筆者撮影)
心地よさをもたらしてくれるモノは愛用するように
気持ちと時間に余裕ができたことで、改めて「何を残し、何を手放すか」という判断基準を見直しました。限られた空間では、多くを持つことはできませんが、減らすことに捉われる必要もなかったのです。
柔軟剤や入浴剤のように、必需品ではないけれど、あるとほんの少し幸せを感じられるもの。今まで「なくても生活に支障はない」と、真っ先に手放してきたもの。今は心地よさをもたらしてくれるモノとして、愛用しています。
ふわふわのタオルに顔をうずめたときの優しい香り、浴槽のお湯の中でぶくぶくと溶けていく入浴剤の泡。それらは、ささやかだけれど、贅沢な時間を与えてくれます。
掃除の道具も同じです。日常の軽い汚れなら専用洗剤は必要ない。でも、使えば格段に効率良く、家を美しくできる。「モノを増やすことは悪」という考えを手放したことで、家事のストレスも少し減りました。
「柔軟剤は使って当たり前」「入浴剤は入れて当然」「場所に合わせて専用を使い分けるのが常識」というような、思い込みはなくてもいいけれど、少なすぎることにこだわるのは「なんか違うぞ」と気づいたのです。
好きなら生活必需品じゃなくても持っていていい

炭酸入浴剤は、ホームセンターのPB品を愛用中。1個あたり約20円と人気ブランドの半額程度で購入できる。使わなくても問題ないけど、使うとバスタイムがハッピーに(筆者撮影)
快適な暮らしを得るためにモノを減らしていたはずが、気がつけば減らすことばかりに執着していました。「手段」が「目的」にすり替わっていたのです。限られたスペースでは、収納に見合った物量を維持することが大切ですし、残された空間をどう使うかは重要です。
制約があるなかで「なくても困らないもの」でも、自分たちの暮らしを豊かにしてくれるものを取捨選択する。「あるとちょっと幸せ」なアイテムをあえて残す。それが、私たちにとっての「ちょうどいい」です。暮らしにおいて本当に必要なのは、モノの少なさではなく、心の軽やかさなのだと、改めて感じます。
「家が狭いのに不必要なモノが多すぎる」というご意見をいただくこともありますが、暮らしに不便が出ない、収納に収まる量なら、所持品は自分で選べばいいはず。なるべく少なく、必要以上に増やさない。だけど、好きなら生活必需品じゃなくても持っていていい。それこそが、私の考える「ちょうどいい」です。
これからも「今の自分にとって何が必要か」、自分たちの生活に向き合いながら、日々の暮らしを更新していければと思うのです。